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その107

 それから少しばかり雑談を交わしている――ちなみにビージらはエージの無事も確かめ事情も聞いたということですでに念話は切ってある――と、ふとエージが思い出したとばかりの様子で話を切り出した。


「なあ。確か異界って魔物蔓延るところで、ここもそうなんだよな?」

「ああ、部屋の中に現れるってことはないけどな。それが?」

「いや……」


 軽く首を傾げたエージは視線を壁へと向ける。

 エージたちと話し込んでいたここは異界部屋。当然、その壁の向こう側には異界が広がっているが今は結界も透過モードにはしていないので普通の壁があるばかりだ。


「ルミナスとじゃれ合ってた時見なかったなって思って」

「む……確かに見なかったの」

「そりゃ規格外な者同士があんだけ暴れれば余波だけで吹っ飛ぶだろうさ」


 俺が魔王と戦ったときも余波で魔物は魔力へと霧散していた。

 異界部屋はまさしく異界の真っ只中にあるだけあってか少しばかり強力な個体が多い。だからといって遺憾ながら常軌を逸してる俺らの力に抗えるほどでもないのだ。

 そんな風なことを説明すればエージも納得したようなのでこの話もこれで終わり……とその時笹倉さんが小首をかしげて何やら考え込んでいることに気づく。


「どしたの?」

「……ん、あ。いや今の話だけど」


 そこで彼女は言葉を切るともう一度何か思い出すようにして間違いないと頷く。


「エージさんが異界に飛び出したときにはもう魔物は居なかった……よね?」


 そう言われその時の事を思い出す。

 エージが異界に飛び出したのはルミナスさんにぶっ飛ばされたからだ。

 その直後に二人は軽く話していたが……確かにそのときにはすでに魔物は居なかった気がする。

 二人の会話に集中して気づかなかった可能性もあるが、異界の魔物は異形揃い。否が応でも視界に入れば嫌悪感を覚えるか、見ても見ないふりをするなどの努力を要する。

 どれだけ思い出してもそれが無いということは……そういうことだろう。

 あの一発で見える範囲の魔物が消滅するとも思えないし。


「確かに……居なかったかも。うーん別に掃討とかしてないはずだけど……笹倉さんは?」

「私もしてないよ。藪をつつく理由も無いしね」


 一応確認してみるが予想通りの答えに肩を竦める。

 念の為結界を透過モードにしてみれば今現在も魔物の姿が欠片も見当たらない。余波で消えていたとしてもすでに再出現していてもいいはずなのに。

 顎を手でさすりつつどうして居ないのか、そもそもいつからなのか考えを巡らせ……一つ気づく。


「もしかしてデージやニュートが最近顔見せないのが関係してるのか?」

「あー雄二のドッペルゲンガーとルミナスの力をきっかけに意志を得た魔物だっけか。会ってみたかったけど無理なのか?」

「我の力……前にこっちに来たときのか。なるほど興味深いの」


 こちらの魔物として生きる二人の名を挙げればエージもルミナスさんも興味を示す。

 せっかくだし会わせてみたい思いもあるが別に命令できる間柄でもなし。あいつらの事情と気分次第なので諦めてもらおう。

 ともあれ、ここ最近のあいつらの付き合いの悪さと異界部屋周囲に魔物が居ないことは決して無関係というわけではないと思う。

 やはり魔物界隈で何かが起こっていると判断するべきか。

 あるいは今日のためにエージらがここから魔物を遠ざけてくれている可能性もある。

 いやむしろその可能性のほうが高いようにも思えるか……?


 ……いやつべこべ考えず聞けばいいか。

 そう考えてデージとの念話を試みれば繋がらない。

 とはいえエージが居なくなった時のようなものではなく、言うなれば呼び出し音はすれども向こうがそれに応えてくれないような感じだ。


「取り込み中か? 念話もダメだわ」

「そうか。何事もなきゃいいけど、そのへんは俺の気にすることでもないか。もうあの繋がりもないし」


 それを伝えてみればエージは肩を竦め、軽く流した。

 薄情にも見えるが実際エージが言うようにこうして話している間もかつてあった繋がりは戻ることなく、俺は相変わらずエージ由来の力を失ったままだった。

 生まれ変わったことでエージはエージとして一個の存在を確立したってことなのだろう。

 そのことに一抹の寂しさを感じないこともないが、何よりもあの便利な能力が消えたままというのが惜しい。

 そんな俺をよそにエージとルミナスさんは互いに視線を交わして頷く。


「さて、まだまだ話したいこともあるが……ここらでこの世界からはおさらばさせてもらうかな」

「うむ。いささか我らの力も振りまき過ぎてしまったしの。これ以上はどんな影響を及ぼすか分かったものではなかろうて」


 言われてみればこの状況。第二、第三のニュートが誕生してもおかしくはない。

 誕生だけならまだいいが、もし仮に暴走でもされたら非常に厄介なことになるだろう。とはいえ確かニュートはその手の影響を抑えることが出来るようだし、異世界に関するなんらかの権能がどうとか前に言ってたのでその可能性は低いと思われる……が。


