その108
声と共に吹き荒れた魔力はやがてエージ達の背後へと集まる。
それを当然感じ取ったのだろう、二人は振り向こうとして不意にその動きを止める。
「「なっ!?」」
いや、止めるではなく止められた、か。
気づけば二人の首根っこを竜を彷彿とさせる手が軽く掴んでおり、そこから順に他の部分も構成されてそいつは姿を現した。
先程の声で分かっていたが現れたのはやはり顔なじみである。しかし状況が警戒を必要とし、俺も笹倉さんも立ち上がって軽く構えていた。
そうしてじっと相手を観察しながらも俺は声を掛ける。
「……よう、ニュート」
「ああ、我が盟友よ。しばらくぶりだな」
すると俺の警戒など気づいてないかのように相手――ニュートはいつもの調子で応えてきた。
その声は本当に普段通りで敵意や害意などこれっぽっちも感じられない。だからこそ俺は警戒するとともに、いまいち状況を掴みきれずにいた。
そんな俺の考えを見抜いたわけでもないだろうが、ニュートはエージ達から手を離す。先ほど立ち去るべく立ち上がっており、その状態で掴まれていた二人だったが、手を離されるとストンとソファに腰を下ろした。
それから何やら手を握ったり開いたりを繰り返すとはっきりと敵意を含んだ目でニュートを睨むが、当人は何処吹く風ぞとばかりにケロッとしている。
相当な力を持つ二人を前に大した余裕っぷりだが、ニュートもなかなか規格外だものな……。
「うむ。貴公らが怒るのも無理はないが、訳あって一時的に力を封じさせてもらった。無論、それはこれから説明させてもらうが、ひとまずは矛を納めてくれるとありがたい」
「くっ……何が何やらだぜ」
「我らの力をこうも容易く抑えられるとはの」
だがどうやらその力の天秤はすでに大きく傾いているらしい。
先ほど二人がストンとソファに座ったのは力が抜けたからだったのか。
こうなると俺たちが警戒しててもほぼほぼ無駄だろう。笹倉さんと一度アイコンタクトを交わし、ゆっくりと腰を下ろした。
「はあ、それで俺らにも説明してくれるんだろうな?」
「案ずることはない。もとよりそのつもりで来ている。だから揃うまで少し待っていただこう」
「揃う? 何を……」
と、そこまで口にしたところで再度室内に魔力が吹き荒れる。
また何か現れるのかと警戒すれば魔力は複数に分かれ収束するとそれぞれの姿を晒す。
内二人は俺もよく知る二人でデージとユキネさんだ。ただしデージはどういうわけだが簀巻きにされた状態で床を舐めている。その側に現れたユキネさんは呑気に微笑みを浮かべ軽くこちらへと手を振っているのでそうやばい状態ではないのだろうが。
「やあ」
「邪魔するぞ、小僧」
そして現れたのはその二人だけでなく、他に見知らぬ者が二人。いや、一人と一匹か?
一人は薄灰色の古びたローブで全身を覆い杖を持つ人型の者。顔は隠されており、声は幼いが老人のように腰を大きく曲げ、杖を持つ手は片方は若く女性的なもの、もう一方は老いた男性のものというアンバランスな姿をしている。
そしてもう一人、というよりもう一匹は小麦色の毛並みが愛らしい猫だ。無論普通の猫であるはずはなく普通に言葉を話す。それも無駄にダンディーな声にふてぶてしい言葉遣いでだ。おまけに尻尾が三つに分かれている他こちらを見つめる大きな瞳には確かな知性を感じさせまるですべてを見透かされているように感じてしまう。
「……そいつらは?」
「オブザーバー殿とロウ殿だ。二人共こちら側では古株でな。まあ異界勢力における代表格といったところであろうか」
「力で言えば君こそ頂点なんだけどね」
「新参のくせして成り立ちが特異すぎるからな」
どうやら彼らは意志を得た魔物――魔人の中でも比較的顔が利き、かつちゃんと話ができる相手のようだ。
しかしオブザーバーか。
なるほど観測者だとか観察者という意味合いの言葉だったし、その姿のアンバランスさもそのせいかと納得できる。
どうやらそれと肩を並べるらしき見た目は猫なロウとやらも侮れまい。
そして、流れからしてそんな二人を招集したのはニュートときた。
ふーむ……猛烈に嫌な予感がしてきたぜ。
これもしかしなくてもニュートが現れたのはエージをどうこうするため……じゃないよな。
「さて、揃ったところでまずはエージ殿には生還おめでとうといっておこうか」
