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浪人詩集  作者: 屯田水鏡
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浪人詩集(31)

浪人詩集(31)


113.雨

雨は銀色のピアノ線

ビールを飲んだ赤ら顔に

ぴしり、ぴしりと突き刺さる

病める狼よ牙を剥け

そこへ、Y子がやって来た

君の青春は流れ去った

その燃える唇も今は朽ち果てた

僕はなにを言おうか

懺悔は許されない、危ないぞ、危ないぞ

穢れた狼が牙を剥いている

待て、待て、涙なんかくたばってしまえ

永久に乾いた砂漠でいたい

雨は銀色のピアノ線

ビールを飲んだ赤ら顔に

ぴしり、ぴしりと突き刺さる


※精神状態を思い出せない


114.電気掃除機


電気掃除機のように

空中にある全ての知識を少しも漏らさず

次から次へと吸収出来たら何とも幸せだろうな


※知識を漏らさず吸収することは難しいが、吸収したものを必要に応じて適宜取り出すことも難しいものだ。


115.僕の行く道は曲がっている


※前にも言ったが、僕は大学時代、自分の大学に行かず、列車を途中下車して、別の大学で遊んだ。そこで、児童文学研究会というサークルに入って、詰まらない話を作った。サークルに入った理由は、女性がたくさんいたという、不純なものだった。その時の創作物である。


【僕の行く道は曲がっている】


近所に孝ちゃんという男の子がいる。僕より一つ年上で、六年生なんだ。

孝ちゃんには子分がいっぱいいる。僕もその一人だ。

今日は掃除当番だったので、放課後、残って掃除をしていたら、教室の戸がガラリと開いて、そこに孝ちゃんが立っていた。後ろにサダもいた。

「ハルオ、ちょっと来い」

孝ちゃんが手招きをして、僕を呼んだ。孝ちゃんに逆らうと後でひどい目に合う。僕はすぐ、ハイ、ハイと言うことにしている。

「何ね、孝ちゃん」

「アベックつけに行かんか」

「アベックつけ?」

「おい、行こうや」

孝ちゃんの後から、顔を出して、サダがへらへら笑いながら言った。

サダのやつ、ネズミのしっぽみたいにいつも孝ちゃんの尻にくっ付いていやがる。

自分ひとりじゃ何もできないくせして、孝ちゃんと一緒だとみんなが怖がるものだから、いい気になっているのだ。

こういうのを腰ぎんちゃくっていうのだ。

「でも、今日は掃除当番だから・・・」

僕は、他の連中の目を気にしながら、答えた。掃除当番長のヒサシ君が机を動かしながら、時々ちらりとこちらを見ていた。そんなに見るなら、孝ちゃんに向かって一言、注意してくれれば良いのにさ。

でも、それは無理っていうものだろう、なにしろ、孝ちゃんの悪名は学校中に鳴り響いているものな。

「掃除やら、サボれ。なあ、おい、一人ぐらい掃除せんでも良かろう?」

孝ちゃんがみんなに向かって大声で言うと、皆は黙っていた。

「ほら、みんな、良かっていいよる、行こう、行こう」

サダがまた、勝手に解釈して、孝ちゃんの背後から言う。

みんなは孝ちゃんに反対するのが怖いから黙っているだけなのだ。

「でも・・・」

「いかんとかあ?」

孝ちゃんの鼻がピクリと動いた。

これはいけない、これは孝ちゃんが怒っているシグナルだ。

行かない、と答えでもしたら、すぐにビンタが飛んでくるに違いない。

僕は慌てた。

「孝ちゃん、行くよ、行くよ」

とうとう、答えてしまった。箒をぽんと投げ捨てて、僕たちは教室を出た。

うーん、大変だ。明日のホームルームでは、コトウ先生から、きっと、こってり絞られるに違いない。

畜生め、ヒサシ君の馬鹿、サダの馬鹿、孝ちゃんの馬鹿、なんてことを口の中でぶつぶつ言っていると、カチリと孝ちゃんと目が合ったので、慌てて空を見上げると、赤い雲がぽかりと浮かんでいた。

