浪人詩集(25)
浪人詩集(25)
94.真夜中に赤トンボが飛んでいる
浪人詩集(24)で使用した文章を、再度ここでは使っている。
どうやら、先の文は、今から紹介する、「真夜中に赤トンボが飛んでいる」、という作品を書くためのイントロとして考えた文章のようだ。
「真夜中に赤トンボが飛んでいる」
ハイライト、チェリー、若葉、エコー、しんせい、ゴールデンバット、いこい。
脳細胞がみじん切りになっていて、いろんな煙草がいっぱい詰まっている僕の頭。
試しに僕の頭をオノで割って見ると良い。
そしたら、きっと七色の煙がシュッ頭から吹きだすだろう。
そこで僕は、人を煙に巻いてやる。
僕の頭の中には、何時も騒々しい海鳴りが響いている、なぜだ。
アンニュイ、アンニュイって何だ。
ヌード写真が三枚とクリントイーストウッドのポスターが一枚、壁に貼ってある。
異様に細長い部屋、低い天井の真ん中に裸電球が一個。
僕の頭は、休みなく唸り続けて、壁と天井は狭まって、何時も僕は、僕の乗った潜水艦が八千メートルの海底でペチャンコになる夢にうなされる。
外を見る、この小さな窓だけが僕の救いだ、月が出ている、何の情緒も無い平凡な丸い月だ。
朝の窓辺。
「コリャ、タケシ君」
「ウワッ」
急に子どもは泣き出した。
「どうして泣くの、お母さん、冗談でやったのよ、冗談なら笑わんといけんやろも、弱虫」
僕の部屋は、南の端っこにある。
窓下には小さな道があって、それは、小学校への通学路になっている。
朝八時を回るころ、子どもたちの話し声や歌が、小うるさく、爽やかに響いてくる。
何て元気の良い奴ら何だと、眠いので、片目だけ無理に開いて、窓から顔を覗かせることから、僕の気だるい一日が始まる。
タケシと呼ばれる子は有名である。
すぐに泣き出すことと、おねしょをすることにかけては、この辺りでは、彼の右に出るものはいない。
若い母は、朝日の中をこの窓下の小道を通り抜けて、そこまで子どもを送り出すのが日課となっている。
「この子ったら、今日も布団を濡らしちゃって」
若い母は、近所の婦人に眉をひそめて愚痴をこぼすのだけれども、その子を見つめる目は笑っている。
山の端を昇り詰めて顔を覗かせた太陽が放った光を浴び、キラリと輝いて今にも滴り落ちそうな、物干し竿の滴の美しさ。
僕は、この若い母の目にそんなものを見た。
多分、僕は、よだれを流した阿呆のように、間の抜けた顔をして、この朝の風景を見ていたのかも知れない。
彼女らは、寝ぼけた視線に気が付いたのか、怪訝そうにこちらを見上げた。
僕は、意気地無くも、塩を掛けられたナメクジのように首をひっこめた。
教科書一冊と大学ノート二冊を持って、下宿の軋む階段を下りて外に出た。
ちっ、今日も薄汚れた太陽が、だらしなく空に浮かんでいる。
抜けるような青空、なんていう表現の許される空は、もう、日本中のどこを探しても無い。
僕は、喘息の発作が起こりかけるのを辛うじて噛み殺し、車の排気ガスの中を歩いていた。
大学まで、歩いて十五分。
自衛隊の駐屯地、競馬場、刑務所、それら三つの点を結んだ三角形の重心上に、僕の行くナントカ大学がある。
これ等、一見、関係のなさそうな四点は、実は重大な関連を持っているのだが、その説明は、面倒だから省く。
そして僕は、現代の職業専門学校的な大学に対するやるかた無い不満を抱いているのだけれど、その理由も、面倒臭いので省くことにする。
兎に角、その日も、僕は後ろの席で半分眠りながら、子守歌代わりに講義を聞いて、それから、学生食堂で不味い飯を食って、友人と詰まらない猥談を飛ばし合った。
そして、日暮れ近く、疲れ切った太陽が、汚物で汚れた下着のようにくすんだ赤色で、町を染め乍ら山に帰るように、何とかすり潰した貴重な時間をほろ苦く舌の裏で味わいながら、暗い下宿に辿り着いた。
手垢のついた取っ手を握ってドアを開くと、敷きっぱなしの布団が、冷え冷えと僕を迎え入れてくれる。
懐かしい僕の体臭に満ちている部屋。
寝転がると、小さな窓から、笑いさざめく星たちが見える。
誰かが、へたくそなハーモニカを吹き鳴らしている。
