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その15

 俺の言葉に笹倉さんは顔を伏せて震えていた。

 膝の上でギュッと握っている小さな拳に雫が落ちている。

 泣かせてしまったのは他でもない俺だが、だからといって自身の行動を否定することはしない。


「……笹倉さんからのお願いだし、トーナメントには参加する……優勝だってしてみせる。でもお礼はなんにもいらない。笹倉さんが自由になれるならそれでいいんだ」


 だから俺は深呼吸してからトーナメントには参加もするし優勝すると告げた。

 ただ笹倉さんの自由のためにと。

 何かしらの対価といった形で笹倉さんを手に入れたいわけじゃない。

 俺は、笹倉さんに選んでもらいたいのだ。


「何で……そこまで……私はこんな、なのに……」

「ずっと言ってるよね? 俺は笹倉さんのことが大好きなんだ。大好きな人が困っていたら手を差し伸べるのは当たり前でしょ」


 涙を流し、震える声で聞いてくる笹倉さんに俺は堂々と真っ直ぐな気持ちを伝える。

 こうして思いを伝えるのも少し前まではかなりの勇気がいるものであったが、一度言ってしまったからか今では何度でも思いを込めてハッキリと伝えられる。

 そんな俺の言葉にゆっくりと顔を上げた笹倉さんの顔は目を見開いていて、涙が次から次へと溢れていた。


「そっか……好きだからか……それだけでこんなに……」

「当然だろ」


 ぽつりぽつりとこぼれる言葉に念押しするように言葉を重ねれば少しだけ笑みを浮かべてくれた。

 それから一度俯いて、何度も頷いてから再び顔をあげる。

 見えた顔はやはり涙で濡れていて、けれども少しだけ晴れ晴れとしたような、そんな顔をしていた。

 そして、笹倉さんはあふれる涙を拭い必死に笑顔を作ろうとしながら、


「新城くんは……かなり重い人だね」


 と、毒を吐いた。


「え……えっ、そんなことないよ? ないよね? これくらい普通だって絶対」

「ううん、普通じゃ……ないよ。全然普通なんかじゃなくて、……すっごい重い」


 え、ええ……俺、重い男なのか? いやいや、そんなわけないだろう。


「すごい重いけど……」


 思わぬタイミングで吐かれた毒に考えを巡らせていると笹倉さんがさらに言葉を重ねてきたのでそちらに耳を傾け、視線も笹倉さんへと向ければ彼女は笑っていた。

 いつの間にか涙は止まり、新しく溢れてくることもない。

 けれどもちょっとだけ泣きそうなそんな顔で笑っていた。


「すっごく暖かいね」

「暖かい……?」

 

 これまでで一番の優しい声で告げられた言葉をオウム返ししながらも俺は戸惑ってしまう。

 暖かいとは、なんだ?

 優しげな声の感じからして悪く言われているのではないのだろうが……。

 そんな風に俺がその言葉をうまく理解してないことを悟ってか、笹倉さんは軽く笑う。


「ふふっ、新城くんは結構鋭いのに、変なところで抜けてるんだね」

「えー……」


 再び毒を吐かれて肩を落とす。

 そんな俺の様子に笹倉さんは楽しそうに笑い始めた。

 何がなんだか分からないが、先程の声に棘はなかったし、どこか楽しげなものだったので取り合えずよしとすることにした。


 ずっと笑っていた笹倉さんは満足したのか声をあげて笑うのをやめると、口元に笑みを浮かべてこちらを見つめてきた。


「ねえ、新城くん。やっぱりトーナメントに優勝してくれたらさ、私をあげるよ」

「なっ! そういうのはダメだって……っ」


 再び告げられたその言葉に思わず声をあげたが、笹倉さんが嬉しそうに笑みを浮かべたままなのを見て言葉が続かなかった。

 なんだか気が抜けたので代わりになぜそんなことをまた言うのか聞くことにする。


「なんでまたそんなことを言うのさ」

「新城くんは鈍感だね」


 笹倉さんは苦笑しながらそんな返しをしてきた。


「誰もが思いをはっきりと伝える勇気があるわけじゃないんだから」

「それはどういう……」


 さらに、そう言葉を続けられて何故ここでそんなことを言うのだろう、と俺は首を捻る。

 首を捻りながらも俺の心臓は少しずつその鼓動を早めていた。


「私だってそう……思いを、それもついさっき芽生えたこの思いを認めるのだってすっごい恥ずかしいのに、それをはっきりと伝えるなんて難しいよ」


 何故だろうか、徐々に笹倉さんの頬に赤みがさしていく。

 何故だろうか、そんな笹倉さんの姿を見ていると、声を聞いていると、俺は未だに理解できていないのに心臓がドキドキと音を立てる。


「だから私には言い訳が必要なの……もう一度言うね。トーナメントで優勝してくれたら、私を自由にしてくれたらさ。新城くんに私の全部をあげる。……私の全部を――」


 はにかんだ笑顔を浮かべ、そのくせ真剣な眼差しで再びそんなことを言う。

 三度聞いたその言葉に、俺は全く怒ろうなんて気は起こらなくて呆然としながら彼女の口からこぼれる一言一句を頭に流し込む。

 最後に笹倉さんは言葉を一旦止めて一つ深呼吸すると、


「私の……私の全部を貰って?」


 と、顔を真っ赤にしながらそう言った。

 その光景を最後に俺の視界は暗転し、気を失ったのであった。













「……くん!」


 とても近い場所から俺を呼ぶ声が聴こえる。

 その声は優しくて、どこか心配した様子で、とても綺麗な声だった。


「しん……! ねえ……!」


 これは……笹倉さんの声?