孝ちゃんといると、いつもひどい目にあう。この前もそうだ、その時も、やはり、僕と孝ちゃんとサダだった。

学校の帰り道だった。イチゴの赤い実がたわわに実り、美味しいよって、僕らに呼びかけていた。

畑の中には小さな小屋があって、その周りのイチゴが一番美味そうに熟れていた。

「一つもらおうっと」

サダのやつが柵を乗り越えて畑に飛び込み、赤く熟れたイチゴの実を口に運んでいた。素早い行動だ。

「孝ちゃん、美味い、美味い」

サダが手で招く。

僕らも行こうとした時であった。

「こら」という声がした次の瞬間、小屋の中から人影が飛び出して来て、サダの襟首をギュッとつかみ上げた。

「ギャ」と悲鳴を上げたサダは、まるで、首を掴まれて宙釣りになったドラ猫のようであった。

孝ちゃんと僕は、急いで近くの茂みに隠れた。

サダのとんまめ、良く周りを調べもせずに、畑の中に飛び込むからだ・・。

今度は、ポカポカ、殴られている。

へん、サダのやつには、時には良い薬にだろう、後先を考えずに、悪いことをするからだ、と思ったが、ちょっとばかり、可愛そうな気もした。

「孝ちゃん、どうしようか?」

「分からん、ちょっと、黙っとけ」

流石に、孝ちゃんの顔も少し青い。

「あっ、孝ちゃん、サダがこっちを指さしている」

「しまった、見つかった、逃げるぞ」

そういった時には、もう、孝ちゃんは茂みを飛び出していた。

相撲大会では一番の孝ちゃんも、運動会では、いつも、びり争いをする。

その孝ちゃんが、こんなに足が速いとは、その時まで、ちっとも知らなかった。

孝ちゃんは、風のように走った。僕も、その後に続いた。

翌日、校長室で、先生から目から火の出るように絞られたっけ。

その後、教室に戻った時のみんなの顔、あの冷たい目、今思い出してもぞっとするよ。

やれ、やれ、今日はどんな目に合うことやら、そんな僕の心配も知らないで、孝ちゃんとサダは、道端のいも畑を見ながら、いもが大きくなったら、そいつを盗んで、いやいや、盗むのじゃない、黙てもらって、浜辺で焼いもをして食べようと相談している。

ああ、もう、嫌になってしまう。

浜辺の松林を過ぎるころには、すっかり暗くなって、僕たちの着ている白い服が林の中にポッと浮かび上がっている。

波の音が、松の幹にはねて、駆けまわっているようだ。

「アベックつけ」というのは、浜辺に来ているアベックの跡をつけて行く、遊びで、孝ちゃんとサダには面白いかもしれないが、僕は、そうは思わない、何だかつまらない遊びだ。

それにしても、今頃、家では心配しているだろうな、帰ったら、きっと怒られるぞ。

「ハルオ、こんなに遅くまで何をしよった?」

僕は、父さんのあの一言で、ギャフンだもんな、といって、今から家に帰ると言えば、孝チャンが怒るし、悩むなあ。

「孝ちゃん、アベックだ」

サダが小声で叫んだ。

林を過ぎたところは、崖っぷちになっている。

その崖っぷちに白い車が停車している。そっと近づいて後ろの窓から覗くと、中は空だった。

孝ちゃんがドアに手をかけると、カチャという小さな音がして開いた。

鍵はかかっていなかった。

「おい、サダ、そこらへんに誰かおるか?」

サダは崖っぷちから下を覗いていたが、孝ちゃんに呼ばれて、這うように近づいてきた。。

「しっ、孝ちゃん下で誰かが火を燃やしている」

「何人おるか?」

「男と女、二人だよ」

「ハルオ、お前、そいつらを見張ってろ」

孝ちゃんに命令されて、腹這いになてそっと崖の下を見ると、なるほど誰かがたき火をしている。あれ、二人?確かにサダは男と女二人だと言った、だが、下には男が一人だ。

「一人しかいないよ」

そういおうと思って、振り返ってぎょっとした。

孝ちゃんが車の中から、週刊誌やマッチなどを、持ち出している。

いけない、これでは泥棒だ、アベックつけとは、泥棒することなのか?こいつはイチゴを盗むのとはわけが違う、あんまり美味しそうだったので、なんて言い訳は難しい、犯罪ではないか。