おや、こんな夜中に赤トンボが飛んでいる。
風に吹かれながら、ふらふらと何処に行くのだろう。
ぼくは、闇の中を飛んでいく赤トンボに奇妙な愛着を感じた。
無意識のうちに、窓から身を乗り出して、僕はその赤い生物を追っていた。
何処を、どう来たのか、そして、どこへ行くのか分からない。
赤トンボを追って、いつか荒涼とした砂浜を歩いていた。
そして、赤トンボを見失った。
どこかで聞いたことのある不思議なメロディーが遠くに聞こえる。
海は紫色に深く澄んでいて、時々、虚ろな風が吹いて砂が舞い上がり、見知らぬ赤い蝶が、物欲しげに、上空を旋回している。
おっと、何かにつまずいた。
何だ、これは、黒く冷たく光っている。
あっ、カラスだ。
それも、死んでいるカラスだ。
あっちにも、こっちにも、うようよ、カラスの死体が蠢いている。
蠢いているっていうのも何だかおかしいが、それは、風が吹くたびに死体の羽がピラピラと動くから、そんな風に見えたのだ。
おや、向うに誰かいるな、有難い。
僕は、彼方に見える人影に近づこうと、歩を進めた。
驚いたことに、二、三歩でそこに辿り着いてしまった。
おかしい、これは尋常ではない、ははあ。
ここで僕は、初めて自分が夢の世界にのめり込んでいることに思い当たった。
見知らぬ男がいた。
男は、僕を見て、へらへらと笑っていた。
異常なほど、頬骨が出っ張っていて、それが、顔に奇妙なアクセントを持たせていた。
男は、せっせとカラスの死体を集めていた。
男の姿に、気味悪さを感じると共に、僕の好奇心は疼いた。
「あのう、ちょっと」
「ん、あっしのこってすかい」
「ええ、あなたは、いったい何をしているのですか」
「だんな、笑わしちゃ困りますぜ、見りゃ分かろうってもんじゃ、ありませんか」
だんな、と呼ばれたのには、少々驚いた。
それに、いやに古めかしい江戸っ子弁を使う。
どうせ夢を見るんだったら、どうして、もっとましな夢を見ることが出来ないのだろう。
すごい美人と、エキゾティックな、お城か何かで、竹馬に乗って遊ぶとか、ピンクのネグリジェを着た魅惑的な女性と、高級マンションの一室で焼酎を酌み酌み交わすとか、もっとましな夢が見られそうなものだ。
僕は、自分の脳細胞のみみっちさに、つくづく、愛想の尽きる思いがした。
「僕には、カラスの死体を集めているようにしか見えませんが」
「お察しの通りでさあ」
「カラスの死体なんか集めて、一体どうしようというのです、そんなもの、食べても美味くは無いでしょうに」
「冗談じゃありませんぜ、こんなもの、とても食えた代物じゃあ、ありませんや」
「じゃあ、何に使うんですか」
「胡椒を作るんでさあ」
「コショウ?」
うむ、この男、只者ではない、カラスの死体で胡椒を作るとは。
それは、恐らく現代科学の総力を挙げて考えたとしても不可能に違いない。
とすれば、この男、中世の魔王使いか、さもなければ、古代中国の仙人に違いない。
と、思いが至った時、あの異常に出っ張った頬骨までが、何だか、気高く崇高に見えてきた。
もしもこの僕が、その製法を体得することが出来たならば、文化勲章、いや、ノーベル賞も夢ではない。
少なからず、僕の旺盛な知識欲は、目覚めたのである。
「どうか、私にその製法を伝授してください」
僕は、ガバとその場に両手をついて、血走った目で、男を見上げた。
「そんなに、おっしゃられても、困りますぜ」
「どうしても、駄目だというのですか」
僕の目は、さらに充血していた。
カラスの死体で胡椒を作ることが出来るとなれば、人類は、もう、胡椒を栽培する必要がない。
そして、僕の名は、歴史の一ページを飾ることになり、多額の金も手に入る。
人類の幸せのためには、この男を殺してでも、製法を聞き出さねばならない。
と、僕は、純粋な人類愛から、そう決心した。
しかし、殺すまでもなく、男は、僕の熱意に感服したのか、とうとう、その秘法を授けてくれた。
「いや、なに、カラスの死体を十羽集めればいいんでさあ」
「と言いますと?」
「良く言うじゃありませんか、トオガラシって」
うむ、カラスの死体が十で、トオガラシ?
