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105/112

その105

「時間を取らせてすまなかったの」

「いえ、ありがとうございます」


 あれからしばらくして部屋に戻って来たルミナスさんを迎え入れると、彼女は謝罪の言葉を口にして頭を下げ、手に持っていたモノを無造作に放る。

 確かにエージと話して色々と状況を整理したい気持ちはあったが、あの鬱陶しいノリと相対するのはごめん被りたい気持ちも強く、むしろ率先してあれを相手にしてくれた彼女を責めるなどできるはずもないのでこちらも頭を下げる。

 時間を取られたとは言っても協力してくれたビージと話すなどやることはあったし。


 ともあれ、これでようやくエージに何があったのか色々聞けることだろう。

 というわけで、だ。


「さて、じゃあエージの話を聞くとして……どこ行ったかな?」

「新城くん……」


 その本人はどこへいったかなと、ある一方向だけは視線を向けずに辺りを見渡せば影も形も見当たらない。

 笹倉さんが何か言いたげだが、はて?

 とりあえず肩を竦めてルミナスさんの方を見れば目線でさっき俺が見なかった方を示している。

 それに気付かぬふりをして顔に笑みを貼り付けてしばらく。


「いくら逃避してもそれがエージであることは変わらぬよ」


 ゆっくりと首を振ったルミナスさんが改めて指し示した()()をエージと断言する。

 仕方ない。

 諦めてため息を零しながらも努めて目を逸らしていたソレへと目を向ければスライムとでも呼ぶべきか、黒いゲル状の何かがそこにはあった。

 そしてそれはルミナスさんが床に放り捨ててから常にぶよぶよと蠢いている。


「生きてるよな……?」

「愚問だの。我がエージを殺すはずもなかろう……まあ自身の形も保てぬぐらいには痛めつけたが、この程度であればすぐに回復できよう」

『あーやっぱそいつエージなのか』

『あらあら……あれがエージ様なのですか。あなた方も大変なのですね……』


 問いに対するルミナスさんの回答に俺は呆れてものも言えなかった。 

 ビジョンを通してそれを見たビージ達も呆れた声を零している。

 いや、ほんと大変です……。


 しかし、これで生きてるのか。

 確かに蠢くソレは時折重力に逆らうようにして持ち上がり何かしら形を形成しようとしては失敗している。

 死んでいるのであればそんな風に動くことなどはないだろうし彼女の言葉に嘘は無いのであろう。

 あれだけエージを想ってたルミナスさんが殺すとも思え……うーん、さっきのキレっぷりを見るに衝動的に殺ることがあるかもしれないけどそれは今じゃない。

 とはいえ、これでは。


「何も話を聞けないよな……」

「そぉんなことないよぉ……ぜぇんぜん、はなぜるよぉ……」


 零れた言葉に思わぬところから応えられ、目を細めてそちらを見る。

 言うまでもなくその声の発信源は未だ床で蠢いているスライム、もといエージだった。

 なるほどそんな状態でも意識はあるらしく、やや聞こえづらいながらもちゃんと言葉を発せるらしい。しかしどうにもその声からわざとらしさを感じてならない。

 ちらりとルミナスさんの顔色を伺えば、どこか苛立ちを含ませながらも諦めた様子を見せている。

 ふーん?