「そりゃどうも。ところでいい加減力を戻してくれないか?」
「ふむ……いや、見たところすでに私がかけた封印を自力で解く準備は整っている様子。隙を突こうとするのは無駄なこと故諦めるのをおすすめしよう。ああ、安心してくれ。たとえ貴公がどう行動を取ろうとも別に咎めたりはしない。此度の問題貴公らに関係は……無いとはいえぬが我らからすれば些事なのでな」
流石エージといったところか、抜け目なく封印を解いていたらしいがそれをあっさり見破るニュートもまた流石である。
それからいつもどおり無駄に長ったらしく言葉を並べると最後に肩を竦める動作をしたかと思えばこちらへと向き直る。
もうこの時点で確定だ。今回ニュートが用があるのは俺だ。とびっきりの面倒事がもうすぐそこまで迫っているのをひしひしと感じるがもはや逃げられない状況であることを理解してしまう。
「さて雄二よ。貴公は私にとって恩人であり大事な友である。故に私としても面倒をかけるのは申し訳なく思うのだが、それ以前に私には異界に住まう者として義務がある。そう、お察しの通り我らが今日ここに来たのは貴公に用があってのことだ。貴公が特別悪いというわけではないのだが、しかしその特異性故に選ばれてしまった。というのも……あーいや。話が長くなるのが私の悪い癖だったな。まずは端的に言おう。貴公には試練を受けてもらうことになった」
嫌だ、と口には出さないながらも表情には出てたと思う。試練だなどと明らかに面倒なこと誰が引き受けようか。
しかしながら試練を受けてもらうなどど他ならぬニュートがいったのだ。少なからず友好関係を築いてきたこの竜人がこうしてどこか言いづらそうにしながらも提案してきたそれがただの面倒事とは思えない。
だから俺はこの試練とやらについて詳しそうな存在、オブザーバーへと目を向ける。
もとよりそのつもりだったのかオブザーバーは俺の視線を受けて頷いた。
「それじゃあ僕から説明させてもらうよ。まず改めて自己紹介をしておこう。僕はオブザーバー。この名が示すとおり僕は世界を観察する者だ。そして、世界が大きな分岐点に立たされた時にその方向を定める権能も持っている。言ってみれば世界運営の代行者ってところさ」
「……それがどうして俺が試練を受けることに?」
「僕は観察者だ。観察することが僕に許された絶対の在り方だし、曲げるつもりはない。まあだからこそ僕はこんな大層な権能を得られたのだろう。それが世界の意志というものさ。そんなわけで君に任せようかと」
なんだかスケールのでかい話になんとかついていこうと必死に頭を回す。
ええと、つまりなんか知らんが世界の危機が迫っていて。目の前のこいつはそれをなんとかできる力を持ってる。でもオブザーバーの名が示す在り方に逆らえないと。だから第三者に委ねるってことか?
いや、なんでそこで俺に。
そんな疑問に対する答えはすぐに語られた。
「なぜ君なのか? 今回世界が乱れ分岐点に立たされたのは君が大きく関与してるからさ」
「は?」
「なんの因果か二つの異世界から同時に干渉を受けた結果、君は他の世界と一種の道が繋がった特異点となった。ああ、もちろんそれは事故だ。君がどうこうできた問題じゃない。が、その後は? 気軽に異世界と連絡を取ったり、異世界の力を行使したり物を持ち込んだり。挙句の果てに異世界と行き来できるような道を開いたりしたのは誰だったか」
「うぐっ」
なぜ俺が選ばれたのか。その不満を感じ取ったのだろうオブザーバーがその理由を並べ立ててきた。その内容はなるほど身に覚えのありすぎる事ばかりで否定もできず言葉に詰まってしまう。
だって使えるものは使わんとね……?
「でもそれはニュート君が生まれたことでひとまず問題は無かったんだ。彼には異世界に関する情報とかをほぼ全てを取り込み抑える力があったからね。きっと影響を抑えるべく世界の意志が彼を生んだのだろうさ……もしかするとそこには君への配慮すらあったかもしれないね」
なるほど思っていたよりもニュートには助けられていたのか。
待てよ? ということは今回もなんやかんや問題なくて試練だとかは今後に対しての脅しなのでは?
「でもそこに時間軸の乱れも追加されたんじゃ全部台無しだよね」
だが即座に俺の甘い考えはあっさりと砕かれ項垂れるしかなかった。