唐辛子のことか?唐辛子ならば、発音としては、トウガラシではないのか?
そして、また、カラスの死体が十ならば、正しくは、トオガラスと言うべきなのだが、名人ともなると、一文字や二文字の不一致は無視しても良いのであろう。
更に、厳密に言えば、胡椒とトウガラシは異なる。
しかし、この際、若干の矛盾は甘受しよう、どちらも香辛料であることには変わらない。
中世の魔王使いや古代中国の仙人は少しの矛盾には拘泥しないのであろう。
これは、単純な理論だ、どうしてこんなことが今まで分からなかったのだろう、不思議なことだ。
兎に角、これでノーベル賞は手にしたも同然だ、僕は小躍りして喜んだ。
喜んでいると、男はいつの間にか消えて、後には、キツネの親子が戯れていた。
そばには、大きなヤシの木が一本突っ立っていて、その根元に、全裸の美女が寝そべっている。
これは夢の中なのであるから、全裸の美女がいても別に驚くにはあたらない。
濃い、アイシャドウが青く光って、恐ろしく長いまつげが風にそよいでいた。
僕は、女に近づいて行く。
その女は、多分、僕の知人なのであろう。
そういえば、以前どこかで見たような気がする。
僕は、ポーズをとって、女に気軽に話しかけた。
「やあ、こんにちわ、君、確か、マリリンモンローだったね。えっ、そうじゃない?ああ、失礼、ブリジットバルドーだったね。違う?ああ、そうだ、そうだ、僕としたことがなんて思い違いをしたのだろう、今度は大丈夫、きみ、高峰三枝子だろう。なに、また違った?悪い、悪い、やっと思い出したよ、隣のエッちゃんじゃないか、なに、今度も違った?」
この様に女と親しく話をしている僕の肩を背後からたたく者がいる。
僕は、うるさいと言わんばかりに、左の頬をヒクヒクと引きつらせながら、振り返った。
「なんだね、君は?」
「船長、忘れちゃ困りますよ、私です、機関長の珍母津四太郎ですよ」
「ああ、君か、なんだ、何か用か」
この男、僕には全く見覚えは無かった、けれど、この男は僕を知っていると言う。
まあ、良いさ、とにかく僕は船の船長らしい。
船長ともなれば、悪い気分のものではない。
「はっ、いよいよ出港であります」
「そうか、では、行こうか」
僕は、いつか映画の中で見た騎士が王女にやっていたと同様に、慇懃に女にお辞儀をし、手の甲に接吻をして分れた。
威厳を付ける為に、胸を張り、大股で歩いた。
口を開くのにも、なるだけ、重々しく響き渡るように気を配った。
「ときに、珍母津くん、いや、機関長、私の船は今どこにあるのかね」
「そりゃあ、港に決まっていますよ」
「うむ、そうだったな」
いつか僕らは、妙に古ぼけた桟橋に立っていた。
港には、巨大な黒い船が、何隻も停泊していた。
「ときに、僕の船はどれだったかな、分かった、あの一番でかいやつだ」
「いやですよ、船長、あれは戦艦ヤマトじゃありませんか」
「おう、そうだった、じゃあ、これだ」
「冗談じゃありません、これは巡洋艦ですよ」
「じゃあ、僕のはどれだ」
「あれですよ」
珍母津の指した指先のむこうには船らしきものは見えなかった。
ただ、濁った海から煙突のようなものが、ニョッキリと突き出ていた。
「あれが船か?私には、ただの煙突にしか見えないがね」
「船長、しっかりして下さいよ。あれは潜望鏡じゃありませんか」
「センボウキョウ?ん、すると、何かね、僕の船というのは潜水艦か?」
「そうです」
ここに至って、僕は、たちまち狼狽の色を隠しきれなくなった。
さっきから聞いていると、どうも話がおかしい。
戦艦とかジュンヨウ艦とか、おまけに潜水艦となれば、これはただ事ではない。
ある種の予感が僕の脳裏をかすめた。
「嫌だ、なぜ僕がこの船に、しかも一番嫌いな潜水艦なんかに乗らなきゃならんのかね、僕は嫌だね、そんな法があるもんか、そんなこと、現代民法典にも、エコノミストにも、週刊マンガにだって書いてないじゃないか、乗りたかったら、お前一人で乗れよ」
とんでもないことになったもんだ。
僕は今までの威厳も何も、かもかなぐり捨てて、駄々をこねた。
