第1話 コトのハジマリのモノガタリ
私の名は、テツマ(♀)。
取り立てて目立ったところのない極凡庸な女吸血鬼です。
そして、ここは、春の野山の一角、泉の前。
「ぷはーっ、やっぱり新鮮な水は美味しいですねっ!」
眼の前で揺らめく水面には。
満面の笑みを浮かべ、木製コップ片手に、乾杯ポーズする銀髪の美少年が映っていました。
「……て、自分で自分を美少年呼びとかっ?!」
今のは、あくまで心の声にしかすぎません。
声になんか出してませんよ?
それでも。
妙に恥ずかしくて、その……。
思わず両手で顔を覆い、ゴロゴロ転がってしまいます。
3分ほど、転がっていたでしょうか。
(ごんっ)
「ひゃいっ?!」
勢い余って木の根に激突。
うん。
自分でも馬鹿だと思います。
「うぐ、ふぐう……」
ぶつけた額を思わず抑えると、ハンチング帽が外れ。
長い銀髪の前髪がパラッと解けるように視界に差し込みます。
「にゃーっ?!」
数秒、パニックでもがくようにジタバタしたのは否定しません。
ええ。
でも、大丈夫、その後、すぐ起き上がって、1分ほど呆然としてから。
一つ、大きくため息を吐いて。
すぐに、冷静さを取り戻しました。
「ああ、もう……」
鏡代わりに覗き込んだ泉。
カーキ色のショートパンツとジャケット。
白いシャツ。
ハンチング帽。
そして、長い銀髪。
全部、土まみれ、木の葉まみれです。
「はー……」
土をはたき、軽く帽子を被ります。
銀髪をまとめるのは、面倒なのでやめ。
どうせ山の中、誰も見る人はいません、多分。
「……それにしても」
改めて泉に映る自分をまじまじと見ます。
胸にサラシを巻いてることもあって。
長い銀髪さえしっかりしまえば、少年で通じる容姿です、多分。
「髪の毛切れば、もっと簡単なんだろうけど」
といってもそれは旦那様が許してくれません。(ガッデム)
『そんな美しい髪を切るだなんてとんでもない』
何度、聞いてもこれです。
髪なんて、長くても大変なだけで、切ったほうが楽なんですけどねー……はふ。
「ああ、いけない」
そういえば、野営用の水汲みに来たんでした。
旦那様は、「何もするな」といいましたが、私もこう見えて大人なんです。
野山の新鮮な水くらい、汲めますとも、はい。
「……よいっしょっ、と」
木桶でキラキラと陽光の跳ねる泉の水を組み上げ、トンと置く。
大した仕事ではないのですが、すごいことをしたような気になるのは、気のせいでしょうか。
「しかし、ほんと、いい日差しですよね~♪」
木漏れ陽を見上げ、軽く掲げる手のひら。
中指に光る魔法の指輪。
これ一つで、陽の光の下、自由に動ける。
以前、日差しに手を伸ばし大やけどして、のたうちまわったのが昔のことのようです。
「よしっ、じゃあ、帰りましょうかっ♪」
木桶を手に取り、楽しい気持ちのままに、軽く手を振るいます。
女吸血鬼の膂力のままに。
木桶、すっぽ抜けます。
木桶、飛びます。
木桶、木にぶつかり、跳ね返ります。
私、慌てます。
私、受け止めようとします。
木桶、回転します。
水、激しく降り注ぎます。
私、機転が利きません。
そのまま、水、木桶、頭、被ります。
……冷たい、です。
「あーーーーーーーーーーっ、もおおおおっ!」
震える手で、木桶を外し、下ろすと。
「うぐうううう」
濡れたハンチング帽を外し、……絞り。
フラフラしながら、木の幹により掛かると、深く一つ、息を吐きます。
私って、どこまでダメなんだろう。
水汲み一つまともにできないんでしょうか?
というネガティブなセルフメンタルトークを必死に抑えつつ。
天を仰ぎます。
落ち着いて。
落ち着いて。
ええ、この快晴です。
服と髪が乾くのを待って、……水をくんで帰れば大丈夫。
ご主人様もいっていました。
私は、できる子なんです。
冷静に、待って、水を汲んで、何事もなかったかのように、帰る。
それで、仕事は完璧です。
ふふん、任せてください。
私だって、伊達に長く生きていないんです。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
(ざああああああああああああああああああ)
聞いたことがあります。
山の天気は変わりやすい、と。
数メートル先もぼやけるような豪雨。
にごりきった泉。
面々と清水をたたえ、溢れさせてる木桶。
ずぶ濡れの服、帽子。
「うぐっ……、ひっく」
泣いてなんていません。
泣いてなんていませんからっ!!!
数刻前から、降り出した雨。
少ししたら止むだろうと思っていたのですが。
どうやら、私は、賭けに負けたようです。
まあ、そのようなことは、人生長く生きていればよくあること。
気になんてしません。
「もうやだあ……」
だから、泣いてなんていませんってば! うう。
目元を拭うと、私は、木桶を持って歩き出します。
それとなく、さりげなく帰れば、旦那様たちも気づかないはずです。
そうです。さり気なく帰りましょう!
私が、そんなことを考えていたその時。
ふと。
(……キィンッ)
耳元に、何かどこかで聞いたことがあるような微かな音が届きました。
それは、遥かに、遠くの遠くで。
気にしてければ、何ていうこともない音だったのですが。
「………」
私は、何故か、それを放っておけず、つい、そちらへと足を向けてしまいます。
そこに何が待っているか、よく考えることもなく。