浪人詩集(43)
浪人詩集(43)
141.風は通りすがりに
風は通りすがりに、私から、それと気づかぬうちに心をうばって
それを天にばらまいた、心のかけらは、赤や青の星になって、空に輝いた
シンバルの音が鈍く響いて、葬式の行列は寺の門を潜る
見も知らぬ人達が焼香をして、見も知らぬ人達が鳴いている
その妻と娘は顔を覆っている、読経の声がうつろに響く
おじさんが旅立ったのは、一昨日、当年とって三十六歳
泣くための涙をその日持ち合わせていなかった私は一人
線香の匂いのする石段をゆっくりと降りていた
私の心は天空のちっぽけな星屑、風が空っぽの胸を通り過ぎて行く
寒いぞ、寒いぞ、心が寒いぞ
142.何やら分からぬ雑感
山奥に更に山奥に小さな麦わら葺きの家に老婆が一人
私は自信を取り戻すために今から出直そうと思う
文章とは不思議な力を持っているものだ、強く心に念じていることでも、一度文章にしてしまったら、胸の中が空っぽになってしまう
意志が実行に移される過程において最も重大な働きをするものは勇気である
自分を根底から叩き直すためには全く自分を破壊してしまうかまっさらの自分に戻るかどちらかだろう、それでも結局は何度もつまずきの現実を味わうのだが、それが楽しみとなれば苦しみが楽しみになるのだろう、外部環境が変わらないならば、自分自身が変わるしかない、泣きっ面に蜂とか弱り目に祟り目なんて言う諺は言い得て妙である、でもそれは考え方次第なのである、腐れば腐るほど事態はますます悪化するなんてことは誰にも経験があるだろう、それを天が与えたもうた有難い試練であると考えることのできる人はきっと楽天的で心の強い人なのであろう
感受性の強い君がさも楽天家のように世の中を渡るのは難しい、他人を悩ますことよりも自分を苛むことを選ぶ自虐趣味の君にとって生きることよりも寧ろ死ぬことの方がどんなにか楽であろう、生命活動の一挙一動に全ての神経を震えさせる君にとってこの世は修羅場なのかもしれない、だからこそ暫く生きてみるのも良い、だって、君の純真な透き通った目でこの世を感じることはきっと何かを生み出すはずだ、そんなことを誰かと話し合って見ないかい?
苦しいから詩を書くのかい?そうだその通りだ
小さな雲に乗って広がる空を掛けたら人の世界がぽつんと見えた、何だか可笑しくなって一人で笑った
煙草の煙で輪をつくり見えない空に吐いてみた、見えない星が輝いて、熱い涙を溜めていた
失敗は誰でもする、致命的であっても、やり直しは出来るんじゃない?
143.ぐるりと地球
ぐるりと地球が一回転したら、ぐるりと空も一回りした
そしてそこには明日があった
しかし明日は今日とちっとも変ってはいなかった
いけない、いけないと誰かが言った
いけない、いけないと星たちは言った
私も本当にそうだと思う
その日、朝露の中で山が真赤に染まったそうだ
地球は今も燃えているのか
初春や桜にまがう窓の雪
花びらが散る、新春のまだ明け染めし春の野に、心乱れて