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第十話 揉め事

 通っていた中学校に生徒からヒズメと呼ばれる技術専門の先生がいた。ただ、顔が長くて鼻がデカイ、いわゆる馬に似た顔つきだったせいで、長年、ヒズメとの愛称が生徒の間で受け継がれた、気の毒と言えば気の毒な先生だ。おまけに何処の出身なのか誰もが想像出来ないほどに酷い訛りで、日本語とは思えない言葉を吐く先生だった。


 その先生の授業は、当然、技術という女子が受けない教科で、教室も木工室と呼ばれる、他には一切使用しない教室で、何を喋ってるのか理解不能なヒズメ先生のボディーランゲージが頼りの、難解な授業が繰り広げられる教室だったが、何故だかオバケが出ると言われていた。


 普通、オバケが出る教室は音楽室だろう。過去に事故か病気で亡くなってしまったうら若き美人教師か美少女のオバケが、生前、慣れ親しんだピアノを夜な夜な奏でるってのが定番だ。なんで、馬に似た顔を持ち、何語なのか解らない言葉を喋る教師の、それも男しか使わない教室で、いったいナニが出るのか具体的な話しを聞いた事は無いが、先輩たちは口を揃えて出ると言う。


 ーーチェーンソーを振り回すジェイソンでも現れるのか? なら、かなり怖いかも……



 ある日の技術の時間、ヒズメが何かを言って教室を出て行った。きっと腹でも痛くなってトイレに行ったのだろう、と言うのが呆然と教室に残された生徒たちの意見だった。


 15分も経った頃だ。

 木工室はドアではなく、もしかしたらヒズメの手作りかもしれない二枚が重なる引き戸が唯一の出入り口なのだが、その引き戸がガタガタ音をたてているのに誰もが気付き、見ると揺れている。


「おい、何だ? これが例の…………オバケか?」


 皆が恐れおののき、椅子から立ち上がることも出来ずに、音をたてて揺れ続ける引き戸に視線を向けていた。

 どんどん揺れが激しくなり、さすがに中腰となる生徒も出てきたが、その元凶に近寄ろうとする者がいない中、突然、「グオオオオ」なのか「ガアアア」なのか判別できない地の底から響いてきたような唸り声が聞こえ、次の瞬間には引き戸をブチ破ったヒズメが突入してきた。


 生徒は全員が椅子から立ち上がり、3歩は入り口から離れるように逃げていた。何がどうしたのか全然わからない。ただ、入り口で膝に手を当て、下を向いたままのヒズメのゼイゼイと激しい息づかいを聞いていた。


 痰が絡んだように咳き込んでヒヅメが何かを言ったが、誰も何を言っているのか理解出来ず、教室はいっそう凍りついた。すると、ひとりのクラスメートが、


「誰だ、鍵を掛けたのは? と言っている」


 紺野君だ。

 紺野君は勉強ができる優等生で、そのせいなのか知らないが、ヒズメの喋る言葉が解るようだ。

 すると、小学校の頃からマセた悪ガキだった浩二が反応をする。


「知るかよ! どこの鍵だって、伝えろ!」


 それを聞いた紺野君が、「知りませんが、どこの鍵でしょうか?」と言うと、再び、ヒズメが何かを怒鳴った。


「先ずは便所の鍵だ!って怒ってる」

「はぁぁああああ?? 俺たちじゃねえよ、三年生じゃないのか? だいたい、便所の鍵って外から閉まるのかよ、って伝えろ!」

「はーーーー、僕たちではありません。上級生ではありませんか? それにトイレの鍵は、外側からでは掛けられないと思いますが」


 ヒズメが怒鳴った後には、すぐさま紺野君の翻訳が入るを繰り返す。


「なにーーー!じゃあ、ここの教室はどうだ、お前たちしかいないだろ! って怒ってる」

「ふざけんな、ここって鍵あんのかよ、って伝えろ!」

「ふざけたらいけません、ここの教室には鍵があるのでしょうか?」


 そんなやり取りが休み時間まで続いた。



 次の日だ。

 朝、同じクラスの京子が、教壇に上がって何かを言い始めている。


「私の家ってさ〜、ヒズメの家の真向かいなんだけどさ〜、昨日、ヒズメ、家に入れなかったみたいで、ドアばドンドン叩いてて、チョーうけた」

「えーーーマジーーー?! っでどうなった?」

「速攻で嫁出てきて、メッチャ怒られてやんの。いっつもいっつも何なのバッカじゃないの、近所に恥ずかしいって、キャハハハハハハハ」



 オバケは、どうやらヒズメ個人に憑いているようで、それからも同様なことが何度かあったが、ドアが開かなくなる以外の現象はなく、被害を被るのもヒズメだけだったせいもあって、誰もが、「あーー、まただよ、またオバケと揉めてる」と、真剣に心配する者もいない、おかしな中学だった。



 揉め事ーーー完

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