 俺を呼んでいるのは笹倉さんなのだろうか。

 でも何で呼んでいるのだろう。

 ふと、後頭部に何か暖かく柔らかい感触を感じる。

 それから小さくて柔らかい何かが頬のあたりを優しくペチペチと叩いているのも感じ始めた。


「新城くんってば!」

「はっ!」

「よかった、気がついた!」

「……」


 ハッキリと笹倉さんの声が聞こえて俺は目を覚ます。

 視界は天井を向いていてそこには笹倉さんの顔があって、頬には笹倉さんの手が添えられている。

 更には後頭部に感じるとても柔らかい幸せな感触。

 それらを統合してすぐさま現状を認識した俺は、そのまま身を預けていたい欲求を断ち切りつつもグルンと体ごと回転して笹倉さんの膝から脱出し、さらに両手両足で床を蹴って空中へと軽く跳ぶ。

 そして空中で一回転しながら体勢を整えると、つま先、膝、掌を同時に床につき、すぐさま魔法陣を展開して床一面に頑丈な結界を張ると全力で頭を床へと叩きつけた。


「すいませんっした!」

「……え、えーと……何に対する謝罪なのかな?」

「喜びのあまり気絶したこと、呼ばれてたのにすぐに目覚めなかったこと、わざわざ膝枕させてしまったこと……あと、勢い余って土下座をして逆に困らせてしまったことに、です!」

「わー……ホント新城くん重いね」


 重い。

 気を失う前に言われたときにはなんとなく暖かいものが籠っていたように感じたが、今回のはなんていうか本気で引いてるような感じが声に現れていた。

 実際顔をあげるとすごく困った顔をしている笹倉さんがいた。

 でもそんな様子もすぐに消え、なんだから手のかかる子供を見るような優しげな目になった。


「ま、今更だよね。ねえ、気を失う前のこと覚えてる?」

「……絶対に優勝してみせます」

「ん……それ忘れられてたら泣いちゃうところだったよ」


 問われた言葉に俺は正座して真っ直ぐに笹倉さんの目を見ながら告げる。

 それを聞いて笹倉さんもちょっと嬉しそうに笑ってくれた。

 これで一安心……かな?

 だが、そんな表情も一転して黒いオーラを放つ笑顔になり俺は背中に冷たいものが走るのを感じた。


「それで、なんだっけ? 尿便意コントロール……だっけ? これってさ、大体二週間前、新城くんが異世界に同時に召喚された日から使えたんだよね?」

「あ、はい。そうです」


 何やら急に雲行きが怪しくなってきた。

 冷や汗は止まらないし、なんだか震えも止まらないぞ?


「ふと思い出したんだけど、丁度その日以降からかな? 授業中に突然トイレに行きたくなることが増えたんだよね。ねえ、新城くん。これってどう思う?」

「そ、それは……はい、私がやりました……」


 問われた言葉に言い淀みながらも正直に打ち明けた。

 もちろん正直に打ち明けたところで許されやしないだろう。

 俺は観念して、殴りやすいように軽く左頬を向けて目を瞑る。


 あるいはこの時それはただの偶然で能力を使ったのはさっき笹倉さんを離すときが初めてだと言い張ることも出来ただろう。

 その場合でもなんだかんだで笑って許してくれそうな気がするが、俺は笹倉さんにはいつも正直でいたいのでその選択肢は最初から無かった。


 そして結果から言えば正直に打ち明けて正解だった。


「全く、新城くんはやっぱりバカなんだね」


 声に怒りをたっぷり乗せてそう言いながら笹倉さんの気配が近づいてくる。

 いよいよかと覚悟を決めてその時を待っていると思いの外優しく頬に手を添えられ、唇にすごく柔らかくて熱いものが一瞬だけ触れた。

 思わず目を開くと、目の前に笹倉さんがいて顔を真っ赤に染めていた。

 何があったのかを把握して、心臓がバクバクとうるさく音をたてて血液を身体中に送り、頬がカッと熱り一瞬気絶しそうになる。

 だが流石にそれは駄目だと気合で意識を保つ。


「……絶対に優勝してくれなきゃ、許さないんだからね」

「……はいっ! 必ず!」


 それから掛けられた言葉に、俺は今すぐ叫びたい気持ちを抑えて目を逸らすことなくはっきりと答えれば笹倉さんも嬉しそうに笑ってくれた。

 いやあ、本当に正直に打ち明けてよかった!

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