第六話 童謡
「いっ……いい……天気……だよな」
「ぉ……おお……」
会話が途切れる。
もうかれこれ一時間になるが、運転をする太郎も喋らなければ俺も同じで、会話がいっこうに弾まない。
「雲……」
「蜘蛛!!」
素っ頓狂な声を出す太郎に、
「てっ、天気だ天気……雲がない空が……ほら……とっても綺麗だ」
と、意味の解らないポエムの一節のような台詞を吐く俺は、更に会話を探す。
「とっ、ところで……この車……いつ……」
そこまで言い掛けたが、マズイと思い慌てて口をつぐんだが、運転をする太郎は口をパクつかせ、声を出さずに俺を非難している。涙目だ。そして突然に凄いアイデアが浮かんだ者のように、「しょんべん!!」と叫んだ。
「お、おーーーー、そうだ、しょんべん……しょんべんだ! しょんべん、しょんべん」
俺も大きく頷きながら、白痴のように同じ台詞を繰り返していた。
しばらく行くと道の駅が見え、凄い勢いでハンドルを切った太郎がタイヤを軋ませて車を停めた。
そこは随分と駐車場の端っこで、それも白線から大幅にはみ出していたが、まだ車が動いているうちに俺は飛び降りて走っていた。振り向くと、絶対に鍵も掛けなかったろう太郎が、指の先までピーーーンと伸ばして必死に駆けて来る。
男トイレはガラガラだったが、あえて隣同士で用を足しながら俺は尋ねた。
「いつ納車になったのよ?」
「今朝……」
「どこの中古屋からよ?」
「いや……個人からだ」
「誰よ? 俺も知ってる奴?」
「ボウズ」
「ボウズ?……まさか……寺のか?」
「ああ」
大して量も出なく、2〜3回ふって仕舞った俺は、一応ちゃちゃと手を洗って喫煙コーナーに向かい、タバコに火を点けたが味がしない。
「距離数もいってねえし、エンジンだって全然だしよ〜、新古車みたいなもんで、あの値段は買いだろ」
遅れて喫煙コーナーに来た太郎もタバコに火を点けながらそう言ってはいるが、言葉とは裏腹な顔で語っている。
「太郎、お前さ〜、あれ……夜……乗れる?」
「……ムリ……かも」
結局、何をする訳でも無く、道の駅でタバコを吸い続け、自販機で買い足した。
「暗くなる前に……帰るべや」
「あっ、ああ……そうだな。でもよ……車内で車の話しは……止めような」
「おお、そうだよな。刺激しちまったら……ヤバイな」
メタリックブラックが鈍く輝く見るからに高級な車高の低い車は、ホイールの果てまでピカピカに磨き込まれ、濃いプライバシーウィンドウが重厚感をいっそう醸し出していた。
その両側に立った俺と太郎は無言で互いの目を見つめ合い、大きく頷き、同時にドアを開けて乗り込んだ。
ーーいない……消えた?
素早くルームミラーを覗き込んだ俺は、出来る限り頭を動かさないように、目玉だけを動かして運転席を見ると、太郎も目玉だけで俺を見ていた。
二人の緊張がちょっとだけ緩み、低いエンジン音を響かせた車は動き出した。
僅か5分も走ったろうか、言われなくも見なくとも分かった。車内の温度が急激に下がり寒いなんてもんじゃない。
再び頭を動かさないように隣を見ると、太郎は視線を前に向けたまんまで全く身体を動かそうとしない。それは、どう見ても無理矢理感に溢れていた。
俺は耐えた。絶対に後部座席に座っているはずの、以前は人間だった奴がルームミラーに映っているのを知っていながら見ないようにするのは、凄まじい精神力がいる作業で、試しにチラっと見た。
ーーうわ……いるよ、やっぱり。頭から血ぃ垂れてる……
涙を流して運転する太郎が歌い始めた。
「ある〜日、森の中、クマさんに、出ー会ーーった、花咲くもーりーのーなーかーー、クマさんにー出ー会ーーった」
その歌詞が正しいのかも怪しいが、他のフレーズを知らないのだろう、いつまでもそこだけをリピートしていて俺も乗った。
男二人が童謡をロックのように喚きながら歌う車は、元の持ち主が住職をしている寺に向かった。
童謡ーーー完