その106
エージの話を聞くにあたってまず最初に質問したのはエージは本当に未来からきたのかどうかだ。
俺はそういう仮定のもとゲートを開いたわけだけど、時間をどうこうするように魔法陣を調整したわけじゃない。最終的にはユナ様によって調整された魔法陣でエージは帰還したが、それだって悪魔召喚の要素を付け加えただけだ。
もしかしたらエージは死んですぐ悪魔となり、僅かな期間のうちに強大な力を得て戻ってきたかもしれない。
「うーん、それぞれの世界で時間の流れとかリンクしているってわけでもないから正確には分からんけど、少なくとも悪魔に転生してから数千万年ぐらいは経ってるかな」
「は?」
未来から来たとして十年か百年かと考えていたところに桁が違う数字を出され、間の抜けた声を出してしまう。
そんな数字、昨今小学生でもなかなか言わないんじゃないか?
「ほう、それだけ存在し続けたのであればその力も納得だの」
「まあその時間の殆どはほぼほぼ植物状態だったけどな」
「ええ……」
だがそれも悪魔的には驚くことでも無いようで、ルミナスさんが納得した様子を見せた。
また、数千万年生きてきたとは言えその時間全てハッキリと意識を持っていたってわけでもないらしい。
だからといってスケールの違いになかなかついていけないが、他ならぬ大悪魔様がそう納得しているのであればエージの言葉にも真実味が出るというもの。
ここでごねても話が伸びるだけだし、ひとまずそういうものと無理やり飲み込んで話を続けよう。
「はあ……よし。じゃ、何があったのか聞きたいんだけど要点だけ話してくれないか?」
「おーけー。つか、俺だって事細かく状況説明とかしたくねえしな……んと、まず俺が目覚めたのが悪魔が生まれ住まう世界でな――」
そう言ってエージは何があったのかを話していく。
エージが目覚めたのは悪魔だけが存在する世界、いわゆる魔界だったらしい。
その魔界には何らかの呼称があるようだが、言語理解のスキルがあるにも関わらず聞き取ることは出来なかった。だが、同じ悪魔であるルミナスさんには通じたようで、なんとそこは彼女の故郷でもあるらしかった。
それはエージが悪魔になっていた時点で彼女は察していたようだ。
「我ら悪魔は世界と隣り合う存在で、たまに呼びかけに答えてみたり、あるいは気まぐれに厄災をもたらしたりもする。だからこそ悪魔という概念は世界を跨いで存在するわけだの」
と、ルミナスさんが説明してくれた。
言われてみればユナ様は悪魔について疑問にも思わず、そればかりか悪魔召喚の知識を提供してくれていた。
疑問に思わないのはさておき、後者についてはなるほどその概念が共有されていてこそである。
事実それによってエージは戻ってこれたわけだし。
それはともかく話は戻りその魔界にて生まれたエージだが、当初は自我というものがなかったらしい。
自我がない中どうしていたかと言えば他の悪魔と闘争に明け暮れていたとのことだ。
他の悪魔を討ち滅ぼしその力の一部を奪って徐々に力を増やす。そんな日々を百年以上続けて力があるレベルまで高まった時にふいに自我が目覚めたらしいが、それに関してはここ異界にいる魔物も似たようなものだからすんなりと納得できた。
ただ、ルミナスさん曰くもしその段階で敗北し滅ぼされていればエージという魂は虚無に消え去ったという。
最初っから結構な綱渡りを強いられていたようで、それをクリアしているのだから流石である。
じゃあ自我が目覚めていよいよどうしたのかと聞けば。
「え、他の悪魔と闘争に明け暮れてましたけど?」
と、何言ってるんだといわんばかりの表情で言われた。
その表情はむしろ俺がするべきものだろうがと思いつつ苛立ちを抑えて聞いてみればなんてことない。兎にも角にも力は必要であるという話だった。
とはいえそれも三千年ぐらいで十分な力を得たエージは、ついに時間を超えて帰還を果たすべく取り組み始めたそうだ。
「そこからが本番だったけどな」
遠い目をしながらエージは酷く疲れた様子を見せた。
「最初にもいったけど生きてきた時間の殆どは植物状態でな……」
