その103
元の部屋を模して作られた異界部屋。
違いといえば物の配置が左右逆なだけのハズなのにそれ以上に何かが違うそんな雰囲気があるのは、やはりここが異界のど真ん中にあるという異常性故だろうか。
それとも配置されている物が異界の特性を利用して、見た目だけ模して作られたハリボテであるからだろうか。
「ふわあ……」
そんな益体もないことをつらつらと考えていると側から可愛らしいあくびが聞こえてきた。
見れば、目端に涙を浮かべつつ口元を抑える笹倉さんの姿があった。
どうやらかなり強い睡魔に襲われているようだがそれも無理もないことだろう。
「っと、ごめんね。何もしてないのにあくびなんかしちゃって」
「いや、仕方ないよ。もうかれこれ……六時間だし」
そう、六時間。
あれだけかっこつけてゲート開いてそのまま六時間である。
それだけの時間ゲートをひたすら維持しているが、そのゲートの先がエージの元に繋がることはなく、気配すら感じられずにいた。
その間、雑談を交わしながら側にいるだけなのだからそりゃ眠くもなるさ。
『別に寝てもいいと思うけどな。ユナなんてぐっすりだぜ』
「そういうわけにはいかないよ。せめてちゃんと側にいることぐらいはしないと貰ってばかりになっちゃうし」
テレビから聞こえてきたビージの声に少々ムッとした表情で返事をする笹倉さんはいと美しき。
複雑で気を遣うゲートの魔法も長時間維持していれば慣れてくるというもので、作戦開始一時間後にはビジョンの投影魔法を並列で使うぐらいはできるようになったのでビージと繋ぎテレビに映しておいたのだ。
その画面を見ればビージの膝に頭を乗せてなんとも気持ちよさげに眠っているユナ様の姿も確認できる。
「まあでもむしろ寝てくれたほうが俺も安心できるけどね」
「むう、新城くんまで……どうせ居るだけで癒やされるからとか言うんでしょ?」
はいおっしゃる通りです。
笹倉さんと過ごしてきた時間も結構なものだからその辺りの理解も深まっているようだ。善き哉、善き哉。
実際、笹倉さんが側に居るだけで気力は無限に湧いてくる。
そこに寝顔という無防備故に生まれる可愛らしさも加われば無敵である。
だが眠気と戦い少しでも俺の力になろうとしてくれるその姿もまた嬉しくて大きな力になっている。彼女自身の想いを無碍にするわけにもいかないので無理に寝かせたりはしない。
とはいえあまり無理をしても良くないと、一旦休憩を挟んで朝食を取ることにした。
ビージの魔力水飲み過ぎによる中毒も避ける意味合いもあるため再開は一時間後の予定だ。
そういうわけで俺は今日のため作り置きしておいたご飯などを無限倉庫から取り出すと、いただきますと言って並べた朝食を食べ――――ぬっ!?
な、なぜだ……!?
箸が止まらない……!!!!
「ふう……結構お腹減ってたんだなあ、俺」
「ずっと集中してたもんね」
しばし食べることに集中して腹六分目ぐらいになったところでようやく落ち着き呟いた。
最初はそんな空腹感もなかったのだが、いざ食べ始めると途端に食欲が湧いてきて箸が止まらなかったのだ。
どうやら自分で思っていた以上に消耗していたようだ。笹倉さんの体調を心配しといて自身の状態を把握してなかったとは情けない。
これでは彼女に余計な心配を掛けるところだったし、実際彼女が疲れを見せなければもう少し無理していたかもしれない。
そう考えると彼女のあくびは天啓だったのでは?
