その1
俺の名前は新城雄二。
至って普通の高校二年生である。
そして今、俺は電車の中で一人揺られていた。
「あれ……?」
そんな状況に声を漏らしつつ周りを見れば、やはり他にこの車両に乗っている人の姿は無い。
俺の住んでいる地域がド田舎というわけでもないし、今は通学時間なので俺以外に乗客が居ないというのは異常事態である。
いや、まあ別に人が居ないってのは理解できなくはないのだが、問題はなぜ俺だけはこの車両にまだ居るのだろうってことだ。
とりあえず誰もいなくなった車両で立っていても無意味だし、座席に座って落ち着いて何が起こったのか整理してみよう。
事の起こりはつい先ほどのこと。
俺はいつもの様に電車に乗り込んで学校へ向かっていた。周囲には同じように通学のため乗り込んでいた学生の姿やこれから仕事へ向かうサラリーマンの姿があった。
そんな満員とは言わないまでもそれなりに混雑した車両の中で、つり革を掴み揺られながら上を見てボーッとしていたその時。
なにやら乗客の一人が慌てた様子で、
「な、なんだこれ!? 床が光ってる!?」
と、叫んだのだ。
密室で叫ぶんじゃねえとか思いつつその言葉に視線を下に向ければ、確かにそいつが言っていたように床が光っていた。正確には何らかの紋様が浮かび上がっていてそれが光を放っていたのだ。
ふと窓の外を見れば円の端が少し見えたからそれはきっと魔法陣的なやつだったのだろう。
ざっと見た感じ、丁度今いるこの車両が範囲内のようだった。
咄嗟の出来事にも動じないことだけには自信があった俺は、
(おっほ、これ異世界転移じゃね?)
なんて、考えつつも自身の足元に車両を囲っているものの上に浮いた形で別の魔法陣的な紋様が光っていることに気づく。
他の人の足元を見ても魔法陣的なやつは車両全体を囲っているものしか無いから、まず別種の魔法陣で間違いないだろう。
(これは何だか特別な主人公フラグっ!)
などと調子に乗っていると、魔法陣は光を増して目を開けられないほどになった。
そして、気づけば俺は一人車両の中に取り残されていた。
はい、ってことで状況整理終了!
「っておかしいじゃん!? なんで俺だけ取り残されてんの!? めっちゃ特殊な感じだったじゃん!?」
思わず叫んだ。
叫んだけどやっぱり異世界に転移するなんてことはなくそのまま電車は次の駅で停車する。
止まったからには扉が開き新たな乗客が乗り込んでくるわけだが、
「うぉ!? なんで、この車両誰も……いや一人いたけど、なんで!?」
「おい、早く……えっ!? なんで人がいないんだ!?」
「ええ!? …………」
etc……。
と、誰もが普段あり得ないほどの空き具合に驚きながら乗り込んできた。
とりあえず肩を竦めてとぼけつつ、平静を装っておく。
この駅で乗り込んでくる人はそこまで多くなく、ガラガラの現状誰もが座れる状況だったので目を瞑って心を落ち着かせようと瞑想を始めた。
と、その瞬間脳裏にあるビジョンが浮かび上がった。
それも二つのビジョンが。
一つは神を名乗る何かに消えた乗客と共に説明を受けていて、もう一つは一人でお姫様チックな子にこの世界を救ってくださいと懇願されている。
『やっぱり、さっきのは異世界転移! でも集団転移系っていろいろ人間関係がなあ』
『ふぅー! 異世界! しかも勇者! いや、まて落ち着け俺。最近の傾向として勇者=奴隷の可能性が!?』
同時に何やらクソうるせえ声が頭に響く。
しかもその声が俺の声にそっくりで気持ち悪い。
『まて、勇者ってなんだ』
『は、集団転移? ってか誰だお前』
『お前こそ誰だよ』
なんか知らんけど……。
(うるせえ! 頭の中で会話すんじゃねえ!!)
『『うわっ、なんだ!?』
思わず強く念じてみれば、その声は揃って驚いた様子で、思念が通じたことに俺も驚く。
なんだこれは。
俺の妄想……?
いや、脳裏に浮かぶビジョンとこの俺の声にそっくりな声。
まさかなのか?
(……おい、まさかとは思うが、お前ら俺なのか? 新城雄二なのか?)
『は、何で俺の名前を……って、おいお前も新城雄二なのか?』
『え、お前らも? 俺も新城雄二なんだけど……』
これは……。
どういう理屈か知らんが、さっきの魔法陣で……?
(もしかしたら俺たちはあの魔法陣で意識が分かれたのかもしれない)
『なるほど、確かに魔法陣は二種類あったしな』
『えっと聞いた限りだと三人に分かれたのか……面白くない?』
『めっちゃ面白い』
ふむ。
この落ち着き具合。
声の主はまず間違いなく俺自身な気がする。
『っと、やべえ。神っぽいヤツの説明ちゃんと聞いておかないと!』
『俺もなんかめっちゃ心配されてるし一旦こっちの話に集中しないとやばいっぽい!』
(よし、なら一旦それぞれのことに集中だ。ちなみに俺はどういうわけか現代日本に取り残された新城雄二だ)
『うわ……』
『あの状況で一人日本残留ってかわいそ……』
(言うな……では、諸君の健闘を祈る!)
『『サーッイェッサー!』』
脳内テレパシー会議を終えて俺は目を開く。
外の景色を見れば、目的の駅まであと一駅だということが分かった。
それから、車内を見渡せば相変わらず乗客の数はいつもと比べるとかなり少ない。未だに空いた席がちらほらと見える程だ。
俺はぐぐっと両腕を上に伸ばして体を解すと立ち上がり扉の前に待機して電車から降りる準備をした。
なぜ、あんな魔法陣を目の前にしておきながら普通に学校へいかにゃならんのか。そう憂鬱な思いに満たされながら。