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おさない、かけない、しゃべらない  作者: 真木あーと
第二章 長い夜と秘密の朝
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第二節 商店と宿の夜

 その後、俺たちは飯を食うために町に出た。

 ついでにユキは靴を買いたいと言う。

 ユキの靴は盗賊向きで、歩いても音がしないんだが、長距離を歩くのに適してはいないようだ。

 今日も足がかなりきつかったようだ。

 だから、とりあえず市場を回ることにした。

 市場は完全に日が沈むまで続くようで、夕暮れであまり物が見えなくなっている今でもたいまつをそれぞれの店で焚いて営業を続けている。

 だからちょうどこの少し前くらいにここに到着することが多い旅人達でも十分に買い物が出来るようになっている。

「あ、そうだ、メシュのマント買わないとな」

 俺は唐突に思い出した。

 そう言えば、メシュは旅の装備何も持ってなかった。

 昨日も結局は俺のマントの中で寝たのだ。

 ユキに変な目で見られながらな。

 さすがにユキも、その時の俺の妄想は黙っててくれた。

 俺だけじゃなくメシュも傷つくだろうしな、それは。

「ああ、そう言えば持ってなかったわね」

「ま、多分これからも野宿することはあるだろうし、防寒もあるし、マント着てると疲れにくいしな」

 メシュは何も言わないが、今日も実は疲れているかもしれない。

 寒かったかもしれない。

 メシュが喋れない以上、そういうことに気を使ってやる必要があるんだろう。

「え? どうしてマントいるかって? さっきティルが言った通りよ。寒さしのぎとか、野宿のときの毛布代わりとか」

 ユキがメシュに言う。

「え? ティルと一緒に寝るからいい? そんなわけには行かないでしょ……え? ……知らないわよ、そんな事!」

 いきなり怒り出すユキ。

 珍しいな、ユキがメシュ相手に怒っているのを見るのは初めてかもしれない。

 俺相手にはいつでもどこでも怒る奴だがな。

「ティル、メシュにマント買ってあげて。絶対に! 高かったらあたしも出すから」

 強い口調で、怒りながらそんな事を言われると、わけも分からないし戸惑ってしまう。

 何があったのか聞こうと思ったが、ユキは先にどんどん歩いていくので、結局聞けずじまいだった。

 メシュが俺とユキを交互に見ながら、おそらく慌てていた。

 何があったのかはさっぱり分からないが、俺は当初の予定通りメシュにマントを買ってやることにした。

 だが、メシュに合うような可愛いマントというものはなかなか売ってはいなかった。

 色々店を回ったが、やはり旅人の町だけあって、機能重視のマントが多い。

 ま、仕方がないか、とそこらのマントを買おうと思ったところ。

「お客さん、少女物の衣服をお探しですね?」

 いきなりそんな事を背後から囁やくように言われて驚く。

「なんだ? 誰だ?」

 俺は少し警戒したが、市場のど真ん中でこんなことを言ってくる奴は商人くらいしかいないだろう。

「私は、少女物の服を専門に売っております商人にございます」

 予想通り、商人の男だった。

 市場の商人にしてはかなり慇懃な態度ではあるし、身なりも商人とは思えないほどかしこまっている。

 こういうスタイルの店なのか?

「珍しいな。つまり、あんたのところなら、こいつ向けのマントを売ってるって事か?」

「もちろんでございます。うちのキャラバンは貴族の子女様御用達でございます」

 慇懃に手を胸に当てる男。

 嘘くささ満載だが、まあ、見るだけ見てみよう。

「で、どっちだ?」

「あちらにございます」

 俺は商人に案内されるがまま、そいつの店に向かう。

 その店は市場の端にあり、屋号は「ゴシック」。

 やはり看板にも「貴族の子女様御用達」の文字があった。

 店は女性向け、いや、女の子向けの服ばかりを扱っていて、しかも確かに貴族の子女や姫が着そうなひらひらと無駄な布がやたら付いていたりするものばかりだ。

「このマントはいかがでしょう。ケープを長くしたものですが、マントとしての役割は果たせますよ」

「ふーん、そうか……」

 それは黒くて両肩から下がる、確かにケープのような形状で前の部分に白い紐というかリボンのような物があり、それでしばる事が出来る。

 この辺の女物の衣装はさっぱり分からない。

 適当なものを高く売りつける気じゃないだろうな。

 しょうがないので俺はついてきたユキに小声で聞いてみた。

「なあ、この商人は信用できるのか?」

「え? うん、別にあんたを騙そうとは考えてないわよ? 女の子連れて旅してる人は少ないから売上のチャンスだとは思ってるけど」

 そうか、じゃあ少なくとも信用は出来るのかな。

 そうして見回してみると、辺りにはひらひらの可愛い服が並んでいた。

 男の出してきたマントは確かに可愛いし、メシュが着れば魅力的だろう。

 だが、今メシュが来ているような動きを重視した服に似合うんだろうか?

 そう考えるとやはりマントだけを可愛くしても仕方がない気がした。

 メシュを見ると、辺りをきょろきょろと見ている。

 多分だが、興味深いのだと思う。

 よし、ここは覚悟を決めるか!

