プロローグ 佐野千尋
私の名前は佐野千尋。ここで少し、私の昔話をしたいと思う。
私はかなり裕福な家庭に生まれた。いわゆるお嬢様というやつだ。執事や料理人、メイドなんかは普通にいて、何でもしてくれた。
そもそも私の家がこんなにも裕福になったのは祖父が理由だった。
私の祖父は田舎のとても貧しい家庭で育った。週に何日か食事ができないこともあり、(まぁその食事も今と比べてとても粗末なものだったらしいが)水や雑草などを食べて空腹を凌いでいた時もあったそうだ。
そんなある日、何がきっかけか分からないが、祖父は東京で起業したいと思ったらしい。そのことを親に話したが、当然無理であり、相当反感をくらった。しかし反対されてもその気持ちを捨てきれなかった祖父は、借金をして東京に出た。
東京に出た祖父は必死に働き何とか食いつないでいた。そしてやっと自分の会社を作ることができ、今に至るのだ。
そんな感じで、私の両親は、会社を潰すわけには行かないということで、土曜日曜関係なく、いつも働いていた。家にはいつも私と執事、メイドしかいなく、毎日がとてもつまらなかった。たまに両親が家に帰ってきても、
「ママー!絵本読んでー!」
「ごめんなさい、千尋ちゃん。私ちょっとこれから買い物に行かないといけないからまた今度ね。今日は他の人に読んでもらってね。」
「パパー!遊んでー!」
「ごめんな、千尋。パパこれから仕事をしなきゃいけないんだよ。今日は他の人に遊んでもらいなさい。」
ということがほとんどだった。
月日は過ぎ、私は小中一貫の学校に入学した。もちろん入学式には両親は仕事で来れず、代わりに私専属の執事が来てくれた。初めての運動会にも来てくれなかった。隣りにいた家族が仲良くお弁当を食べていることに嫉妬してしまったぐらいだ。結局両親が来てくれたのは、私の小学校の卒業式だけだった。
中学生になっても両親は変わらず、どの学校行事にも来てくれなかった。
私が中学3年生だったある日、私はいつも通り帰路についていた。
「はぁ、家に帰りたくないな。」
そんなことを呟いていた。その時突然私は口を塞がれ、裏の路地に引きずり込まれた。
「むぐぅぅぅぅ!むぐぅぅ!」
「フー、フー。お嬢ちゃん。そんなに家に、グフ、帰りたくないなら僕の家に来るかい?グフフ。」
その時私は初めて恐怖というものを感じた。
「むぐぅ!むぐぅぅ!むぐぅ!」
「そんなに慌てなくても、グフ、大丈夫だよぉ。これから気持ちいいことたくさんしてあげるからねぇ。」
あぁ、これで私の人生はもう終わりなのかな。パパとママといっぱい喋りたかった。恋人だって欲しかった。もっと色んなことしたかった。でも、もう無理か。
私がそう諦めたとき、通りの方から声が聞こえてきた。
「お巡りさんこっちです!早くしてください!」
その声が終わらないうちに、一人の少年と二人の警察官がやって来るのが見えた。
「くそっ!あとちょっとだったのに!」
私を捕まえていた男はそう言って私を放って逃げようとしたが、逃げきれず、警察官に捕まってしまった。解放された私は顔から倒れそうになり、警察官を呼んでくれた少年に、もたれかかってしまった。
「あっ。大丈夫?」
「す、すいません。安心したものですから。助けてくれてありがとうございます。」
「いやいや、気にしないで。でも良かったよ、無事で。」
まるで王子様みたいだった。私は運命だと思った。そして、自分がこの人に恋をしてしまったことを知った。
それから親を呼んで、色々と事情聴取を受けてから家に帰った。親は一応私を心配するような言葉をかけてから、仕事に行ってしまった。
夜、ベッドに入った私はずっと、私を助けてくれた人のことを考えていた。そして私はある決意をした。
翌朝、私は両親がいる時に、昨日決めたことを二人に話した。
「私普通の高校に行きたいです。それで一人暮らしをしたいです。」
もちろん両親は反対した。自分の子供としてではなく、他人からの目を気にしてのだ。それでも私は折れずに自分の意志をはっきりと伝えた。流石に私の熱意に負けた両親は、条件付きで許してくれた。
「それでどこの高校に行きたいの?」
「それはこれから決めます。」
それから私は必死になって彼が行く高校を調べた。どう調べたかは企業秘密で。
そして彼が行く高校を見つけた私は、猛烈に勉強し、長かった黒髪もバッサリ切った。もちろん高校には合格。あとは彼が受かれば良いだけだった。
入学式当日、私は校門の前で行くゆく人達をずっと見ていた。
「なんだあの子、めっちゃこっち見てるぞ。」
「てかあの子、すげぇ可愛くねぇか!」
「もしかして俺告られんのかな!きたぞ!俺の時代きたーーー!」
私はそんな声を無視して彼だけを探していた。時間はあっという間に過ぎ、既に入学式開始まで10分もなかった。それでも私はずっと待っていた。
すると、一人の男子がこちらに向かって走ってきた。私はその男子を見てすぐに彼だと分かった。
「良かった。また会えた。」
私は思わず泣いてしまった。彼はこちらをちらりと見ただけで何も言わなかった。それはそうだろう。私はあの時の私とは随分と変わったのだから。外見だけでなく、内面も。
