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作者: 葉月

天井からは電気が釣り下がっているが、それは光を放ってはいない。カーテンの隙間からは朝日がチラチラと布団を照らす。

何か夢を見たような気がしたが覚えていない。

体を起こすとまだ少し眠い目を擦りながら掛け布団を除けて、立ち上がる。

部屋から出ると階段を一段ずつしっかりと踏みしめながら降りていく。

洗面所につくと、いつもは鏡とにらめっこしながら洗面台を一人で悠々と浸かっている母さんの姿はなかった。

珍しい事もあるものだと思いながら、顔を洗う。しかし、顔を洗ってもまだどこか辺りがフワフワと揺れているような気がする。

もう一度目を擦るがやはりそれは変わらない。

首を傾げてみるが、何がどう変わる事も無いのでこれはこれで仕方が無いと諦め、水で濡れた顔をタオルで拭いた。

母さんの場所を探しつつ、朝ごはんを探すために台所に立ち寄ると一つの影が落ちていた。

朝の挨拶をしようと顔を洗うあげるとそこには人間と同じくらいの大きさの芋虫が器用に包丁を持ち、お弁当を作っている。残念ながら、お弁当の中身はグシャグシャなのだが。


「あぁ……夢か」


たまに僕は現実リアルに近い夢をみる。

しかも僕はそれを毎回夢だと理解しているのだ。

えぇと、確か明晰夢めいせきむといったかな。

そんな事を考えていると、芋虫は体を捻らせコチラを向いた。ピンクのエプロンを付けており、口元はグロテスクに開閉を繰り返している。

夢とは言え、流石に気分が悪くなる。

ふと、自分の手に何か握っているような感覚を覚えた。手を見てみると、そこにはまだ真新しそうな剣が一本。

パジャマだったはずの服装が勇者のようになっている。

なるほど、今回はRPGものか。

妙に軽い剣を両手で握りしめると、芋虫に飛び込んだ。



気がつくと僕は家の外にいた。

僕が右手に握っているのは剣よりも小さいナイフのようなものだ。左手にはカラスの死骸らしきものを握っている。服装もどうやらパジャマに戻っているようだ。

見慣れたはずの風景だったのだが、それはすぐに一つの生物によって変化させられた。

赤と黒の大きな蜘蛛だ。僕より少し大きい。

目の前に現れたそれに、恐怖を抱くことはなかった。

左手に持っているカラスを投げると、何かの上に落ちたような音がした。

投げた場所を見てみると、そこにはカラスの死骸が一つ、二つ、五つ、と幾つか落ちていた。

僕が投げたのでちょうど六つだ。

そんな事に気を取られていると、影が僕にかかる。

蜘蛛が近づいてきたようだ。

それを横目に捉えると僕は迷うこと無くナイフを構え飛び込む。

夢だからか、体が妙に軽い。



世界が暗転したと思うと次は真っ白な世界に立っていた。

そろそろ起きないと母さんに怒られてしまうし、学校に遅刻してしまう。

何も無い世界でそう考えていると、もう一度暗転したと思うと今度は教室の中に立っていた。

窓の外は夜なのか、妙に真っ暗で少しの光も入ってこない。

とりあえずここを出ようと教室の扉を開けようとするがどう言うわけか、扉が開かない。

鍵は内側からかけるものだから少し不思議になって、僕は小さく首を傾げた。

仕方がなく辺りを見回してみた。

教室のわりには何もなく唯一あるのは、ロッカーと黒板だけだ。

さて、どうしたものか。

顎に手を添え、考えていると開かなかったはずの扉が静かに開いた。

入ってきたのはよく分からない生物。そもそもあれは生物と言っても良いのかも分からない。

モヤモヤした黒いものが僕に近づくにつれ、人の形になってくる。が、やはりモヤモヤしたままだ。

それに僕は何か恐怖を覚え、窓際まで逃げる。

しかし、それは確実に僕に近づいてくる。

何とか対処しようと、何も無いはずの手元を探ると、一枚の布に触れた。



再び暗転が訪れ、先ほどと同じような真っ白な世界に入り込んだ。

安心したのもつかの間、体がそこから動かないのだ。

そして、真っ直ぐに伸ばされた両手両足から何かが這いずり回るような感触を覚えた。

恐る恐るそこを見てみると、僕の両手両足からは物凄い量の小さな黒い虫が体に、顔に向かってよじ登っている。

ビッシリと手足にくっついて、しかし一つ一つが別の動きをしているのでワサワサと動いている。


叫んだ。


これは夢だ。夢なんだ。だから早く目覚めてくれ。

いつものアラームがなって、それでも起きない僕をかあさんがため息をつきながらおこしてくれて、それでも起きないと僕の体をくすぐって、無理矢理に起こしてくれる。僕はねむいからだをおこしてかおをあらうとめがすっきりして、リビングにいくと、とうさんがしごとにいくじゅんびをして、あさ、ごはんたべて、いき、ない、がっこ、いって、とも、に、あ、て。



気がつくと、僕は車椅子に乗っていた。

両手両足に虫は這ってはいなくて、代わりに金具のような何かで動かないように固定してある。

空は真っ暗だ。

草木も枯れている。

車椅子が止まると僕の後ろから声が聞こえた。


「ーーー」


何を言っているのかわからない。

おそらくこれは、僕ら人には理解する事が不可能な言語だ。

声が止むと、後ろから顔が伸びてきた。

首を長く伸ばし、僕の顔の目の前まで顔を近づける。

黒い鉛筆でグルグルと書いたような顔が僕に近づく。

口元であろう場所から黄緑色の液体が僕の体を伝って落ちていく。それも一粒じゃない、たくさん落ちてくる。

僕の頬からは汗が流れた気がした。

逃げようと藻掻くが、固定されて動く事が出来ない。

次第に僕の顔の目の前にいるような生物がたくさん集まってきた。

形態は様々だけど、どれも顔の所は黒く塗りつぶされている。

赤い液体、青い液体。

それぞれから落ちていく。

気持ち悪い。

お願いだから、早く、早く、

朝になって。






「息子は罪を犯した。

朝、珍しく自分から起きてきたと思ったら、妻を何の戸惑いもなく刺した。

そして、何も見えないかのように私を押しのけ、外に出ました……。

そこからは、刑事さんご存知でしょう?」


刑事は、手帳にメモを取る手を休め頭をかいた。

ため息を大きくつくと困ったように笑みを浮かべる。


「息子さんは、今入院していますよね。

確か、そこでも二人ほど殺したと聞きましたが」


「えぇ。

閉鎖病棟に一度連れていかれたそうなのですが、そこでもまた……」


手の震えを出さないように強く握りしめたが、語尾は力が抜けたようになってしまった。

いや、そもそも一度に大切な人を二人も失ったのだ。

平常を繕っていられる自分自身を褒めてみたいものだ。

そうこうしているうちに、取り調べは終わっていて警察署の外にほうけたように立っていた。

家に帰ると、誰もいないこの静かで暗い空間がとても重く感じ酷く寂しいと思った。


……広すぎるよな。この家は。



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