その102
十二月三十一日。
一年が終わり、新しい一年を迎えようとするその日の夜。
炬燵に入りテレビを見つつ笹倉さんとのんびりと過ごしていた。
とはいえ、年が明けてすぐに俺にはやることがあるので少しそわそわとしてしまう。
笹倉さんと過ごす貴重な時間なのにそれに意識を全部向けられないこの状況に苛立ちすら覚える。あのクソ野郎帰ってきたらボッコボコにしてやるぜ。
「新城くん顔怖いよ?」
「おっと、いけないいけない」
っと、どうやら苛立ちが顔に出てたらしい。グニグニと表情筋をほぐしておく。
せっかくの時間を自分でさらに壊したらいよいよもったいない!
しっかりしろ、俺!
「あと私の分も残しといてね」
「え? 私の……って?」
そんなふうに気持ちを入れ替えているとふいに笹倉さんがさらなる言葉を投げてきた。
はて、私のとは……みかんも十分にあるはずだが。
「クリスマス……年末年始も……」
影のある笑みでなにやら呟く笹倉さん。
おおう、笑顔の裏にしっかりフラストレーション溜め込んでたのですね……。
騒動が舞い込んできたので仕方ないとはいえ申し訳ないと心の中で謝りつつも、ちょっと嬉しいと感じてしまう。
だって笹倉さんもクリスマスのデートとか楽しみにしててくれたんだってわかったからな。
だからといってエージフルボッコの刑は動かないが。
そして年明けまでいよいよ十五分を切った。
「そろそろ準備しておくか……」
「ん、私も行くよ」
何があるかわからないので異界部屋へと場所を移そうとすると、笹倉さんも立ち上がる。
「え、危ないし……いや、うん。一緒に行こうか」
「それでよし! 新城くん放っとくとすぐボロボロになるからね」
当然やめさせようとしたが、彼女の目から強い決意を感じ考え直す。
すると彼女はニンマリ笑って大きく頷き、それから冗談めかした顔で茶化すようなことを口にした。
どうやら俺は放っておくとボロボロになると彼女には認識されているらしい。
そんなボロボロになったのなんて魔王戦ぐらいのものだった気が……いやあの時のインパクトは相当か。
あのときは笹倉さんを泣かせてしまったし、もう心配させるようなことはしない!
そう気合を入れ直し、彼女と一緒に異界部屋へと向かう。
と、その前にだ。
「これからエージがこっちに帰ってくるのを手助けしてきます。向こうに道があるんで気になったら来てください」
悪魔を祀る神棚へとそう声を掛けておく。
しばし待つもやはり反応はなかった。
エージがどう帰ってくるのか見当をつけた後もちろん報告したのだがその時もうんともすんとも言わず黙したままだ。
もしかしたら眠っている間は外部との接触はできないのだろうか?
まあ、眠れる姫を起こすのはいつだって王子の役目……ぐっ、王子姿のエージを想像して思わず吹き出しそうになった。
ともあれ起こすのはエージに任せればいいだろう。
そういうわけで紅い宝石のまま眠り続けるルミナスさんを置いて今度こそ異界部屋へと向かった。
「おーいニュートさんやーい」
異界部屋に来て開口一番、久しく会ってない竜人の名を呼んだ。
そこにいなくてもニュートであればこれで気づくはずだが……。
「こないね」
「だろうなとは思ってたが……」
いつもなら呼ばれたら即座に現れてきたニュートはここ最近の呼びかけに全く応じてくれない。
別に死んだとか消えたわけではないらしいのはデージ経由で知っているので心配しているわけではないが、気にはなる。
そのデージも今回の件については協力したいのは山々だが無理とのこと。
なんだろう。魔物界隈でも何かあったんだろうか。
まあそれはさておき、呼びかけられるもう一方は協力を快く引き受けてくれたのでそちらに確認を入れる。
「そろそろ年明けだが準備はいいか?」
『おう、任せとけ……っつっても俺の役割魔力タンクなんだよな……』
脳裏に映るビジョンをテレビに投影する魔法を使い、画面に向かって話しかければ少し不満げな様子のビージがそれに答えた。