無事彼が受かったことを知り、入学式に出た。クラスは同じにはなれなかったが充分だった。
下校時間になり早速彼に会いに行こうとしたが、一人の男子生徒に呼び止められた。
「あのっ!一目惚れでした!俺と付き合ってください!」
その男子は髪は染めてはいないが、少し茶髪で、イケメンという部類に入るような顔立ちをしていた。確かに普通なら付き合うが、私には彼がいるのだ。
「ごめんなさい。付き合うことはできません。」
私はそれだけ言うと、彼のクラスに行った。しかし彼はすぐに帰ったらしく、会うことはできなかった。それからも会いに行くことはあったのだが、全くと言っていいほど会えなかった。
そんな日がずっと続いて、私は高二年生になってしまった。何とかしなければいけない、私はそう思っていた。その時ちょうど彼のことを見つけた。彼は一人で床に落ちた書類を拾っていた。私は彼の元に行き、
「大丈夫?朝霧くん?私も拾うの手伝ってあげようか?」
そう声をかけた。すると彼はこちらを見上げて、何か変なことを言った。よく分からなかったが、結局私は手伝うことになった。私は彼との初めての共同作業にドキドキしたが、書類はあっという間になくなり、拾い終わった私達はお礼だけ言い合ってそこで別れてしまった。
――――――――――――
「そういえば明日ってバレンタインデーか。・・・よし!明日告白しよう!」
彼と喋る機会もなくなってしまった私は、もういっそ自分からしようということで、バレンタインデーに告白することを決めた。私はチョコを作って、明日のこと楽しみにしながらベッドに入った。
翌日の放課後、私は彼に呼ばれた。もしかして、そんな思いが湧いてきた。彼に呼ばれた公園に行くと彼は既にいて、こちらを見ていた。
「あの!俺!佐野さんのことが好きです!付き合ってください!」
私は思わずその言葉を聞いて泣いてしまった。
「こんなド平凡なヤツに告白されて嫌だよね!ごめんね!じゃあ俺帰るね!」
彼が帰ってしまう、引き止めないと。そう思った私が彼に声をかけようとした時、大きなクラクションが聞こえてきた。私はそれを見る暇もなく彼に突き飛ばされた。そして彼はトラックに引かれた。私も突き飛ばされたものの、予想以上にトラックが大きかったため、頭を激しくトラックにぶつけた。
あぁ、これで終わりは嫌だよ。神様、何とかしてよ。私はそう思いながら、意識を失った。
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私はゆっくりと目を開けた。
「ここ、どこだろう?」
「ここはね、転生の場所だよ。」
私が後ろを振り返るとそこには、長い金髪の可愛らしい女の子がいた。彼女は私に転生について教えてくれが、何故だかとても焦っているように私には見えた。
「やっぱり私死んじゃったんだ。まぁトラックにぶつかればそうだよね。ところで・・・あなたは何でそんなに焦っているんですか?」
すると彼女は驚いたような顔して、それから苦笑した。
「わかっちゃうよねぇー。実はね、君の前に転生した人で色々問題があってさ。その調査をしなきゃいけないんだよ。それがさ--。」
彼女が言うには、転生で問題が起きることは今まで無かったらしい。
「へぇー。そんな変わった事ってあるんですね。ところで、ちょっと聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
「うん?いいぞ。何でも聞いてくれ。」
私はここに来て一番したかった質問をした。
「ここに彼、いや、朝霧透って男の子が来ませんでしたか?」
私がその質問をすると彼女は盛大に吹き出した。
「ゲホッ、ゲホッ。な、何で君が彼のことを知っているの?」
「え?だって私彼と同じ高校ですし、死ぬときも彼と一緒にいましたから。」
「そうか。それじゃあ、本に表示されなかったのは・・・そういうことか。彼には悪いことをしたな。」
彼女は一人でブツブツと何か言って、こちらに向き直った。
「君が彼の関係者だから言うが、先程言った、問題のあった転生者とはその朝霧透なんだ。」
「は?」
彼女が言うには、彼を異世界に勇者として転生させようとしたが、何者かの介入があって色々弄られてしまった、とのことだ。
「それじゃあ彼は今異世界にいるってことなんですか?」
「そうだ。まぁそれは置いておいて、君はどうしたい?異世界転生?それとも一般転生?」
「私は・・・」
もう一度人間に転生することはとてもありがたい。でも彼のことを忘れてもいいのか。否、私は彼のことを忘れたくない。また会いたい。会って彼にこの思いを伝えたい。だから私は、
「私は異世界転生します。彼に会うために。」
「いいの?必ずしも人間に転生するとは限らないんだよ?」
「はい。それでも少しの可能性にかけてみたいんです。」
私は、はっきりと言った。後で後悔しないように。
「分かった。君の覚悟しっかり受け取ったよ。それじゃあ転生させるね。どうか君が彼に会えるように。」
私は光に包まれながら願った。
また彼に会えますように・・・