「……なあエージ」

「なぁんだぁい……?」


 俺の呼びかけに相変わらずの聞きづらい、間延びした話し方で応えるエージ。

 もう一度その声を聞いて疑念は確信へと変わる。

 同時に心の内で苛立ちが。否、怒りの炎が燃え盛り殺意すら抱かせる。

 無論すぐにその殺意は追い払うが、けれども多少お灸をすえる必要はあるだろうと俺は一つ魔法陣を構築する。


「っ!」


 瞬間ルミナスさんが部屋の端まで後退した。

 その反応が今構築している魔法陣が想定どおりにできていることを裏付けてくれる。

 怒りというのは莫大なエネルギーだ。おかげでただ一度感じただけのソレをこうして再現できたのだから。

 出来上がった魔法陣、その中心を掴み腕を引く。すると魔法陣はまるで蜘蛛の巣のように引っ張られ、細く長い形状へと変じてゆく。

 やがてそれは一本の銀色に煌めく槍となり俺の手に収まると、刻まれている紋章が淡く光りどこか神聖なものを感じさせるオーラを纏う。

 それは先日ルミナスさんを世界を超えてでも追ってきた槍と同じ、いやさらに強大な魔法の槍だ。

 この槍には悪魔特攻ともいうべき特性が備わっているのはルミナスさんの反応から明らかであり、俺はその切っ先をエージへと向ける。


「さてエージ。別にこれをお前に刺すつもりはない。……が、何事もうっかりってのはあるもんだよな?」

「……チッ、完璧な演技だったのに。はあ、分かったよ。悪ふざけはもう無しだ」


 槍を寸前に置き脅しつければ先程までのが嘘のようにハッキリとしたエージの声でそう言うと、スライムはあっという間に霧散したかと思えば人型に集まりだす。

 どうやらようやくまともにご対面できそうだといったん槍を下ろして経過を見守る。

 やがて集まった霧は実体を帯びて、警察の特殊部隊などを彷彿とさせる戦闘服を着たエージが姿を現した。

 ようやく訪れた機会にその姿をゆっくりと観察すると、目の前のエージが俺とは色々姿も変わっているらしいことに気づく。

 肌は多少日焼けした程度だがどこか無機質にも見えるし、目つきは獲物を睨む猫を思わせる鋭さで、その瞳はルミナスさんと同じく紅く輝き白目の部分は黒く塗りつぶされている。また、頬にはひび割れたような痕があり時折そこから黒い靄が漏れていた。

 

「なんか随分……変わったな」

「ん、ああ。この姿か。別に他の姿とかもなれるけどこれが今の俺のデフォらしいな」


 零れた言葉にエージはなんでもないかのように肩をすくめていた。

 どうやらあえてその姿になったとか、そういうわけでは無いようだ。

 また「今の」とか言ってる辺りその姿になるまでに何度か姿も変わっているのだろうとも想像がつく。それはそれで悪魔らしいし、納得のいく話である。


「あと、それな」


 エージは薄く笑みを浮かべて槍を指差す。

 槍がどうしたのかと見やすいように胸の前に持ち上げると、エージは不意にそれを掴む。

 それそのものが魔法故にオーラに触れるだけでも相応のダメージを与えるはずなのに全く影響を受けていない様子に俺は目を見開いた。

 

「あの日のことを俺がどれだけ後悔したと思う? 当然対策済みだぜ」


 そう言って笑みを深めたエージがより強く槍を握ると掴まれた部分から黒い炎が現れ、即座に槍全体を覆い尽くす。

 そして一秒も絶たぬうちにその槍は崩れ魔力へと霧散してしまった。

 

「ええ……」

「ま、別に危害加える気もないし、悪ふざけだってもう必要無いから安心しろって」


 エージに対する抑止力として作り出したものをあっさりと破られて呆れる俺にエージが笑って声を掛けてくる。

 もしかして、今のエージってルミナスさんよりも強くなっていたりするのだろうか。ハッキリ言ってルミナスさん以上となれば俺よりも強いといって間違いないため恐ろしい話だ。

 尚更抑止力となるものを用意しなければと思わなくもない。


 ……まあ、実のところ。

 危害を加えないというエージの言葉を俺はすでに疑ってもいない。

 誰よりも想いを通じ合わせたルミナスさんが、目の前のこいつがエージ本人であると断定しているのだし、そうであるなら根本的なところは変わっていないだろう。

 それこそルミナスさんを害しようとか考えない限りこいつがこちらを害することはないはずだ。

 

「散々ふざけてやがった奴の言葉なんか信じられるかよ」


 そう思うからこそ以前と変わらぬ態度で言葉を投げかける。

 そうすることで俺とエージは今も昔も対等なんだと伝えられるとも考えてのことだ。

 正直、これは賭けでもあった。

 人はどんな形にせよ変わっていくものだし、ましてエージは存在が悪魔へと変じているのだから尚更だ。

 だが。

 何も言わずに、けれどどこか嬉しそうな表情を見せながら肩を竦めたエージを見れば賭けの行方など明らかだろう。


 それからエージはソファに身を預け、ルミナスさんも部屋の端から戻ってきたところでようやく本題へと入る。

 すなわち、エージが何をどうしてきたのかがついに明らかにされようとしていた。

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