「船長、敵空母を撃沈せよとの山本閣下の命令であります」
珍母津は無表情に冷たく言い放った。
なにを言いやがる、閣下の命令なんて、くそくらえだ。
てこで、もここを動かないぞ、死ぬのはまっぴらごめんだ。
僕は顔面蒼白になって、ろれつの回らない口から、泡を吹きながら、抗議の文句を百三十ほど並べ立てた。
すると、珍母津は笑いながら、僕の耳に口を近づけて、小さく囁いた。
「船長、心配いりませんよ、これは夢なんですから」
馬鹿やろう、夢なんてことは百も承知だ、だからといって、みすみす、沈没すると分かっている船に乗る馬鹿はいない、僕は馬鹿でも狂人でもないんだ、馬鹿にするな。
僕は、じたばたしながら、さかんに何かをがなり立てていたが、気が付いた時には、もう、潜水艦の中にいた。
その時、不思議に僕の心は、日ごろの平静さを取り戻していた。
そして、暁に飛び去って行く特攻隊のように、澄んだ心で第一の命令を発した。
「潜航を開始せよ」
艦は、ゆらゆら揺れる青い海の中を、心地良いスクリュー音を残して進んでいた。
たまに、行き過ぎる電気クラゲが、にこやかに挨拶をして行った。
艦は全体がガラスで出来ていたので、海の中は極めて眺めが良かった。
「機関長、深度を報告せよ」
僕は、長椅子に寝そべって、高価な、ハバナ葉巻の煙で輪を作りながら言った。
「ただ今、深度八千メートル」
「なに、八千メートル?バカ、バカ、この船は三百メートルしか潜れないのだぞ、何て無茶をやるんだ」
「でも、夢の中のことですから」
「いや、夢の中でも、それはいかん、早く浮上しろ。こいつ、反抗するか、反逆罪で腐刑にするぞ。ありゃりゃ、ほら見ろ、言わんこっちゃない、天井がへこみだしたぞ。おい、珍母津、お前のせいだぞ、何とかしろ、ああ、いかん、船がペチャンコになる、大変だあ・・・・・・・・・・・・・・・・」
「うち、ミミコのこと、すかん。ミミコのこと、悪う言うてやろ」
「メメコって聞こえたぞ」
「ギャハハハ」
「わあ、すかん、テツオのスケベ、先生に言いつけてやるけ」
子どもらの笑いながら話す声が、うるさく、朗らかにこだましている。
何て元気の良い奴らなのだと、眠いので、片目だけ開けて、窓から顔を覗かせることから、僕の一日が始まる。
今日は、久し振りに、抜けるような、高く青い空だ。
遠くに、あの若い母と、その子が見える。
二人は、暖かい日の光にそれが、掻き抱かれて、にこやかに語らいながら歩いている。
それが、朝日に、シルエットとなってもつれ合っている。
僕は、柄にもなく、遠い昔を思い出して、一人で、はにかんだ。
※家族の中で、僕だけが、閉所恐怖症で且つ高所恐怖症である。
そんな訳で、少年期の一時期、僕は、こんな貧乏な家の子ではなくて、きっと高貴な生まれで、絹の産着に包まれた僕は、のっぴきならない事情で、この家の軒先に置かれていたのではないかと、思っていた。
結婚した時、うちの嫁さんにその話をしたら、彼女は、あなたのその下品な顔は、お母さんにそっくりよと、にべもなく言い放った。
閉所恐怖症と高所恐怖症は今も治っていない。
昔、観光課というところに勤めていた時、観光宣伝のために、沖縄とハワイ出張を命じられそうになった、船で行くならまだしも、飛行機で行くなど、僕にとってはとんでもないことだったので、体調が悪いと言って辞退したが、上司から、激怒されるかと思いきや、出張の希望者は抽選になるほど、沢山いて、僕の申し出はすぐに認められた。
ちなみに、この文章の後に次のような、意味の分からない、後書きがある。
十月のある時期、天候のせいもあったのでしょうが、私は、非情な閉所恐怖症に悩まされたことがありました。これは、その体験に基づいて書いたのです。
本当はもっと深刻なものだったのですが、私には苦しいことを、そのまま苦しいとは書けません。ある意味で、それは逃げだ、と言われるかもしれませんが、僕は、人間は死に臨んでもユーモアの言える動物だと信じているものの一人です。兎に角、この小品の中に苦し紛れのジョークなりギャグなりを読み取っていただければ幸いです。