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101/112

その101

 ルミナスさんが冬眠に入ってから数日が経ったある日。

 年末で時期もちょうどいいということで荷物整理を本格的に行っていた。

 しかし、これがなかなかの重労働だったのだ。

 何せいくらでも入る無限の倉庫。

 おまけにその中のものは時が止まってるのか食べ物は痛まないし、どれだけテキトーに詰め込んでも互いに干渉することもない。

 こんな便利なものが、少し意識するだけで使えるというのだから気づけば無限倉庫にはいろいろな物が収まっていた。


 一応取り出すときには脳裏に内容物がリストのように浮かぶから、何が仕舞ってあるか分からなくなるということはない。だが、膨大な物資の中から自身の物を探すのは並々ならぬ苦労を要するわけで。

 取り出すものをあらかじめ決めておけばすんなり取り出せるけれども、ほとんど無意識に入れることも多かったために何が仕舞ってあるかは俺自身把握しきれていないのである。

 なるほど未来の青狸が道具を取り出すのに苦労するわけだ。


 おまけにこの無限倉庫は俺の分体達と中身は共有なのだ。

 それぞれが思い思いに活用した結果その内容は混沌を極めている。

 それにエージらの物はファンタジー色が強く興味深い。

 普段なら後で時間があるときに見ればいいやと流すのにこういうときに限ってやたら気になってしまい、ちょっと取り出しては正気に戻るのを繰り返しており、作業は遅々として進まずにいた。

 今も宝石のように透き通り中心は深い藍色になっている水精結晶というものを手に、光に当てる角度を変えながら見ている。

 光が結晶の中で反射して妖精が踊っているかのように動いてなかなかおもしろいのだ。


「へー綺麗な石。でものんびりしてるってことはもう片付けは終わったんだね?」

「しゃああああああああ! ギア上げていくぜえ!! これはゴミ、これは俺のじゃない、これはあっち! 棚がない!? なら作ればいいじゃない!!!」

「んもう……」


 そうしていると後ろから麗しの女神様から声を掛けられた。

 瞬間、俺は結晶を無限倉庫へと放りごまかすように大きく声を出してせっせと荷物整理を済ませていく。

 もはやそれは残像すら生み出すほどで、そんな勤勉な俺の姿に女神様も感心して惚れ直してくれたことだろう!

 うんうん、掃除は楽しいなあ!





 で、やれば出来るってところを見せたことで大きな物は大概片付き、最後に残ったのはプリント類だった。

 学校で配布されたプリントが山程溜まっていて殆どがすでに用を終えたゴミだが、しかしその中には大事なものもあるかも知れず、笹倉さんにも手伝ってもらっているものといらないもので絶賛仕分け中である。


「くっ……無限倉庫を頼りすぎた……!」

「ほんと、すごい量……というかちゃんと捨てようよ」

「返す言葉も御座いませぬ……っ!」


 呆れる笹倉さんに申し訳ない気持ちが溢れてきて土下座する。

 そんな俺に彼女は苦笑しながらも淡々と手を動かしてプリントを仕分けていく。

 無論俺もすぐに作業に戻り、目を通してはゴミ袋へとプリントを突っ込んでいった。

 今の所大切な書類は皆無で無限倉庫にあったプリントの殆どがゴミ袋行きとなっているけどこういった確認は大事だと思う。


 そうしてテンポよく確認していると一枚の紙が目についた。 


「なんだこれ。こんな汚い紙見覚えないけどな……」

「ん、なんだか臭う?」


 二つに折り畳まれた状態で他のプリントに紛れていたその紙はかなり汚れており、インクが半乾きだったのか所々が赤黒く滲んでいて、笹倉さんが言うように少し臭う。これは……鉄の錆びた臭い?

 いや、これもしかして血か?

 しかもよく見たらこれずっと前に学校でもらったプリントだ。

 どうやらその裏に血が付着した状態で折り畳まれているらしい。

 なんとも不気味だが確かめないわけにもいかない。


「……っ! これは……」

「どうしたの……って!? これ、もしかして!?」


 恐る恐るそれを開いて確認すれば、その中身に俺も笹倉さんも驚いて顔を見合わせた。


 ――それは血で書かれたメッセージだった。

 縦線が三つ並び、その下には『ゲート』と書かれており、それを囲むように状態保存の魔法陣が記されている。

 これを誰が書いたかなんて考えるまでもなく、俺はそのメッセージが何を伝えようとしているのかを読み解こうとしていた。


 シンプルに読めばゲートを開けばいいのだろう。

 しかしその程度のことはあれから何度も試しては失敗に終わっている。

 それを踏まえればただゲートを開けばいいというわけでもないのは明白だ。

 他に条件があるとなると場所か……時間……ああ!