「孝ちゃん」

僕は叫んだ。

驚いて、振り返った孝ちゃんの目がきらりと光った。

そんなことやめろ、泥棒は嫌だ、やめろ、そんな言葉が舌の先まで出かかったが、さるぐつわでもかまされているかのように、どうしても口に出して言えなかった、やはり、孝ちゃんが怖いのだ。

「びっくりするやろが、おどかすな静かにしとれ」

言われて、しぶしぶ、また崖下を見た。

心臓が速くなって、こめかみの所を、ギュウ、ギュウと言って、血液が流れているのが分かった。

こんなところを、お巡りさんに見つかってみろ、頭を丸坊主にされて、刑務所にぶち込まれてしまう。刑務所のご飯は臭いっていう、孝ちゃんはもともと不良だから仕方がないにしても、不良ではない僕まで刑務所に入れられたら叶わない。僕は食欲を無くして栄養不良になってしまう。そういえば、腹が減ったなあ、ちぇ、下ではバーベキューでもやっているのかしらん、良い匂いだ、鼻がひとりでにクンクン動く、ああ、今頃、家では晩御飯だろうな。

「そこで、なにしているの」

飛び上がるほど、驚いて、振り向くと、赤い水着姿の女の人が立っていた。

危うく崖下に落ちそうになって立ち上がって、逃げようとしたが、訳もなく捕まってしまった。

大変だ、刑務所行きだ。孝ちゃんとサダの姿は、とっくの昔に消えていた、ひどい奴らだ。

女の人は僕の両腕をしっかり掴んで放さない。

「ねえ、今逃げて行った子たちは君の友達なの?」

僕は下を向いて口をとんがらせ、黙っていた。刑務所という言葉が頭の中でぐるぐるとまわっていた。

「何か持って行ったけど、あれは泥棒のすることよ、分かっている?分かったら、もう、しませんって約束しなさい」

女の人は僕を揺すりながら、睨み付けた。

何度も揺すられているうちに、何だか、変な気持になったと思ったら、涙が出てきた。

どうして涙が出るのか自分でも分からなかったが、とうとう声を出して泣き出してしまった。半分は悲しい気持であったが、あとの半分はうそ泣きだ。

「ごめんなさい、もう、しません」

そんな言葉が、やすやすと口をついて出た。

涙の向うで、女の人の白い顔が笑って頷いた。

「ちょっと待ってね」

女の人は、車の中からチョコレートを取り出して、僕に手渡した後、僕の頭を撫でた。

長い髪が僕の顔に触れると潮の匂いがした。

なんだ、いないと思ったっら、泳いでいたのか。

これで、どうやら刑務所には行かなくて済みそうだ。

松林の中で、孝ちゃんとサダが待っていた。

「へへへ、面白かったな」

孝ちゃんが照れくさそうに言うと、

「フフフ、面白かったな」

とサダも孝ちゃんを真似るように言った。

「ハルオ、そんなに怒るなよ」

孝ちゃんが盗んだマッチを二箱くれた。黙って受け取った。

孝ちゃんとサダに別れを告げると、すぐにマッチを道端に投げ捨てて、貰ったチョコレートをかじりながら帰った。

次の日、朝ご飯を食べてもじっとしていた。

学校に行くのが怖かった。

目を閉じると、手がすっぽりと入ってしまうほど大きな口を開けて、どなっているコトウ先生の顔が目の前に浮かぶ。嫌だなあ、身震いがする。

「ハルオ、学校に遅れるよ」

母さんが時計を見ながら言った。

「朝から、ちょっとおなかが痛いんだ、今日は学校を休もうかと思って・・・」

「なにを言うとね、あんた、三杯もお代わりしたじゃないの、仮病でしょうが」

ちぇ、ばれたか、仕方がない、行くか。

道々言い訳を考えながら歩いたが、やっぱり足は重かった。

おお、グッドタイミング、万歳、コトウ先生は風邪をひいて休みだってさ、ああ、たまらない、なんて僕は運がいいのだ、肩がさーっと軽くなった。

これで、昨日、掃除をさぼったことは迷宮入りだってことだ。

僕は嬉しくて一日中ほっぺたの筋肉が緩みっぱなしだった。

人が見たら、馬鹿だって思うに違いない、だが、そんなことはどうだって良いのだ。

