浪人詩集(37)
浪人詩集(37)
123.不安
なぜか不安でならない
夕暮に風呂場の煙突から出る煙が風に巻かれると
煙はいつの間にか消え去ってしまい
後には言い知れぬ不安が広がる
そんな時に限って耳鳴りが鳴り出す
耳鳴りは地響きのような体の揺れを伴って
僕は、土台を覆されたように不安になる
地上には重力があるのに
なぜ、煙は下から上へと上るのか
分り切ったことを、考える自分が不安になる
※この頃の風呂は電機やガスではなかった。
124.雑の雑
今日も授業をサボタージュした、面白くない
難しいことは分からない、だが、何とか変えなければならぬ
何を変えろって、それは分からない、でもこの世の中
息がつまって、死にそうだ、矛盾だらけのこの世には馴染めない
でも、とにかく、知ろう、知識は、自由への扉となるのか
分からない、分らない
意見がましいことはもうまっぴらだ
詩が書きたいのです、
でも、
詩が出来ないのです
だから僕は、爪を噛んで
しきりに考えるのです
小さな女の子がやって来ました
犬とこんな会話をしていました
ジャック、ジャック、お前の名前はジャック
フフフ、ジャック、お花はね、いっぱい咲くの
ン、いや、おとなして、フフフ、ジャック、ジャック
エへへへ、アハハハ、あ、ママだ
ジャック、ジャック、バイバイ、バイバイ
僕は、この小さな小さな詩人を窓から見ていました
緑、海、太陽、澄んだ空気、死
無関係な言葉の連続に
不思議な連想の旋律が走り
それは恐怖の旋律へと変わる
外は雨である
湿ったギターの音色が水に溶ける
一本の煙草に火を付けると
脳みその中の黴が笑えと言う
125.雨の日曜日
昨夜、夢をみた
女が一人、ピンクのワンピースを着て、真っ暗な道を歩いている
白い足がすらりと伸びている
闇の中だから、女の様子が分かるはずはないのだけれど
それが分かるのだ、だから面白い、然も、鮮やかである
背後から、男が一人、音もなく近づいてくる
女は立ち止まる、男も立ち止まる
突然、男の手が女の首すじをつかむ
女は振り向き、悲鳴をあげようとする
しかし、男のもう一方の手が女の口を塞いだ
女のひとかたならぬ艶やかな手が空しく空をつかむ
その時、なぜか、一羽の烏が頭上を飛び去る
なぜだかわからない
男の目がぎらぎらと輝く、男の顔と言えば
無闇に頬骨が出っ張っている顔、どこかで見たことがある
不思議なことに、その傍に自分が突っ立ている
へらへらと笑いながら、二人を見ている
笑いながら、その痴漢をどこかで見た顔だと
腕を組んで考えている
女は必死に自分に助けを求めているが
自分は到底そんな気にはなれない
ここで見ている方が世の男のためであるなどと考えている
その時、痴漢が誰なのか分かった
紛れもなく自分である
自分はその自分にどうしてそんなことをするのだと尋ねた
痴漢である自分は注意する自分に、そんなことはお前に関係ないから
黙っていろと言う、それで自分は仕方ないから女の顔をひょいと覗いた
自分は非常に驚いた、生まれてこの方その時ほど驚いたことは無いし、
また、これからもあるまい、と思うほど驚いた
女も正しく自分だったのである
あんまりバカバカしいので、目が覚めた
目が覚めて自分はつくづく考えた、三人ともに本当に自分だったのか
多分、全て自分だったのだろう
なぜなら、自分は三人の心の動きが全て分かったからである
その心の動きがどうだったかは、とんと思い出せない
ただ、心の動きが分かったという事実を覚えている
自分はなぜそんな夢を見たのか解せない
※なるほど馬鹿馬鹿しい。