「これ数字か」

「数字……あっもしかして日付?」

「ああ、多分そうだ」


 縦線が三つではなく「1/1」。

 つまり一月一日にゲートを開けってこと……でいいのか?


「でもなんで日付なんだろ。その日に目覚めるから……だったら目覚めたときに連絡くれればいいよね」

「だよな……」


 笹倉さんの言う通り、何かしらがあって目覚める日が分かっていたとしてもその時連絡をくれればいい話で、わざわざ無限倉庫にこんなメッセージを残す必要性は薄い。

 逆に言えばメッセージが残されているということはその日にゲートを開いてほしいがその日に連絡は取れないということになる。

 つまりその日のゲートでしか接触は不可能ということか?

 それってつまりどういう状況だろう。

 俺らの使うゲートは双方向から使って初めて開通するわけで、繋がるようならそもそも連絡だって取れそうなものだが……。


 くそ、もっと詳しく書いとけよな。

 いまいち意図が読みきれずそう文句を言いたくなるが、それができない事情があったのは明白だろう。

 だがそれでも多少の余裕はあったんじゃないか、とは思う。

 だってそれなりに面倒な状態保存の魔法陣だって記してあるんだ。

 それなら文字だって魔法で書き込んでも良かったはずだ。

 なのに血文字っていうのはまるで……。


「……ダイイングメッセージかっつの」

「えっと死に際に残すっていうアレだよね。でもエージさんは戻ってくるんでしょ?」

「ああ、万が一死んでいたとしても……いや、まさかまじで死んでるのか?」


 零した言葉に返された笹倉さんの問いかけ。

 それに迷いなく答えた時、なぜか強烈に引っかかるものがあった。

 ああ、そうだ。

 メッセージが残っていたから思わず生きている方向で考えていた。

 だがあの日ビージと話して俺は確信したはずだ。エージは死んでいたとしても必ず戻ってくると。

 そしてそれは今も変わらない。

 エージは死を悟り、その上で方法を模索したはずだ。

 その答えがこのメッセージ……まるで、ではなく本当にダイイングメッセージってことか。


「はっきりと日付とゲートとだけ書いた以上、何か根拠があったはず……」


 ぶつぶつと口に出しながら考えをまとめていく。

 死んだのに戻る……まさか魂だけとかいうつまらない話ではあるまい。

 ……そう魂。

 ずっと前に軽く触れたがルミナスさん曰く魂は存在するとのことだ。

 ならば……転生という可能性はあるのではないだろうか。


「ねえ、笹倉さん。転生ってどう思う?」

「どうって……あ、もしかしてエージさんがってこと?」

「そういうこと」


 そこまで考えたところで笹倉さんに意見を求めてみる。

 俺ほどに妄信的にエージの無事を信じているわけでもない彼女であれば何か気づくこともあるかもしれない。


「んー記憶なくなっちゃうんじゃとか、そんな数日で転生ってするものかなって思うかな」

「あ、確かに。まあ記憶は……どうにかしたとして……転生してたとしても赤ん坊どころかお腹の中ってレベルだよな」


 そも、それを言ったら転生後が人間とも限らんが。

 ともあれそうなると一月一日には到底間に合わない……あるいは毎年ゲートを開けとかそういうことか?

 でも最悪俺の寿命のうちに転生が行われない場合もあるわけで。

 はたしてそんな不確実にも程がある賭けのためにあんなメッセージを残したのだろうか。

 まあ瀕死の状況ではそうせざるを得なかったのかも知れないが……。

 そう頭を悩ませているとふと思いついたのか笹倉さんが言う。


「あ、でも時間の流れとか違うかも? ルミナスさんもなんか世界渡るにも時間軸がどうって言ってたし」


 それを聞いて俺は目を見開き、しばらく固まった状態で彼女を見つめた。

 そして次の瞬間には彼女に抱きついていた。


「え、なに!?」

「うおお! 流石、笹倉さん! 流石は俺の女神様! 大好き!」

「え、あ、うん」


 そんな俺に笹倉さんは大層困惑した様子だったが、このときばかりはそれを気にかけることはできなかった。

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