代わりに他の先生が来た。三時限目に算数の答案が配られた。百点はクラスで二人だ、何時ものあいつと、それから僕だ、えへへへ。

隣の席のカズコなんて二十五点だ。七分の一と0.1と0のうちどれが一番小さいですか、という問題に0.1に丸を付けている。

「カズコ、お前、0が一番小さいに決まっているじゃないか」

と馬鹿にして言うと「どうして0が一番小さいのよ」って反論してきやがった。どうしてって?そんなの、参考書に書いてあるからに決まっているじゃないか、そんなことも分からないのか?ん、しかし、待てよ、そういえばどうしてかな、第一、0なんていう数には実際に御目にかかったことが無い。それに、1に0をくっつけるだけで、10にも、0.1にもなる、全く不思議な数字だ。

けど、まあ、良いや、深く考えるのはよそう、考えるだけ損だ、参考書を見て、暗記するのが一番手っ取り早い。

授業が終わって帰ろうとした時、後ろから呼び止められた。

「ハルオ君、ちょっと待ちなさいよ」

振り向くと、クラス委員のシズコが、黒板に何かを書きつけながら、こっちを見ている。その隣で、副委員のエツコがチョークを弄びながら、ヒサシ君とこそこそと何かを話している。

ヒサシ君め、昨日のことを言いつけていつのだなと、ぴんときた。

何だか嫌な予感がした。

「僕は今日、忙しいんだ、明日にしてくれよ」

そういって出て行こうとすると、エツコが駆け寄って来て、戸口の側で通せんぼをした。

「おい、どけよ、忙しいって言ったろ」

「嫌よ、話があるんだから、ちょっと残りなさいよ」

生意気な奴だ。

「何だあ、女のくせに、どかないとこれだぞ」

げんこを丸めて、エツコの鼻先に突き付けてやった、そしたら、どうだ。

「ぶつなら、ぶちなさいよ」

エツコの奴、ほっぺたをぐっと突き出しやがった。気がつくと、クラスのみんなが、僕らをじっと見ていた。イチゴ事件のときと同じ、あの冷たい目だ。

うーん、これには僕も参ってしまった。自分でも情けないと思ったが、すごすごと席に戻るしか仕方がなかった。

みんなが帰ったガランとした教室の一番前の席に僕は座らされていた。

シズコとエツコが教壇に立っている。

「ハルオ君」

甲高い声で、シズコが喋りはじめた。シズコの声は、ソプラノもいいとこだ。こいつに喋られると、耳がキンキンと鳴る。

脳みそを、針でチクチク刺されているみたいで、それだけで、拷問だ。

「黒板を見なさい。ここに二つの道があるとするね」

何だ、あの絵は、あれが道か、まるで、枯れた松の木じゃあないか、下手くそめ。

「曲がった道と真っ直ぐな道よ、分かる?あなたは今、曲がった道を歩こうとしているのよ」

へん、何だよ、結局、掃除をさぼったことがいけないって言いたいのだろ、分かっているよ、そんなこと。女の子から説教されるなんて、生まれて初めての屈辱だ。僕は、少々やけ気味だった。

「何とか言いなさいよ」

エツコが机をどんとたたいた。

ふん、誰が喋ってやるもんか、だいいち、エツコの奴がこんな風に威張って言うのが気に入らない、誰が喋ってやるものか。

「ハルオ君、あなたの通知表には、5が五つもあって、その上、ユーモアがあって、積極的だって書いてあったじゃないの、そのあなたが何ですか」

しまった、いい気になって、通知表を見せ合ったのがいけなかった。

それにどうだ、エツコの奴のあの変に大人ぶった口ぶりは、まるで、担任のコトウ先生みたいな喋り方をしやがる。そういえば、顔まで同じに見えてきた。

そういえば、エツコは将来、学校の先生になるのだと言っていたな。

こいつもやっぱり、コトウ先生みたいな先生になるのかな。

先生というのは、どうして、あんな風に判で押したように、一緒なのだろう。

個性っていうものが、まるでない、喋ることは一緒だ、廊下を走ってはいけません、騒いでは怒ません、静かにしなさい、これもいけません、あれもいけません、やりなさいっていうのは、勉強ぐらいのものだ。

