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三年目のスリッパ

作者: 井ノ下功

 

 今日は、我が校の不思議な伝統をご紹介しよう。


 それは卒業式の直後に行われる。

 すべての湿っぽい儀式が幕を閉じ、大変お世話になったあらゆる方々に最後の別れを告げる時、我々はスリッパを片手に対面する。

 三年間履き潰し、学校中の汚れと思春期の汗を吸い込んだ、三年目のスリッパ。

 それを片手に、

「お世話になりました、ありがとうございましたーっ!」

「今まで仲良くしてくれて本当にありがとーっ!」

「離れても大好きだよ、ありがとうーっ!」

 などと言いつつ、相手の頭をぶっ叩くのだ。

 これが我が校の伝統である。


 伝統の始まりは数十年前にさかのぼる。

 とある厳しい先公に対し、一部の過激な連中が、卒業式のその日、お礼参りを決行したのだ。

 皆が、木刀や金属バット、角材に鉄パイプと、ありとあらゆる武器を片手に先公を取り囲む―――しかし、その中に一人だけ、武器を持ってくるのを忘れた馬鹿がいた。そこで彼は仕方なく、三年間履き古したボロボロのスリッパを構えていたのである。

 先公は笑った。

『お前は最後の最後まで、忘れ物か! ったく、仕様のない奴だなぁ。―――まぁいい。いろいろあったが、何はともあれ、お前ら全員、無事に卒業できたんだな。お礼だ、っつーなら、喜んで受け取ってやんよ。・・・卒業、おめでとう!』

 その先公が笑うのを、過激派連中は初めて見た。それで不覚にも毒気を抜かれてしまい、思わず武器を下げてしまった。

 異様な展開に、互いが互いを盗み見て、(どうしよう・・・。)とアイコンタクトを取る中。

 動いたのは、スリッパ男だった。

 彼はスリッパを持ったまま、スッと先公の前に立つと、

『あざっしたーっ!』

 と一吠え。

 そして先公のハゲかけの頭を思いっきり引っ叩いたのだ。

 スパァンッ! と、非常に良い音が晴天を突き抜け、桜の花びらを揺らした。

 過激派連中はそれを見て、一斉に武器から手を離した。それから、ガシャンッ、ガラガラ、ガチャンッ、と耳障りな音が鳴り響く中、それぞれのスリッパを手に取って、次々に先公の頭を叩き始めたのだ。

 叩きに叩いて叩きまくって、先公の毛根は死滅し、丸見えの地肌は赤く腫れあがったが―――最後には、全員に、笑顔だけが残った。


 以来、この学校では、スリッパで気持ちを伝えるようになった。

 感謝の念も、恨みつらみも、すべてをスリッパに、三年目のスリッパに込めて叩きつける。

 廊下中に響く破裂音は泣き声をうやむやに掻き消し、炸裂する打撃に瞑った目からは涙が吹き飛ぶ。

 そして笑顔でさよならを言うのだ。

 三年目のスリッパ。

 それは、我々の青春を最も近くで見ていた存在。我々の歩みを、最も近くで支えてくれた存在。

 スリッパだけじゃない。

 校舎、机、椅子、自転車、定期券、シャープペン、靴、鞄、筆箱・・・

 先生、クラスメート、先輩、後輩、ライバル・・・

 友人―――親友。

 さぁ、スリッパを構えよう。

 我々の想いを、三年目の想いを、渾身の打撃に乗せて伝えよう。

 そして、笑顔で言うのだ。


「またいつか、絶対に」


 と。



 END

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