そう言って、帰還を果たすべくどんな風に行動したかをエージは語り始めた。
まず最初の内は召喚に応えてみたり、なんとか察知できた世界に邪魔してみたりしながらいくつもの世界を巡ったそうだ。
そうして情報を集めていったことで次第にそれぞれの世界の差異を感じ取れるようになり、エージはいつの日か世界の座標をある程度読み取れるようになり取捨選択が容易にできるようになったらしい。
ある意味ではこの時点で帰還の準備はほぼほぼ整ったと、エージは言う。
世界の座標を読み取れる様になったら後は目的の世界、即ち俺がいるこの世界の座標を探せばいいだけだからと。
しかし当たり前の話だが世界というのはとんでもなく広大だ。
この世界だけで考えてもそうだ。何も地球がこの世界の全てというわけでなく、果てしなく続く宇宙の全てが一つの世界なのだから。おまけにエージの場合はそこに時間まで加わるというのだから一つの世界辺りの情報量はただの人間の俺には想像すらできるものではないだろう。
聞けば聞くほど結局は不可能に思えるが、世界と隣り合って存在する悪魔にはある種の適正があり、エージに限っては俺が繋いでいるだろうゲートという目印も合ってある程度候補は絞れたらしい。が、それでも天文学的な数の世界を探査する必要があった。
そこから先の植物状態という話に繋がるわけだ。
分体を生み出し、切り分けた意識は必要最低限だけ残して凍結させ、ひたすら情報収集と精査へと取り組むマシンへと自身を変質させたのである。
そうして総当たりで条件に符合する世界を探査しては空振りを繰り返したようだ。
しかしゲートを目印にしたというのなら候補を絞るだけでなく特定は出来なかったのかと思う。
それを聞くと、エージは大きく肩を落とした。
「ああ……俺も思ったよ。なんとか条件を整えれば特定できるんじゃないかって。けど膨大な数の平行世界が邪魔しやがったのさ」
トゲのある口調でそう言ったエージは、その時のことを思い出したのか表情を歪ませる。
「ようやく地球の存在する世界を特定して詳しく調べてみたら、ありとあらゆる可能性の末に派生誕生した世界が待ってたわけだ。ありとあらゆる、だ! ある日誰かがくしゃみをした、いやしなかった。そんなくだらないレベルで派生して存在する平行世界が無数にだぞ!? あぁクソ! 雄二てめえ中二病拗らせて悪魔召喚の儀式とかしてんじゃねえ!!」
「待って俺悪くない」
語るうちにヒートアップしてあらぬ罪でこちらを責めてくるエージをどうどうと宥める。
俺がやったのは愛のキューピットよおいでませと祈ったぐらいなので悪魔召喚など完全に言いがかりだ。だから俺ならやってそうだな、みたいな視線を向けるのはやめてください笹倉さん。
なお、翌年に今の高校に入学して俺は女神様に出会ったわけだしその時の祈りはある意味通じたのだろう。
ま、何にせよそんな変人みたいな俺がいる平行世界もあるとは驚きで、そんな世界を幾重にも見ることになったエージには同情の念を禁じ得ない。
よく頑張ったな……!
「そんなことがあった末の帰還だったわけだけど、長い間意識凍結してたのものあってあの時点では実はちょっと自身の存在を見失いかけててな」
「あ、それであのクソうざいノリだったのか」
「それもルミナスにぶっ飛ばされて解決したんだけど、今度はテンションが上限突破したわ」
ああ、うん。
数千万年ぶりに愛しの女神様に出会えたらまあテンションもおかしくなるだろう。
そうしてひとしきり話も聞いて色々納得もできたからか、素直にエージの帰還を喜ぶ思いが胸のうちに芽生えてきた。
そんな自分に苦笑しつつ、エージへと拳を軽く向ける。
「ま、なんにせよだ。よく戻ってきたな」
「おう、ゲートとか協力サンキュな」
同時にエージも拳を突き出していて、コツンと合わして互いに笑みを浮かべる。
未だ能力共有などの特殊な繋がりは戻らないのに、息の合ったその動作は悪魔になっても、数千万年生きてきたとしてもエージはエージのままであると証明しているようでそれが何よりも嬉しく感じた。




