その11
「さて、なぜ笹倉さんから俺の家に来てくれたのかは分からないけどとりあえずおもてなしをしないとか?」
笹倉さんを見送った俺は独り言をつぶやきながら奥のリビングへと向かう。
ちなみに我が家は1LK風呂付きのアパートとなっていて、高校生が一人暮らしで住むには少々贅沢かもしれない。
というか贅沢極まりないだろう。
この辺りは一人暮らしを許してくれて、且つこの部屋を選んでくれた親に感謝しないといけないな。
「んー、笹倉さんが朝ごはん食べてないんだったら多少量多いのでも問題ないかもだけど食べてないのかわからないし……まあ、無難にフルーツでも出しておくか」
いいながら、無限倉庫から取り出したのはピンポン球程度のまん丸な果肉がぶどうのように付いた虹色のフルーツ。通称虹色ブドウだ。
これは魔物轟く無人島に生息するトラウパサーモンという魔物の背にある木から収穫できるフルーツで、魔力が潤沢に含まれるからかその甘味はヘタなスイーツを遥かに凌ぐ。
それでいてしつこい甘さではなく、飲み込んだ後は程よい酸味が口の中を流してくれていくらでも食べられる一品だ。
なおこの魔物、サーモンとかいう名前がついてるのにその姿は亀だ。
普段は地面に潜っており、このフルーツに引き寄せられた魔物だったり人だったりを食す恐ろしい亀モンスターなのである。
当たり前だが地球にそんな魔物がいるわけがないので、これはエージが頑張って手に入れた品である。
頑張ってとは言いつつも無限倉庫に30個ぐらいあったので勝手に拝借した。
「んーと、あとは……あ、普段一人で過ごしてるから笹倉さんが座る場所がないな」
座布団すら無いので床に直接座ってもらうことなってしまう。
それは申し訳ないので王族御用達のクッションを無限倉庫から取り出して置いておく。
ビージは何を思って大量のクッションを無限倉庫にぶちこんでいるのだろうか。
ま、あるなら使う。それだけだな。
そうして早々におもてなしの準備が終わり、暇な時間をエージたちと色々話しているところでリビングのドアが開く音がして振り向く。
「トイレ貸してくれてありがとう。なんというか色々とすごいね?」
やや申し訳なさそうな表情でそういいつつ笹倉さんがリビングへと入ってきた。
何がすごいのかわからなかった俺は肩を竦めるしかない。
「そう? 普通だとおもうけど」
せっかく魔法が使えるようになったのだから生活を便利にしようと考えるのが当然だろう。
そう考えつつも笹倉さんにクッションに座ったらと身振りで示す。
「普通って……わっ、すごいふかふか!」
「異世界の王族御用達だからな」
笹倉さんはなぜだか呆れながらも勧められるままに腰を下ろし、クッションに身を預ければその柔らかさに驚いていた。
そんな彼女にクッションについて少し教えてあげれば、おかしそうに笑って本当にそうかもしれないねとこぼす。
どうやら冗談だと思われているようだ。
まあ、笑顔になってくれたんだから特に訂正することもない。
「あ、これよかったらどうぞ。すっごく美味しいからさ」
言いながら一つ摘み取ってそのまま口に放り込む。
「あ、変わった置物かと思ったら食べられるんだ。じゃあお言葉に甘えて一つ貰おうかな」
笹倉さんは机の上に置いてあったそれが食べられるものとは思ってなかったようだ。
確かに実が虹色のぶどうなどこの世界じゃ見ないしね。
でも、食べられると知ったら躊躇しないとはなかなかの強者だな。
まあ俺が直前に食ってみせたからなのかもしれないけど。
「果汁が結構あるから気をつけて」
笹倉さんが一つ取ったのを見て軽い注意事項を伝えてどきどきしながら見守る。
こういった状況でしっかりおいしいものを提供できればそれなりに好感度も上がると思うんだ。
食は三大欲求の一つだし。
この虹色ブドウは間違いなくおいしいと思うのだか人には好みがあるからな。口に合わない可能性だってゼロじゃない。
俺が見守る中、笹倉さんはそれを口に放り込む。
それなりに大きい果肉だが、果汁が多いという忠告に一口で食べることにしたらしい。
そして次の瞬間笹倉さんは目を見開き慌てて口元を手で抑える。
予想以上の果汁で危うく溢れそうになったのだろう。
だがそんな反応も束の間のことで、その表情は至福に満ちたように頬が弛み、ゆっくりと噛んで味わい最後にごくりと飲み込めば大きな満足感を露に出していた。
「なにこれ……すっごいおいしいよ! すっごい甘いし、後味はスッキリだし、もう、こんなの食べたことないよ!」
「気に入ってくれたようで何より。まだいっぱいあるし好きなだけどうぞ」
「ほんと!? あ、いや、あはは……じゃ、じゃああと三つだけ貰おうかな」
俺の言葉にガバッと身を乗り出した笹倉さんはすぐに自分の行動に恥ずかしくなったのか笑ってごまかしつつも三つほど果肉を確保していた。
俺ももう一つ口に入れて味わいつつ、これでもかというほどにゆっくりと口の中に果肉を入れる笹倉さんの姿を眺める。
口に入れるまでの動作もゆっくりにする必要もないのでは、と思うのだがそんな彼女の姿がまた愛らしくて目を離すことができなかった。
「はぁーおいしかった……幸せ……」
「そんなに気に入ったならもっと食べればいいのに」
「お言葉に甘えたいけど今日は朝ごはんしっかり食べてきちゃって」
確保した虹色ブドウを食べ終わり至福の表情で言葉をこぼす笹倉さんに、遠慮せずどうぞと促してみたが、もうお腹いっぱいらしい。
それでも味を忘れられないのか目はチラチラと虹色ぶどうに向けられている。
「甘いものは別腹っていうけど?」
「残念ながら私には備わってないみたいで、ご飯の量を減らさないとすぐお腹いっぱいになっちゃうんだよね」
言いながら今日ほど別腹が備わってないことを悔やむ日はないとばかりに虹色ブドウをじっと見る笹倉さんがおかしくて俺は笑ってしまう。
「もー! 笑うことないでしょ!」
「ごめんごめん、お詫びに残りは持ち帰られるように入れ物にいれておくからさ。また家で食べるといいよ」
「えっ本当に!? あ、これは別に私が食いしん坊とかじゃなくて……」
「うん、そうだね」
「うう……言ってて自分でも説得力を感じられない……」
怒った笹倉さんにお詫びとして残った虹色ブドウをプレゼントすると言えば目を輝かして身を乗り出して、再び自分の行動に恥じらう彼女は縮こまって言い訳するが彼女自身が言うように全く説得力を感じない。
恥ずかしがっている笹倉さんには悪いが、貴重な姿のオンパレードに再び頬が緩むのを抑えられなかった。
あまり笑って嫌われても困るのでとりあえず無限倉庫から適当なタッパーを取り出す。
普段、作りおきをすることも多いのでこの手の入れ物は無駄に多い。
最近じゃ無限倉庫に入れておけば中に入れたものの時間も停止するので容器はあまり使うこともなくなって余ってるくらいだ。
喜ぶ笹倉さんが可愛いのでサービスで手付かずの虹色ブドウを取り出すとそれをタッパーに入れ、机の上に置いて彼女の方へと差し出した。




