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浪人詩集  作者: 屯田水鏡
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浪人詩集(27)

浪人詩集(27)


97.はいつくばってへどたれて


はいつくばってへどたれて

今私めがこうして汚物をば冷たいアスファルトの上に戻すのを

あなた方は、軽蔑と憐憫の入り混じったまなこをば車の窓から

のぞかせておられますが、私めにとっては全くの愉快に他ならず

こうしてうれし涙さえ出ています

はいつくばってへどたれて

日はもうとっぷりと暮れまして、太ももの間から差し込む

ヘッドライトに黄色い汚物が光って見えます

限りない胃の腑の痙攣に衰弱しきった半死人

いやいやこう見えましても先ほどまでは一升ばかりの冷酒と

十三杯のオンザロック、その上、少々のジンバックをば

ぺろりとなめた大つわもの

はいつくばってへどたれて

そりゃあ失恋の痛手もありましょうが

私めの本当の目的は、生への反逆に他ならず

おや、もうすっかり吐くものもなくなって、千鳥の足で帰ります

私めの行く着くところはあの山の中腹のほら、今点滅している

光のある所、そこは煉獄ではありますが


たらちねの暗き道より出でて、求むるは光

身に受けがたく、眩しくて、悲し


※記憶はないが、多分、失恋をした時なのだろう。失恋する元気があれば大したものだ。


98.大賞


審査員たちは、じっとしておれなかった。

当然、彼らの推す作家が見事大賞を射止めれば、その賞金の一部は、あるいは大部分が、彼らに転がり込む仕組みになっていた。

それゆえ、彼らの間には、虚々実々の駆け引きが行われているのであった。

ところで、コンピューター全盛の今日、文芸作品の作成方法は次のようなものであった。

作家は、一字一句考えて、自分で書くなどと言うばかげた、ことはやらない。

彼らはただ、登場人物の名前と、大まかなストーリーを決めさえすればよいのである。

後は、コンピューターが、その場に応じた、流れるような文章を作成してくれるのだ。

そんな訳だから、出来上がった作品は、隙が無く火の打ちどころも無い作品ばかりであった。

ただ、難点があるとしたら、全てが一級品で、優劣が付け難いところにあった。

従って、作品に、等級をつける基準はというと、審査員への付け届けの多寡によるしかないのである。

さて、こうして、つまらない解説をしているうちに、どうやら、大賞選考の最終決定がされたようだ。

委員長らしき、人の良さそうな老人が、ほとんど禿げ上がった頭上に辛うじて残った数本の毛髪を大事そうに、一本一本撫でながら、立ち上がった。

一同は、しんと静まり返って、視線という視線は、老人の持っている小さな紙きれ集中した。

次に起こるどよめきと開放感をさらに大きくするためであろうか、会場の空気はガラスのように緊迫をしていた。

老人は口を開く前のいつもの癖で、一方の頬を少しばかり緊張させて、ぶるぶると振るわせた。

会場のあちこちから息を呑む音が聞こえた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

彼は、小脇に抱えた、紙袋を足元に置いて、屈みこんで、原稿用紙の束を掴みだすと、ビルの十階にある一室の窓をあけて、放り投げた。

ちょうど、風が吹いて、それらは空中に舞い上がった。

それは、たった今、籠から放たれた、数百羽の白いハトが青空に向かって飛び立っていくように見えた。

冬が去って、ようやく春が巡って来ようとする頃であった。


※大学を卒業して僕は、地方公務員という職を選んで、悪いことをしない限り首にはならず、必要以上の賃金もなく、その代り、ノルマもない、寄らば大樹の陰という生き方を選んだのであるが、その選択が、優なのか良なのか可なのか不可だったのか、今でも分からない。

だが、この頃は、自分の将来が見えなくて、漠然とした不安を抱えていたことは確かである。

このことを嫁さんに話すと、あんたには、冒険をする勇気も才能も、決断力も無いから、公務員で良かったのじゃない、という。

僕は、公務員にも、それなりの決断力も、能力も必要だと思うのだけど、嫁さんは、分ってくれない。

時々僕は、非常に、寂しく、孤独な思いをすることがある。

しかし、これも一つの人生なのだ。

・・・の部分には、何を書いたのか、あるいは書かないで、空の儘だったのか、憶えていない。

だが今、大学ノートに挟まれている、茶色に変色した、この紙きれを、ゴミ箱に処分して、少しずつ、箪笥の中が整理できつつある。


99.老婆


月の仄の明かりの中で、老婆が一人

連綿と波打つススキの原に、じっとたたずんでいる

握りしめた杖の曲りの頼りなさ、老婆はたたずむ

波打ち流れる赤き血も、遠き彼方に枯れ果てた

老婆は一人念じいる

月は照らす白々と、老婆の横顔を

長く伸びるはずの人影は、ススキの波に散りじりに砕けて飛びし

老婆は一人念じいる、怨の呪文か、憤の懺悔か

密に掛かる黒雲に月は流るる

燐光を発して白き髑髏は、ススキが原に寒々と並びいる

墓標は揺れる、ススキの波の原、燐塊は空を飛び、風は泣く

儚き女の一生か、杖一本、笑うがごとく揺れている


※当時の汚い紫川の岸辺のススキを見て感じたものである。

それにしても、汚かった。魚の死骸は浮かんでいるし、悪臭もひどかった。

今は、随分綺麗になっている。


100.酒


たった一杯の酒で、こうも楽しくなるものか

たった一杯の酒で、こうも侘しくなるものか

身を掻き毟りたいほど、苦しくなって、わおー、わおー、

俺は暗い空に向かって叫んだ

お前は何をして生きているのだと、冷ややかに星が言った

俺は俺のために生きているのだと、俺は悲しく叫んだ

おい!そこの誰か、構わないから、俺の腕を根元から切り取ってくれ

俺の目をくりぬいてくれ、かまわないから、とてもやりきれないのだ

わおー、わおー、血が見たい、やめろ、やめろ、やめてくれ

何もかもが、嘘っぱちで、出鱈目で、全てが出来上がってりゃ

それで満足するより仕方がねえ

少年よ、大志を抱け、ふん!


※大学に入学して一年以上たった頃のものらしい。

何を苛ついていたのか、全く覚えがない、大方、失恋か何かだろう。

自分が、実際以上に魅力的だとか、才能があるとか、若いうちは思うものだ。

そして、自分勝手なものだ。

だが、それで良いと思う。夢と現実のギャップに打ちのめされながら、本当の、大人に近づいて行く。

迷って、苦しみ、傷つきながら、同じように、気付かないうちに、身近な人を傷つけて、生きていくのが若者の特権なのだ。



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