いや、そうに違いない。
「ああ、女神様。不甲斐ない私をいつも優しく見守り導いてくださりまして本当にありがとうございます」
「いつものことだけど相変わらずだよね、新城くんは。今回もなんで感謝されたのかわからないけど、とりあえずどういたしまして」
思わず女神様へ感謝の祈りを捧げれば、いつものようにすこし呆れながらも聖母のような優しい笑みでそれを受け取ってくれた。
そんな心安らぐひと時を経て気力も体力も十分快復し、ビージも準備が整ったというのでゲート開通作業を再開した。
まあ、結局エージからのアクション待ちでしかないわけだが……。
そうしてさらに三時間ほど経った。
相変わらずゲートが繋がる気配はなく、流石に少し焦れてきたが心を落ち着かせてゲートの維持に努める。
どれほど焦ろうが、不安になろうが俺に出来ることなど信じてゲートを開き続けるしかないのだから。
そう言い聞かせているとテレビから綺麗だがどこか強さを感じさせる声が聞こえてきた。
『んんー、おはようございます皆様……あら、未だ繋がらずですか。やはり無駄みたいですね』
その声の主――ユナ様は目覚めるやいなやこちらを少し見ると、今している作業が無駄であるとはっきりと断言して首を振る。
当然ムッとする気持ちはあったが、その声色に悪意は全く感じられ無かったので何がいいたいのかという思いを込めてユナ様の方に視線を向ける。
『そもそも時間を超えて呼び戻そうというのに元のゲートの構成でいいのかと話を聞いたとき思いました。けれどあなた達は少々特殊ですから、まずは成り行きを見守ることにしまして』
『いや寝てたよね、ユナ』
『見守らせていただきました。はい、それで結局ダメみたいだったようですので……えー、はい。これをユージ様に』
呆れるビージを華麗にスルーしつつ、ユナ様はどこからか紙と羽ペンを取り出して何やら書き込んでいく。
書き終えたそれを確認して満足したように頷くとビージに渡しそのまま無限倉庫へとしまわれる。
どうやら俺宛のなにからしいので俺も無限倉庫を開き中からそれらしき紙を取り出す。
そこに書かれていたのは俺が使うゲートの魔法陣に似ていながらも全く異なる魔法陣。
それを注意深く観察して読み取れば……は?
いやこれ、待って。
そんなあっさりと変更を加えられるような魔法じゃないはずなんですが。
……え?
『消失時の様子や以前の話をお聞きした限りそのエージ様はいわば半悪魔というべき存在になっていたのでしょう? ならば転生した彼は完全な悪魔と成っている可能性が高いと思い、悪魔召喚の魔法陣を加えて調整させていただきました』
つらつらと自分の考えを述べつつ、さも当然とばかりに魔法陣を即興でアレンジしたことを説明したユナ様に開いた口が塞がらない。
魔法陣は見えない部分でもいろいろ魔力を練り動かしているというのに見える部分から全て読み解いたっていうのか。
それに確かユナ様って確か魔王戦で魔力とか全部失っていたはずだ。それも魔力を感じられなくなるレベルで綺麗さっぱりと。
だからかつての感覚を思い出しながら陣を改造したはずで……。
「やべーな、お前の女神様」
『お、おう。俺も久々に驚かされたわ……』
改めてユナ様はいろいろやばいってことを認識できた。
だが、だからこそ渡された魔法陣は希望のごとく輝いて見える。
あちらの世界で神にも迫る才を持つ彼女が作り出したこれならば、本当にエージに届くのではないかとそう思わずにはいられない。
だからそれに乗ることにした。
そうと決まれば維持していたゲートを一旦閉じて小休憩を入れる。
散々使い慣れたゲートの魔法陣と似ているとはいえ、はじめて使う魔法陣。どれほど魔力と体力を消費するかわかったもんじゃない。
万全の状態で臨まねばならないだろう。
「んじゃ、やってみますか」
そうして十分に休み、魔力も、気力や体力も全て満ちているのを確認してその魔法、ゲート改を発動した。
道が伸びていくその感覚は以前のそれとよく似ていたが、けれども違う部分もあった。
なんと言えばいいのかその道が捻れながら伸びているように感じたのだ。
そしてその道が伸び切った瞬間。
「きゃ!?」
「揺れた!?」
ズンっと衝撃が走ったかと思えば一度だけ大きく揺れる。
地震と違って空間ごと揺れたようなその現象に驚いているとゲートがバチバチと音を立てて突如黒々と染まりまるで空間にポッカリと穴が空いたようになった。
どう見ても不穏な現象に一旦魔力供給を止めるが……。
「なんだ、穴が消えない……?」
「だ、大丈夫かな、これ……」
空間の穴は消えることなくそこに在り続け、俺は笹倉さんを背に守り戦闘態勢を取る。
しばし穴を睨むこと数十秒。
それはついに現れた。
ご指摘されてたランキングタグとか誤字とか直しました。ありがとー!




