その109
しばし項垂れつつも与えられた情報を整理して気持ちも落ち着けると改めてオブザーバーに確認する。
「世界が不安定なのは一応理解した。認めたくないけどその原因……というか騒動の中心が俺だってのもわかった。けどさ、俺が試練を受けただけでなんとかなるのか?」
「受けるだけというか、達成してくれれば世界は何の代償もなく安定を取り戻せるよ」
すると、オブザーバーはあっさりとなんとかなると言ってみせた。
世界の代行者とも言っていたし、そういうことも分かったりするのだろう。
だがわざわざ代償だとか言うってことは……。
「もしかして何もしなくても世界って一応安定する?」
「うん、安定するね。まあ、それなりの犠牲を払うことになるけど」
だろうな。
受けなくても問題ないのならわざわざ俺に話を持ちかけてくる必要もないわけだし。
「……その犠牲の規模は?」
「さて実際に起こってみないとわからないけど……恐竜が絶滅したときよりは酷いことになるかなあ」
……うむ。
どうやら散々スケールのでかい話をされ続けたことで俺の耳はおかしくなってしまったらしい。
今しがたオブザーバーがなんて言ったのかを確認するため、一旦笹倉さんのほうに身を寄せると彼女と小声で話し合う。
「(今こいつ恐竜が絶滅とか言ったような気がするんだけど、笹倉さんは?)」
「(私もそう聞こえたよ……)」
なんと。
確認してみれば驚くべきことに笹倉さんも同じように聞こえたらしい。
なるほどつまり……。
「幻術か。一体いつから」
「違うから」
「ぬわっ」
俺が持ち前の推理力を発揮したところで突然背後から掛けられたオブザーバーの声に驚く。
いつの間に背後に……動いた気配など微塵も感じなかったのに。
いや、これこそが幻術であることの何よりの証拠だ。幻に気配もなにもないのだから。
「ダメだな。この小僧、いよいよ現実逃避し始めたぞ」
「あれ分かった上で知らんぷりしてるだけだぞ。あのバカが恐竜絶滅の原因聞いたところで取り乱すわけね――っ!?」
「てめえは黙ってろ」
余計なことを言ったデージに水の球を高速でぶつけてやりつつ舌打ちを打つ。
取り乱して現実逃避してるわけじゃない。聞けば聞くほど面倒そうだから現実逃避しているだけだ。誰よりも一般ピーポーなんだぞ。
とか思ってたら不意に肩を叩かれる。
……ねえ、笹倉さんや。どうして微妙な表情で首を振るんですか? その優しく諭そうという雰囲気の意味が分かりません。
分からないがなんとなく状況が不利な気がするのでここは話を変えることにしよう。
「そもそもお前なんで簀巻きにされてんの」
「雄二が例の計画をつつがなく実行できるように、こいつらに情報の一切を渡さないよう色々遮断してたからな。いやあ特にニュートの目を欺くのは大変だったぜ」
ああ、確か昔ニュートが言ってたな。異世界関係の情報は息をするように収集できて俺も何故かその対象で基本情報筒抜けだとかなんとか。
それを隠し通すってのはなるほどすごいことだ。
「おかげで僕らは事前に警告すらできなかったわけだけどね」
「……いや、さ。ほら……どうせ警告されてもみたいなとこあるだろ? はははは……」
いつの間にやら背後から姿を消し先程の位置に戻っていたオブザーバーの言葉に俺はジッとデージを見る。
挙動不審になったデージを見ていると色々と言いたい事が浮かび上がってくる……が、デージが言うことも間違いではなく、俺は警告を受けたとしてもエージ救出作戦自体は決行していたと思う。
なんとも言い表し難いが、それでもエージは俺にとって特別で大事な存在であったのだ。
だから結果的に妨害もなく計画を実行できたのはありがたい。
しかし……警告があれば俺も心構えとか……いや、そもそも妨害されたら実行できてたか分からないし……うーん。
「……ぐっじょぶ」
「しゃあ無罪だ――」
「調子に乗るな小僧」
「――ぐえっ!?」
結局浮かび上がった言葉は全てグッと飲み込むと、とりあえず影で頑張ってくれていたデージに労いの言葉を掛けておいた。
その言葉に調子に乗ったデージが喜んでいるとその頭をロウが猫パンチで叩いた。見た目とは裏腹にデージの顔が思いっきり床に叩きつけられその表情を大きく歪ませていた。
それを見ていくらか溜飲も下がったが、デージを叩き伏せたロウが次はこちらを睨みつけてきて、同時に発せられる力の圧力に少しゾクリとしてしまう。
案の定こいつもかなりの力の持ち主らしい。愛らしい猫の姿とのギャップが酷い。
「おい小僧。分かっているのか? 世界の危機が迫っておるのだぞ?」
「いや、分かってるけどさ……」
頭をかきながらそう答えつつもやはり未だ乗り気になれない。
突然世界の危機がどうのって言われても現実感がないというか。
もちろんこいつらが冗談を言っていないのは分かっているし、最終的にはどうにかしないといかんとは思うが……。
「ふむ。ならば貴公がやる気を出せるよう私が簡単に説明してやろう」
「ほう」