「じゃ、この子に合う服を一式買おうか。マントもセットで見繕ってくれ」

 俺が言うと、メシュが俺を振り返り、商人が満面の笑みを浮かべた。

「かしこまりました。お似合いの服をお探しいたします」

 商人は必要以上に頭を深く下げた。

 メシュはきょとんとしていたが、商人は彼女の背格好を確認して、服を探しに行った。

「マントは先程のものとしまして、服はこれとこれ、あと、こちらで合わせてはいかがでしょうか。それに御髪が長いようですからこちらのリボンをお付けになられてはいかがでしょうか?」

 商人は服を持っては来たが、俺に服だけ見せられても良くわからない。

「奥に着替え用のテントがございますが、試着してみますか?」

「いいのか? じゃ、行って来いメシュ」

「?」

 俺が服を手渡してそう言うと、メシュ服を持ったまま首を傾げた。

「あー、ユキ、ついて行ってくれないか?」

「分かった、さ、メシュこっち来て」

 まだ良く分かっていないメシュはユキに連れられてテントに向かった。

 しばらく俺が待っていると、ようやくテントが開く。

 テントの中から出てきたメシュはそれまでとは全く違っていた。

 まとめていた長い髪を、一旦下ろしてからリボンでまとめ直し、漆黒の長い髪がさらさらと揺れていた。

 その髪と同じ色の黒いドレスのような服とマント。

 ブーツタイプの靴。

 そんな彼女がじっと俺を見ていた。

 俺はメシュに初めて会った時、人形みたいだな、と思った。

 今、同じように人形みたいだなと思っている。

 だが、その意味は少しだけ違う。

 人形みたいに綺麗で可愛いと思ったのだ。

「いかが、いたしますか?」

 俺の背後から、商人が聞く。

「買おう」

 俺は値段も聞かず即答した。

 ユキの事は言えないな、俺もまるで富豪のようだ。

「ありがとうございます」

 頭を深々と下げる商人。

 俺は手早く支払いを終えてから、話しているメシュとユキの元へと向かう。

「よお、それ買ったからそのまま帰っていいぞ」

 俺の声に振り返る二人。

「だってさ。そのくらい、いいじゃないの」

 ユキがメシュに何か言っている。

「どうしたんだ?」

「この子、この服は動きにくいから困るってさ」

 ユキが困ったように言う。

「うん、メシュには多少動きにくいほうがいいと思うぞ?」

 俺が言うとメシュがこちらを向く。

 恐らく抗議というか抗議を含めた疑問と言ったところだろう。

「『どうして?』って言ってるわよ」

 思った通りだ。

「お前はもう暗殺人形じゃないんだ。可愛い女の子として今後生きていけばいいんだから、動きがどうのこうのよりも、可愛さで服を選べよ」

 そう言いながら、俺はメシュの頭を撫でてやる。

 メシュは少しだけうつむいた。

「『ティルがそう言うならそうする』ってさ」

 メシュは本当に素直だな。

「……ところで、あたしも靴を買ったわよ」

 ユキは自分の足を見せる。

 そこにはさっきまでの軽い靴ではなく、多少重いがしっかりとして長時間歩きやすい靴があった。

「へえ、いい靴じゃないか」

「でしょう? まあ、あたしのスピードは少し落ちるかもしれないけど、でも、服が動きやすいからいいかなって思うのよ」

「そうか、なら問題ないな」

 俺が言うと、ユキ、あれ? という表情で俺を見返す。

「う、うん、だからね、動きやすい服を着てるから動けるかなって」

「? おう、さっきも聞いたぞ?」

 ユキが何かを期待するような目で俺を見ているが、俺は何の期待か分からないので、それに答える事は出来なかった。

「動きやすい服だと、何かまずいのか?」

「もういいわよ!」

 ユキは怒って出て行ってしまった。

 何なんだあいつ?

