その14
最初は笹倉さんのことではなく、現代の魔術師が何をしているのかという話だった。
彼女の話によれば、魔術師は異界浄化の為に活動しているという。
異界というのは地球にも存在する魔力が特定の場所に集まることで生まれる小さな異世界みたいな場所のことでそれらは通常の空間と鏡合わせのように存在しているらしい。
で、その異界の中で魔力は一つの形を成し、魔物となると。
それを放置していると異界から魔物が飛び出して大惨事になるとのことで、魔術師は異界へと侵入し魔物を倒すことで大惨事を防いでいるようだ。
過去には飛び出した魔物の例も存在していてそれが一部の妖怪であったり悪魔であったりするらしい。
そこまで聞いて俺は一つ質問をする。
「それじゃあ、笹倉さんもこれまでに魔物を倒したことがあるの?」
「……ううん。私は一度もないよ。魔物のいる異界には小さいころにこういうものだと連れて行かれただけ」
笹倉さんは少し顔を俯かせながらそう答える。
どうも思うところがあるようだが……。
体力テストの日に見せた彼女の力はかなりのものであったと思う。
空高く舞い上がった土煙は一瞬で散らされ、深々と空いた地面の穴もたちまちの内に修復された。
それからかなりの広範囲に渡って人々の記憶からそれらの異常現象を消去して、消費した魔力は膨大な量であったはずなのにさほど疲れた様子も無かった。せいぜい汗を拭ったくらいだ。
それだけで笹倉さんの魔術師としての実力はかなりのものであると予想できるのに魔物を倒したことが無いというのは少々意外で、そのあたりが彼女の顔を俯かせる原因なのだろうか。
「自分で言うのも何だけど、魔術師として私はかなり高い能力を持ってるの。他の人が苦労して使える魔法も簡単に使えるし、保有魔力だって桁違い。だけど周りは皆口を揃えて『お前は女なんだから魔物を倒す必要は無い』って言って異界から私を遠ざけるんだ」
「んー笹倉さんには悪いけど俺も笹倉さんには危険な場所に行ってほしくはないなあ」
「ふふ……新城くんはやさしいね。でも、あいつらは違う。あいつらの言葉はただ私の力への嫉妬と、自身の立場を脅かされることへの恐怖からだもの。それで戦いは男の役目とか言って必死にしがみついているのよ」
笹倉さんはこれまで話した中で一番棘のある話し方で他の魔術師のことを憎たらしげに語る。
どうやら魔術師は男優位な組織であるらしい。
それとも彼女の所属する連盟とやらがそういう組織なのか?
それは分からないが、とにかくそんな組織体制の中で笹倉さんは魔術師として高い実力を持っているのに女だからと異界から遠ざけられて、折角の高い技能を使うこともできないと。
なら……。
「力があるのに振るえないのが不満?」
「ううん……いや、少しはあるけどそれ自体はそこまで不満じゃないよ」
これだと、思って聞いてみたらハズレだったようだ。
少し笑って答えてくれた笹倉さんはすぐに真剣な表情で何が不満なのか語ってくれた。
「私が不満なのはあいつらの態度だよ。わざわざ突っかかってきてちっぽけなプライドを満たすために上から目線で女のくせにって言ってくるあいつらの態度が気に食わない。そして、そうして遠ざけるくせにその力だけは利用しようとする浅ましさが気に入らないの」
「利用しようとって?」
なかなか根が深いようで、黒いオーラが幻視できるほどに『あいつら』への不満を語る笹倉さんから強い怒りを感じられる。
それに当てられて……いや、違うな。
それに関係なく、俺は大好きな笹倉さんを虐げ利用しようとしているというその魔術師たちに怒りを感じ始めていた。
「私と誰か高い能力を持つ魔術師を結婚させてより能力の高い男の魔術師をってね。笑っちゃうでしょ?」
「……つまり許嫁がいると?」
「ううん。各地から有力な魔術師を集めて行うトーナメントがあるの……で、私はそのトーナメントの優勝トロフィーだってさ」
なんだそれ。
笹倉さんを何だと思ってるんだ。
「おかしいだろ。聞いた限り、笹倉さんはちょっとばかり魔術師としての力が強いだけの女の子だよね。なのになんでそんな物みたいな扱いを……!」
「……ありがとう、怒ってくれて。私もね、我慢できないからさ、そのトーナメント当日に大暴れして便利に使われてやる気なんかさらさら無いぞって訴えようと思ってたんだけど……ねえ、新城くん。新城くんもトーナメントに参加してみない?」
先程までの黒いオーラをあっさりと引っ込めた笹倉さんはこちらをじっと見て、にやりと悪巧みをする子供のような笑みで俺にそう聞いてきた。
このタイミングでその誘いが意図するところは当然、一つしか無い。
「俺が優勝すればいいの? というか参加できるのか?」
「うん。一応敵ばかりじゃなくてお祖父様がなんとか参加者を一人推薦する権利を私にくれたから、それを使えば参加できるよ。だからさ、新城くん。トーナメントに参加して柵全部ぶっ壊してくれないかな? そうしたらお礼に私の全部を新城くんにあげる」
そう言って笹倉さんはゆっくりと近寄ってきて首に腕を回して体を預けてくる。
もちろん彼女のためだ。そのトーナメントに参加するのも別に拒否することではないし、提案を予想したときは進んで受けようと思っていた。
だが、いささか納得できない部分が、譲れない部分があった。
だからこそ俺は柔らかい笹倉さんの肉体の感触に興奮するものを感じつつもそれを全力で無視し、能力を発動した。
「うっ!?」
「ごめんね、笹倉さん。ちょっと乱暴だけどすぐ解除するからさ」
突然呻き声を上げ動きを止めた笹倉さんに謝りながら、彼女の肩に慎重に手を添えてその体を遠ざける。
十分に体を離したところで能力を解除すれば笹倉さんは何が起こったのか理解も出来ずお腹をさすりじんわりと額から汗を流していた。
言うまでもなく使った能力は尿便意コントロールであり、一瞬ではあるが激しい腹痛を伴う便意を強制的に与えたのだ。
「今のは尿便意コントロールって言って異世界に集団で転移した方の俺が得た能力なんだ。その名から受ける印象はバカバカしいけどその威力は今感じてもらったとおりかなり強力だ。なんでこれを使ったか分かる?」
「……新城くんのことを利用しようとしたから……それで怒って……?」
少し怯えた様子で笹倉さんは質問に答えた。
だが、俺は首を振る。
「怒ったからなのは正解だけど、その理由は違う。俺は笹倉さんにならいくらでも利用されていい」
「なら、何で……!」
「自分のことを蔑ろにしたからだ! 物のように扱われてそのことに不満を抱いていた笹倉さんがそんな環境を壊すために、自分を物のように扱ったからだ! そこだけは曲げちゃダメだろ!」
笹倉さんは、多分彼女自身が思っている以上に物のように扱われてきたことに傷ついている。
それなのに本人までもが敵に回ったら救われないし、だからこそ自分を餌にするような言い分は笹倉さん本人の言葉であっても許せなかった。
だからこそ彼女に痛みを与えることさえ厭わなかった。
そしてそのことに後悔だってありはしない。
彼女が幸せであるために、彼女を傷つけるものはそれが彼女であっても排除する。
それはこれからも変わらない当然のことだった。