その10
体力テストをきっかけに笹倉さんと秘密を共有するレベルの友だちとなってから五日後の土曜日。
俺は朝早くから携帯を目の前にして深く深く悩んでいた。
今、目の前の携帯には笹倉さんの携帯の電話番号、並びにメールアドレスが記録されている。
体力テストが終わったあとに勇気を出して笹倉さんの連絡先を教えて貰ったのだ。
にもかかわらず、今日に至るまで俺は笹倉さんへ電話も、メールもしていない。
いや、正確にはしているのだがそれはすべで神であり天使であり聖母である優しき笹倉さんからの連絡に返事をするだけのもので、俺から話題を振ったりはしてこなかった。
昨日の夜にそれに気付き、こちらから連絡しようとして何をどんな言葉で伝えようと寝ずに考え悩んでいたのだが一向に定まらないまま朝になってしまったのである。
悩んだ末に頼れる俺の分身たちに意見を求めれば、
『せっかくの休日だろ? 電話やメールじゃなくて直接会って話せよ』
『そうそう男は度胸だ。笹倉さんを遊びに誘っちゃえよ』
と、背を押して貰って俺は笹倉さんをデートに誘うと決めたのだが今度はいつ電話するべきかと悩んで今に至る。
現在は日が顔を少し出したばかりの早朝であるからして流石に今はするべきでは無いと思う。
だがあとどれくらい経てば笹倉さんの邪魔をせずに済むだろうか。
万が一にも笹倉さんの安眠を邪魔してはならないし、寝起き直後の心地よいうとうとタイムに水を差すような真似もできない。
これはどんな授業やテストよりも難しい問題だ。
しばらく悩んでチラリと時計を見れば七時ちょうど。
そろそろ活動し始める人が増えてくる頃合いだが、俺の勘では笹倉さんはまだ就寝中だろう。
……こうなれば仕方あるまい。
尿便意コントロール発動!
これにより笹倉さんは漏らすことは絶対にないけど絶対にトイレに行きたくなる程度の尿意を感じるようになる!
これで笹倉さんが寝ていても『自然と』目を覚ます。
尿意で起きるのは自然なことである。間違いない。
笹倉さんの姿を確認できない状態ではあるが、俺は間違いなく能力がちゃんと発動したと確信している。なぜなら以前に一度実験としてエージの尿意をコントロールできないか試した時に出来たからだ。
さらに、ビージのお嫁さんとなったお姫様にも試してみたがこれはダメだった。だが、ビージのビジョンを覗きお姫様の姿をよく記憶してから使うとちゃんと発動したのである。
どうやら使用には相手の姿をはっきりと思い浮かべないといけないらしかった。
そんなわけで、別の世界にも能力が届くのだから同じ世界なら間違いなく届く。そして神である笹倉さんの姿なんて一瞬の内に思い浮かべることが可能なので条件も満たしているから間違いなく笹倉さんは今トイレに行きたくなっているはずだ。
さて、笹倉さんも自然に目を覚ましているはずなので俺は意を決して電話をしようと携帯を手にとったその時、
ピンポーン
と、呼び鈴の音がして来客を知らせてきた。
はて、表にはセールスお断りのシールを扉の端に沿って一周するように貼ってあるし、友だちは現在笹倉さんのみであるからしてこの時間に来客などありえないのだが。
困惑しつつも仕方なく玄関へ足を動かし扉を開けるとそこには驚くことに少々頬を染めた笹倉さんの姿があった。
「あれ? 笹倉さん? えっと、おはよう?」
「うん、おはよう。それでちょっと悪いんだけどト……トイレ……貸してもらえないかな?」
「あ、うん、どうぞ……あ、ちょっと待って」
何だか知らないが笹倉さんのほうからやってきてくれたらしい。
で、トイレに行きたいとのことなので、それが俺のせいだということには一切触れずに笑顔でトイレの場所を教えようと思ったが、ふと気づいたことがあったので少しだけ待ってもらう。
笹倉さんは結構限界が近づいているようだが、かと言ってまだ我慢できる範囲のようで小さく頷きながら早くしてほしいと目で訴えてきている。
なので、俺はトイレに続く扉へと右手を向けると魔力で魔法陣を作り出し、効果範囲をトイレに指定して魔法を発動する。
「よし、あっこがトイレだからどうぞ」
「え、今の何?」
「ああ、掃除の魔法。使うだけで一瞬の内にゴミや汚れは取り除かれて範囲内の臭いも清浄なものへとする便利なやつ。毎日使ってるから綺麗だとは思うけど一応ね」
この掃除魔法のおかげで我が家は毎日ピカピカだ。
ホント魔法って便利だよねって笹倉さんに言おうとしたら、彼女はポカーンとした顔で固まっていた。
「トイレ行きたいんじゃ?」
「……あ、うん。お借りします」
「あ、遮音結界に自動消臭結界も張っておくね」
そんな笹倉さんに声をかけ、再起動した彼女がトイレに入るところでふと気づいてまた声をかけながら遮音結界と自動消臭結界をトイレに張っておく。
友だちだろうと異性にトイレの音を聞かれたり、臭いを嗅がれたりは嫌だろうからな。
聞きたいか聞きたくないか、嗅ぎたいか嗅ぎたくないかで言えばもちろん俺は聞きたいし嗅ぎたいけどそんな好きな人を傷つけるような真似はしないのだ。
俺ってば超紳士。
そんな俺の気遣いに感激してか笹倉さんは一瞬またポカーンとした顔で固まるが、今度はすぐに再起動してトイレの中へと消えていった。