 俺はわけが分からないまま、出て行ったユキの背中を見ていた。

 すると、メシュも俺を見上げ、ふるふる、と首を振ってからユキの後を追った。

 一体何なんだ。

 わけが分からないまま俺も後を追いかける。

 ユキはしばらく不機嫌だったが、飯を食べに行った店がうまかったので機嫌が直った。

 単純な奴でよかった、と思ったらまた怒り出した。




 宿の部屋に戻る頃には、もう真っ暗だった。

 部屋には何本かのろうそくが立ててあり、薄暗くはあるが何とかどこに何があるか位は分かる。

「明日も早いし、さっさと寝るか」

「そうね。もうやる事もないし寝ましょうか」

 そうだな、こんな暗がりじゃやる事もないしな。

 …………。

「あんた、またやらしい事考えてるわね?」

「いちいち言うな! 考えたさ! 考えただけだろ!」

 いちいち俺の心を読むユキがうっとおしい。

「じゃ、俺が奥でいいんだな?」

 俺は一つだけ離れた奥のベッドを指差す。

「なんであんたが当たり前みたいに豪華なベッドになってんのよ。あたしが宿代払ってんのよ?」

 ユキが怒る。

 まあ、昼の話を考えりゃそうなるよな。

「別にお前が奥に行きたいならそれでいいけどな」

 こいつらの言うとおり、野宿と同じでただ、壁と屋根があるだけだ。

 ユキが豪華なベッドで寝たいというなら構わない。

 俺とメシュがこっちで寝ればいいだけだ。

「じゃ、ユキが奥に行くんだな?」

「…………」

 ユキはそれはそれで不満そうな顔をする。

「いいわよ、あんたが奥に行けば?」

 そう言うと、手前のベッドの一つに潜り込んだ。

「おう、じゃあ、そうする。おやすみ」

 俺はそこらのろうそくを消して暗くしてから奥へと向かう。

「俺もさっさと寝るか……」

 掛け布団をめくり、中に入り込む。

 こっちのベッドはかなり広い上に柔らかいな。

 ちょうど中心までたどり着いて、上を向いた。

「これはよく眠れそうだな……」

 俺は手足を大きく広げてみた。

「ん?」

 すると、左手が何か柔らかいものに触れる。

 それをまさぐってみると、どうも温かい。

 そんなサービスなのか?

 などと思っていたら、それはもぞもぞと動き出した。

「うわっ!」

 俺は飛び上がりそうになる。

 これは何かの生き物だ。

 暗くてよくは見えないが、何か生き物がいる。

 いや、これは……。

 この匂いは……。

「メシュ……か?」

 俺はその生き物に確認すると、もぞもぞと動く。

 おそらく、こくこくと首を縦に振っているのだと思うが見えない。

「何でこんなところにいるんだよ!」

 聞いてももちろん答えは返って来ない。

 出て行きもしない。

「ユキ! ちょっと来てくれ!」

 俺は少し離れたところにいるユキを呼ぶ。

「何よ、こっちはもう寝てんだからね!」

 だるそうな声が聞こえる。

「メシュが布団に潜り込んできて困ってる。話が通じないから何とかしてくれ」

「はあ?」

 ユキがこっちの部屋に来る。

「……ちゃんと暗いわね、うん、じゃ、入るわよ」

 入口でよくわからない確認をしたあと、ユキは部屋に入る。

 こちらからは見えないし、向こうからも見えていないだろう。

「何やってんのよ、メシュ? 向こうに行くわよ? どうしてもここがいいならティル追い出してもいいけど」

 いや……いいんだけど、本人の確認を取ってくれ。

「え? それは野宿だったからでしょうが。それに、あんたもうマントも買ってもらったし、今後は一人で寝られるでしょ?」

 ユキが何か話している。

 内容を想像したいが微妙に分からない。

「なんて言ってるんだ?」

「これまで一緒に寝て来たのに、どうしていきなり駄目って言われるのか分かってないみたいよ。それにこの子の寝る場所言わなかったでしょ? だから、当然一緒に寝るものだと思ってたみたいよ」

 いや、まあ、確かにメシュに「お前はここで寝ろ」とは言わなかったが、ベッドが三つあったら分かるだろうに。

 いや、メシュだからそれも致し方ないのか。

「メシュ、お前は向こうのベッドで寝ろ?」

 俺が言うと、メシュは少しだけためらうかのように間を空けて、ゆっくりと頷く。

 とりあえず、ベッドまでは連れてってやるか。

 そこらの床で寝ないとも限らないし。

「あー、メシュ、魔法でろうそく一本つけてくれ。暗くて何も見えない」

 俺がメシュに言うと、メシュが早速ろうそくの位置に移動する。

「わっ! 馬鹿! やめてよ!」

 ユキが慌てて騒ぎ出す。

 だがこちらも見えないので何の意味で騒いでいるのか分からない。

 とりあえず灯りをつけて確認するか。

「やめてって言ってるでしょ!」

 ユキが必死に何かを言う。

 俺はとりあえず、メシュがつけたろうそくの灯りで、ユキに何が起こっているのかを確認した。

「あ」

 俺はそう一言発することしか出来なかった。

「だから言ったでしょうがっ!」

 ユキはいつもの服やスカートを、寝るときには脱ぐようだ。

 つまり、今は下着のみの姿でしゃがんでいた。

「バカァァァァァ!」

 ユキは向こうに走り去っていったが、どこかの壁にぶつかったのか、大きな音がした。

「みんな恨む! みんな恨む! 呪えるだけ呪う!」

 やたら物騒なことを向こうで叫んでいた。

 しかし、一緒の部屋で寝ようと言い出したのはあいつだろう。

 なら、こんな自体も当たり前に予想できなかったものか?

 ていうか、露出度で言えば、服着てる時も大して変わらないと思うんだが。

 俺はメシュに向き直る。

「すまん、メシュ、わけあって俺は向こうには行けなくなった。一人で行ってくれるか?」

 こくこく

 メシュは灯りも持たないまま、向こうへと歩いて行った。

「あんたも恨む! あんたも恨む!」

 向こうでユキに絡まれていたが、まあ大丈夫だろう。

「あいつは百倍恨む!」

 物騒なユキの声を聞きながら、俺は目を閉じた。

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