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浪人詩集  作者: 屯田水鏡
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浪人詩集(32)

浪人詩集(32)


116.H君とカエル


今日は父兄参観日なのです。

花子先生は緊張気味に、ほほをぽっと赤らめて、この日のためにしたて下ろしたばかりのグリーンのワンピースのすそを気にしながら、教壇に立っています。

教室の後ろには、たくさんの大人たちが、ずらりと椅子に腰かけて、まるで、映画見物に来た時のように、期待と好奇の目で教室の周りを見回したり、隣にかけた父兄同士で話をしたりしています。

その中には見違えるほどこってりと化粧をしたH君のお母さんもいました。

昨日、花子先生が出した宿題は、「カエルについて調べて来なさい」というものででした。

だから、H君ははるばる郊外の田んぼまで出かけて、カエルの観察をやって来たのです。

そこで、H君は、大発見をしたのでした。

「みなさん、昨日、カエルについて調べて来るように言いましたが、調べて来ましたか?」

花子先生は、愛嬌を、顔いっぱいに浮かべて言いました。

「ハーイ」

みんなは、元気よく答えました。もちろん、H君も答えました。

それに、H君の顔には、昨日の大発見をみんなに教えてあげるのだと言う意気込みが見えました。

「それでは、みなさん、カエルの子は何と呼びますか。分かる人は?」

「ハーイ」

みんな、手を上げましたが、H君には分かりません。

━はてな、カエルの子はなんというのかな?ことわざに、カエルの子はカエルというが、やはり、カエルじゃないのかな━

H君はそんな風に考えていました。

花子先生は一人だけ手を上げていないH君をチラリと見やりましたが気付かないふりをして、いつも知ったかぶりをして、しゃべる女の子を指しました。

「ハイ、じゃあ、カズコさん」

「それは、オタマジャクシと言います」

「そうですね、では、オタマジャクシは、手と足のうち、どっちが先に出て来るでしょうか」

━うむ、カエルの子はオタマジャクシであったか、それにしても、カエルには手と足の区別があるのだろうか、足というのは歩くもので、手というのは物をつかんだり、放り投げたりするものだ。猿の手は明らかに手だけれども、牛や馬は前足という。カエルは、前足というべきか手というべきかその辺が問題じゃあないのかな━

H君はそんな風に考えていました。

「はい、足が先に出ます」

誰かが答えました。

「みなさん、良く勉強してきましたね。それでは、カエルのことで、他に何か気が付いた人はいますか?」

今度は誰も手を上げません。

ここだとH君は思いました。

昨日の大発見をみんなに報告するのはいまだ、みんなは、驚くぞ。

「ハイ、先生」

久しぶりにH君の手が上がったのを見て、花子先生は嬉しそうに、白い歯をチラとのぞかせました。

「ハイ、H君、気付いたことを言ってごらんなさい」

「ハイ、きのう、田んぼのカエルを見ていたら、あっちにもこっちにも、たくさんのカエルがピョンピョンとはねていましたが、一匹だけ歩いているカエルがいました」

「何ですって、カエルが歩くの?」

花子先生は、驚いたようにH君を見ています。

「牛みたいに、のっし、のっしと歩くの?」

教室のあちこちでクスクスと笑い声が起こりました。

「いえ、ちゃんと日本の足で、立ち上がって歩いていたのです」

「まあ、何ですって」

とうとう、教室の中は笑いの渦で、すっかり埋まってしまいました。

「先生、本当なんです」

必死に言い張るH君の声は、笑い声にかき消されて、しゅうしゅうがつかなくなってしまったのでした。

ふり向くとH君のお母さんが赤い顔をしてH君をにらんでいました。

こうして、しゅうしゅうのつかないまま、その日の父兄参観は終わったのでした。

花子先生は、職員室で、弁当を食べ終わって、お茶を飲んでいました。

「H君て変な子だわ、カエルが二本足で歩くなんて、ウフフフ、それにしても、父兄の皆さんに私の教育方法が間違っているからだなんて思われないかしら、いやだわ、でもやっぱり、H君てなんか、変で、面白いわ」

そんなことを考えながら、職員室の筋向いにある花壇をぼんやりと見ていた花子先生の目にとまったのは、チョコチョコと歩いている小さな黒い影でした。

虫の様でもありますし、モグラの様でもありますし、キョロキョロと良く動く目玉があります。

おなかのところが白く、背中は青く、黒っぽい筋が何本もあります。

そして、ゲロゲロっと鳴いています。

気のせいでしょうか、花子先生を見て、ニカっと笑うと、白いユリの花の根元に姿を隠したのでした。

えっ、カエル?でもあれは、二本の足で立ち上がって歩いていたわ、そんな馬鹿な。

花子先生は、危うく、湯呑みを取り落すところでした。

「今のはきっと気のせいだわ、さっきの父兄参観できっと神経が興奮しているのだわ。いけない、冷静にならなくちゃ」

花子先生は、職員室を出て、廊下を訳もなく歩いていました。

そこで、パッタリH君に出会ったのでした。

「先生」

「なによ、H君」

「カエルは本当に歩くんですよ。僕は見たんだから」

「まだ、そんなこと言っているの?」

その時、花子先生の頭の隅に、さっきの黒い影が浮かびましたが、ブルブルっと頭を振って、それを頭から追い出しました。

「いやいや、きっとあの時はどうかしていたのだわ、カエルが歩くなんて、そんなことあるはずがないわ。そう、あれは気のせいね、H君の話を本気で

聞いていたら、こっちまでおかしくなってしまうわ」

そんなことを思って、花子先生は、また、頭をブルブルっと二度ほど振りました。

「あのね、H君、あんまりうそを言うと、きっと罰が当たりますよ」

「でも、本当だもん」

「もう、知りません」

花子先生は、プンと上を向いて、H君にかまわず歩き出しました。

その時、廊下の隅にあった、掃除用のバケツにつまずいて倒れた花子先生は、ゴチンと廊下におでこをぶつけてしまいました。

たくさんの線香花火が、目の前でパチパチと燃えているような気持ちになったのでした。

その上、仕立て下ろしたばかりのグリーンのワンピースはバケツの水のお蔭で、すっかり濡れてしまったのでした。


※これも児童文学研究会様に考えたのであるが、どういう意味?とか、言われそうだったので、没にした作品である。


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