無駄に饒舌になって話の長くなるニュートが簡単に説明とな。
俺はそんなニュートの言葉にやや懐疑的な目を向けつつも、その説明を待つ。
まあ、何を言われても今の俺の心にそうそう火はつけられない――
「試練に失敗すればそこの娘は死――」
「やります!」
……。
気づけば口から了承の意が溢れていた。
思わず口走ったけれど、しかしもはや試練を受けることに対する否定的な思いは欠片もない。
なるほど流石ニュートである。俺のやる気をマックスにする的確な言葉だった。
流石、卓越した言語能力を持つ超常の存在。
常々思っていたがやはりニュートという竜人は極めて話の分かる素晴らしい友であった。
「で、試練の内容はなんだ? どこでやるんだ? 行う日時は?」
そうと決まれば試練について詳しく聞こうとする。
しかし何を呑気にしているのか、オブザーバーたちは呆れた様子を見せるばかりで試練についての説明をしてくれない。
まったく世界の危機だというのに気が抜けているなあ、こいつら。
と、そこでクスクスと可愛らしい笑い声が響く。
「流石はわらわの夫の元になった男よの。愛でこそ動く。ああ、やはり愛とはなんとも美しきものよ」
「はあ……まあ僕もそういうのは嫌いじゃないけど、随分極端だね」
ユキネさんの言葉に完全に毒気を抜かれたのか、呆れた様子を見せるオブザーバーが大きく肩を落とし、ロウも俺を睨むのをやめて呆れた目でこちらを見ている。
なぜそんな反応をされるのか分からないし、早いところ試練について話して欲しい。
「ま、君の行動理由はともあれ試練を受けてくれるならこちらとしても助かるよ……さてじゃあ、試練の内容について説明しようか。といっても試練自体は至ってシンプルだ。君が各地の異界でしてきたことと同じことをすればいい」
してきたこと……っていうと魔物の掃討か。今更そんな事してなんか意味があるのか?
「もちろん普段君らがやっていることは世界の安定には関係のないことだ。今回はその形式の試練を僕が設定したっていうだけの話だよ。それに力を消費するのに戦いというものは効率的で都合がいい」
「なるほど……力の消費って?」
「世界が不安定なのは過剰に力が溢れているからだからね。今回はその力に魔物という形を与え、それを君が倒し消費していくってわけだ」
つまり倒せば倒すほどに力は消費され世界は安定するってことか。
なるほど実に分かりやすくて助かるな。
魔物を倒せばいいというのであれば、俺にはそれなりの自信があった。
なにせ過去には異世界の魔王とすらも戦ったことがあるのだ。
「とはいえいずれ勝手に安定する世界。それを操作しようっていうのだからやっぱり相応の資格が必要だと観察者たる僕は判断する。そう、最初から言っているようにこれは試練だ。故に君には一つ制限を課させてもらう。君に課せられる制限、それは――」
だが、続く言葉に俺は冷やりとする。
当然だ。場合によっては非常に厳しいことになるのだから。
一体どんな制限が課せられるのかと俺は身構え言葉を待つ。
「――君の力だけで挑むこと。それだけだよ」
その言葉を理解するのに少し時間がかかった。
俺の力だけ……って、それだけ?
自慢じゃないけどそれなりの力を俺は持っているつもりなんだけど。
「もちろん、君の力だけでちゃんと達成できる程度に調整はするから安心していいよ。そのためにロウ君にも来てもらってるわけだし」
「吾輩なら小僧の力を正確に見抜けるからな」
どうやらそれも承知の上らしい。
であればちょっと手強い相手が出てくるのだろうと気を引き締めると、隣からやや圧力を感じる。
見れば我が愛しの女神様が怖い顔をして魔力を滾らせていた。あまり見ないレアな表情なのでしっかり脳内メモリーに保管しつつ、なるほどと心の内で呟く。
俺の力だけってことは笹倉さんはお留守番なわけで、一緒に戦えないと知って不満なのだろう。
それは確かに大きな戦力の喪失を意味するわけだが、しかし彼女を何が起こるか分からない試練から遠ざけられるというのは僥倖でもあった。
「大丈夫だって。絶対戻ってくるから」
「なんか嬉しそうだね?」
「そ、そんなことないって!」
だから宥めるように声を掛けたが、心の内を見抜かれているらしく不満顔だ。
どうやらバレバレらしいと理解しつつも無理やり誤魔化しておく。
笹倉さんはしばらく黙ってこちらを睨んでくるが……。
「もう……絶対戻ってきてね」
「当然」
やがて滾らせていた魔力も収め、ギュッと抱きついてきた。
俺も抱き返しつつ彼女を安心させるために強い意志を込めて短い言葉を送る。
そうしてしばらく抱き合い十分に気持ちを滾らせたところで体を離す。
「さて、準備は整ったようだし早速、試練の開始といこうか」
「ちょ――」
瞬間、オブザーバーの言葉を耳にすると共に周囲の景色がぐにゃりと歪み、同時に何かが欠け落ちてしまったような感覚が全身に走った。
それが何なのかを考えるよりも早く。
俺の意識は闇に飲まれていった。