そんなことを考えていると「どうしたのよ、反省したら、反省したと言いなさいよ」と、エツコがすっとんきょうな声を張り上げた。声が震えている。

シズコはというと、あらあら、涙をためている、もうちょっとで二人とも泣き出すぞ、ふん、良い気味だ。

僕は、鼻をなでながら、天井を見上げた。先日の昼休み、ヒサシ君とチャンバラをした時に弾みで飛んだ箒で付けた傷が眼に留まった。あの時は、コトウ先生に少しばかり叱られた。

でも、先生は僕には優しいんだ、だって、僕は先生の前では神妙にしているし、授業時間にはいつも手を上げる。

みんな、僕のことを、お前は、先生にえこひいきをしてもらっていると言うけれど、こっちに言わせると、そういうみんながのろまで要領が悪いからさ、悔しかったら、僕みたいに、もっと要領よくやって見ろってんだ。

ほら、ほら、シズコがハンカチを取り出そうとしている、もう少しだ。

そのうち二人とも仲良しだから、一緒にわっと泣きだして、シリメツレツなことを口走って、目をはらして、肩を落として帰るに決まっている。もう少しの辛抱だ。

その時僕は、「ご苦労さん」って言ってやるのだ、えへへ。

だが、それで良いのかな、ちょっとやばいかも、考えてみると、シズコの家は確かコトウ先生の家の近くだったな。

これはいかん、こいつらを泣かせると、ちょっと厄介だぞ、今晩にもコトウ先生に言いつけるかもしれない。

下手すると、僕のイメージダウンだ、となると、当然母さんにも知られるだろう。

これはまずい、先生と母さんからダブルパンチを食わされたのじゃ叶わない、いけない、いけない、何とか打開策を考えなくっちゃ。

顔には出さないけれど、内心、大いにうろたえた。

どうしよう、今更この生意気な二人に謝るっていうのも悔しいし、おい、ハルオ、考えろ、考えろ。

その時、隅っこの机の上に、習字道具が置かれているのが眼に留まった。

誰かが忘れて帰ったのだろう、そうだグッドアイデアだ、雨上がりの虹のように、名案が浮かんだ。

僕は机をさっと立つと習字道具の中から硯を取り出して墨汁を入れて墨をすり始めた。

シズコとエツコがキョトンとして見ている。

墨をすり終えると、しばらく目を閉じた。習字の時間の時、先生がいつもそうさせるのだ、精神を統一させるとか何とか言ってね。

二人が僕のそばにやって来たのを気配で感じると静かに目を開いて、大筆にたっぷりと墨をしみこませると、「責任」という字を半紙に二十枚ほど書いた。

我ながら、まあ、まあの出来であった。書き終えて僕は二人の顔を代わる代わる見た。

「ハルオ君、反省してくれたの?」

エツコが言った。腹の中で、舌を出しながら、僕はコックリとうなずいた。

「そう、良かった。それじゃあ、帰っていいわ」

針で刺すようなシズコの声が耳元で響いた。

そらみろ、やっぱりこいつ等、ちょろいものだ、しめしめ、万事、筋書き通りだ、なんて僕は頭が良いのだ、二人の気が変わらないうちに早いとこ逃げ出そうっと。

鞄を肩にかけると、急いで外に飛び出した。

わあ、まぶしい夕焼けだ、危機は去ったけれども、何だかすっきりしない。

お日様が笑っている。何が可笑しいのだ、僕は昨日と今日、大変な苦労をしたんだぞ。

それにしても、シズコの奴うまいこと言いやがったな、まっすぐの道と曲がった道か、そうかもしれないな、やっぱり僕は曲がった道なのかしらん、いやもう、どうでもいいことだ、カバンがやけに重たいや。

僕は赤い夕陽に濡れながら、曲がりくねった道を歩いていた。


※この話はフィクションです。

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