第十七話 攻防
サラリーマンの俺は転勤で2年間だけ港町に住んだ。
それまで住んでいた彼女のいる街から100キロくらい離れた田舎で、さすがに通勤するには距離がありすぎて、ちょうど建てたばかりのアパートの一室が空いていたらしくーーそこが空いてなければ住むとこすら怪しかったが、勤め先が素早く借り上げてくれたおかげで部屋は確保された。
だが、その町にはレンタルビデオ屋もなければ満足な本屋もなく、一軒あるコンビニ以外は町中の店屋という店屋が夜の7時にはシャッターを下ろすせいで仕事以外にやることがない。
ーー7時だぞ7時。6月や7月ならまだ明るいってのに、どうなってんだ?
この町に住む人たちはいったい何をして過ごしてるのか教えて欲しいと真剣に悩み、毎週末には彼女の部屋に帰ったというか泊りに行った。
建築方法などに詳しい訳ではない俺だが、そのアパートは、きっと2✖️4とか2✖️6と呼ばれる建て方なのだろう。ツーバイなんとか工法はとにかく音が響くのだと、聞きかじりの知識で自信はないが、2階建ての2階に住んだ俺は、1階の野郎のイビキがガンガン聞こえ、これがツーバイのアパートなのかと妙に感心したのは最初の頃だけだ。
毎晩なのだ。それも夜中の2時や3時に、グエ〜〜とか、ガオ〜〜ならまだましで、ガガガガッ……ガッ……と止まるのが頻繁にあって、死んだんじゃねえのかと目が覚めてしまい、階下の奴が復活するのを身動きも出来ずに待って、再び、グエ〜〜ガガガガ……が聞こえた途端に、フ〜〜と息を吐く暮らしで、無性に腹が立った。
隣に寝てる奴のイビキならーー俺の彼女も可愛らしいイビキをかくが、たま〜〜に、酷く疲れた時など怪獣に変身するからぶっ叩いて止めたりもするが、階下のイビキでは手も足も出ない。
床をドンドンやるとか掃除機ガーガーって手もあるにはあるが、真夜中だ。階下のイビキで目が覚めるとは言っても、身体を動かし完全に覚醒する気にもなれない俺は、あるアイディアが浮かび、翌日にはそれを実行に移した。
屁だ。
階下の野郎のイビキがこれほど響くのだ、こっちの屁だってそうとうに響くはず。あえてベットに寝るのを止めてまで床に屁が響く環境を整えた。
ーーやってやるぜ。
だが、こっちが不利だ。そんなにそんなに屁が出ない。それでも俺は頑張った、ある土曜日のことだ。
普段の週末であれば金曜の夜に彼女の部屋にまっしぐらな俺だったが、その週の金曜は勤め先での飲み会があって、凄まじいオネエさんが大勢いるクラブを名乗ったただのスナックに行ったせいで、土曜の朝にゴミを出しながら車に乗り込もうとした時だ。
階下の部屋の窓にカーテンがない。覗くと家具の一切もない。余計に腹が立った。
それからも、見えない敵との攻防が続いた。
攻防ーーー完