今回の試みはどれだけゲートを開き続ければいいのか分からなかったからビージにはその間魔力供給をお願いしておいたのだ。
ゲートの魔法陣はそれなりに気を遣うから片手間に魔力水飲んでられないんだよね。
「ま、悪いけど頼むわ。とはいえ飲み過ぎもまずいだろうから何度か休憩は挟むけどな」
『おう、程々に頑張ってやるさ』
改めて協力を求めれば、なんともビージらしい返事が帰ってくる。
まあそれぐらいがちょうどいいだろうさ。
それからユナ様も交えて互いの思い出話などを語りつつその時が来るのを待ったのだが、なぜか笹倉さんとユナ様が仲よく俺やビージに対する苦労話で盛り上がっていた。
でも二人共やけに嬉しそうに話していたのが印象的だった。
俺とビージは誤魔化すように笑っていることしかできなかったけど。
そしていよいよ年明けのカウントダウンも一分を切る。
すでにビジョンの投影魔法は切ってあるので今は笹倉さんと二人きりだ。
「っと、カウントダウンが始まるか」
「今年ももう終わりかー」
一年の終わりを感じて、いろいろ思い出しているのだろう。
笹倉さんが静かに呟いた。
その言葉に俺もこの一年に思いを馳せれば……いろいろありすぎた。
「まさしく激動の一年だった」
「私にとってもそうだったよ。いきなり校庭を踏み抜いて壊す人が現れたり、授業中に人の尿意を弄ってくる人が現れたりね」
「はっはっは。その節はどうもどうも」
ジト目で過去の過ちを突かれるが、俺はそれを笑って流す。
いやまあ、体力測定時の校庭破壊は不可抗力としても後者については深く反省しておりますとも。
今にして思えば、相当アホなことをしていたものである。
まあ脳内メモリーに尿意を我慢してもじもじする笹倉さんの麗しい姿は永久保存されているけれど、それは胸のうちに仕舞っておこう。
「……ありがとね。新城くんと出会えて、救ってもらって。だからこの一年は最高の一年になったよ」
「こちらこそ。笹倉さんのおかげで毎日が幸せだ」
一年を思い出して感傷的にでもなったのか互いに感謝の気持ちを言葉にしていた。
本当に素晴らしい一年だった。
そしてそれはこれからも続いていくと、そう思えることが何よりも嬉しい。
その気持ちは優しい笑みを浮かべる笹倉さんも同じだろうと確認するでもなく確信していた。
そうこうしているうちにカウントダウンがいよいよ最後の十秒を数え始めた。
それを聞き流しながらも俺は笹倉さんのことを見つめ、彼女も俺を見つめ返しやがてどちらからともなく近づいていく。
いよいよ鼻の頭がつくぐらいの距離に迫り、カウントダウンがゼロを告げるのと同時、お互いの唇が軽く触れ合った。
「……ふふ。なんだかバカップルって感じだね」
「心臓バックバクだけどな」
そっと体を離しそんなことを言ってお互いに笑う。
愛しの女神様と二人きりで年明けを、それもキスして迎えるなんて一年前は所詮ただの妄想でしかなかった。
それが現実になっているのだから人生分からないものである。
「明けましておめでとう。今年も……これからもずっとよろしくね?」
「もちろん! これからもずっとよろしく!」
的確に俺の心を射抜くその言葉に改めて女神様の偉大さを知り心の内で平伏する。
ちょっとした騒動があったがなるほどこれはこれで良き年迎えだ。
そう、少し晴れ晴れとした気持ちの中、これからしないとならないことへと意識を向けた。
「さて、それじゃあ新年も気持ちよく迎えたことだし一仕事、やりますか!」
笹倉さんに少し離れてもらってからゲートの魔法陣を構築し始める。
今、俺がこうして幸福の中にいられるのはあの日、日本に取り残されたから。
そして異世界に召喚されたあいつらの力があったからだ。
だからエージ! お前もちゃんと幸せで居ないと俺が困る!
そんな思いを全部込めて魔法陣を構築し――
「ゲートオープン!」
――必要のない叫びを上げながらその魔法を発動した。