「ま、仕方ないか。繋がりもなくなって今後は連絡も取れなさそうってのがちょっと寂しいけど」

「あの繋がりはもしかしたら戻るかもって俺も思ったけど……まあ残念だが嬉しくもあるってのが正直なところだ。前は雄二が死ねばどうなるかわかったもんじゃ無かったが今はもう俺は俺として確立してるわけだし」


 そう言ったエージの表情は清々しく、惜しむ気持ちを引きずる俺からすると少し羨ましくもある。

 だが、考えてみれば自身の存在を他者に委ねている状況というのはそれなりにストレスではあったのだろうと思う。であればやはり解放感というものがエージにはあって当然だ。

 それを考えるとビージたちもどこか疎ましく感じている所はあるかもしれない。

 ……うーん、あいつらがそんな細かいことを気にするだろうか。

 なんとなく、せいぜいがネクタイが窮屈だな程度にしか思ってない気がする。

 

「てか、世界からおさらばってできるのか? ルミナスさんが目印もない状況だと色々難しいとかなんとか言ってた気がするが」

「おいおい、俺がここに戻ってくるまでの話を忘れたのかよ」

「あー、なるほど」


 そうだった。

 エージは帰ってくる過程で世界の座標とやらを探れるようになってたんだった。

 となるとエージはどんな世界に行くのか、なんてあそこしかないか。


「行き先は?」

「お礼参り」


 その言葉だけでエージがどの世界へ行こうとしているのかわかるというものだ。

 一応極めて善良なる一般人を自負する俺としては遠い遠い異世界のことだとしてもこれから起こる惨劇については考えたくもないが……。


「そんな顔しなくても実行犯プラスαぐらいに留めるからへーきへーき」


 なるほどそれなら問題ないな、と頷く俺。

 そんな俺達を見て笹倉さんが苦笑を浮かべるも特に拒否感を見せることもなかった。

 まあある意味では俺たち先駆者だもんな、報復活動の。


「んじゃ、そろそろ……あっと、忘れてた。帰ってくるのに助けてくれたお礼しとかないとな」

「ああ、そうだの。悪魔として受けた借りはきっちり返さねばの」


 そうして、いよいよ腰を上げたところで二人が思い出したようにそんなことを言い始めた。

 理屈は分かるけどいきなりお礼とか言われてもな。

 しかし続くエージの提案はなるほど俺にとっても悪い話ではなかった。


「まあお礼つっても現物で何か持ってるわけでもない。というわけで……ごほん。さあ望む力を言え! 貴様にはその資格がある。我がそれを叶えてやろう! タダでな!」


 靄を薄く纏い格好つけるエージには呆れるがその話の内容は確かに魅力的である。

 俺はすでにある程度の力を有しているが、今回の騒動でその力はエージ達になにかあれば失われるものであると分かった。

 異界に関わる前であれば束の間の夢として惜しみながらも問題はなかっただろうが、もはや異界事情にどっぷりな現状では大問題だ。

 となればビージに何かがあった時、あるいはビージは無事でも繋がりが消えた時のことを考えればここで力をもらうのも悪い話じゃない。さてどんな力を貰おう?

 エージがルミナスさんから力を得たときと違って俺の場合は割と死活問題。ここは慎重に選ばなくては……。

 そう俺が考え込もうとした矢先、隣にいた笹倉さんがあっさりと告げる。


「あの能力を新城くんにお願い」

「え、っと。あの能力って……あれか!? 以前俺が持ってたやつ(尿便意コントロール)!?」


 動揺しきったエージの言葉に笹倉さんはうんうんと頷きニンマリ笑ってみせる。

 俺はといえばまさかの人物からまさかの提案に動くことすらできずにポカーンと彼女を見つめるのみだ。


「えっと、雄二。かつてそれを求めた俺が言うのもなんだけど……それでいいか?」


 戸惑いがちにされたその質問に俺は即答できないでいた。

 実際あの能力は惜しい。

 今後力を失った時、異界についてはおおよそ近づかなければ問題もそうは起こらないだろう。あるいは情けないが笹倉さんに守ってもらうことも可能である。情けなさ過ぎて避けたい所ではあるがそれも選択肢の一つではあるのだ。

 だからこそ最たる問題は他の魔術師だ。それも深い怨恨があるあの組織。

 最近はおとなしく魔術師として健全に活動しているらしい連盟だが、俺の力が失われたと知ればどんな行動にでるか。契約魔法で縛ってはいるが力を失った時その契約も保持されるか分からないし。

 そして対連盟において契約ではなくトラウマで縛れるあの能力はまさしく切り札になりうる。

 だが、ここはもっと真面目に考えるべきではないのか。汎用的なものを求めたほうがいいのではないかという思いが消えることない。

 なかなか結論が出せず、ひとまずは愛すべき女神様へその意図を聞いてみるかと口を開きかけたその時。


「すまないがそれは後ほどにしていただこうか」


 聞き覚えのある声がそう告げると共に室内に魔力が吹き荒れた。

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