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おさない、かけない、しゃべらない  作者: 真木あーと
第二章 長い夜と秘密の朝
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第一節 女の子二人との夕暮れ

 翌日、峠を抜けた俺たちは、町に寄らずに進んだ。

 直近の町なら、ユキの指名手配があるかも知れないからな。

 まあ、携帯食も十分にあるし、朝早めに出てきたから、次の町までも今日中に到着するだろう。

「ところでさ、ティルはなんで旅なんてしてるの?」

 いきなりと言うか、今更というか、ユキがそんな事を聞いてきた。

 いつの間にか俺の呼び名を勝手に略してやがるし。

「いや、俺は使いをしてるだけだ。別に旅人じゃないぞ?」

「使いってどこに?」

「王城にだ。とある密書を届けるために旅してるんだ」

 あまり大きな声で言うのもはばかられる。

 だが、ここは平原の道中だ。

 地平線が見えそうなほど辺りには道以外には草と花、あとまばらに木があるだけで、人影は見えない。

 こんな所で誰かが聞いているかを警戒するのも馬鹿らしい。

「ふーん。凄いね。ティルは王様に仕えてるの?」

「いや、俺は田舎の剣士道場の内弟子だけど。ま、色々あってな」

 説明するのも面倒だし、それにどこまで話してもいいものか分からないので、そのあたりは言葉を濁しておいた。

「じゃ、王城に兵として雇ってもらって城下町で暮らせば? あたしもそこで一緒に暮らすから!」

 名案を思いついたようにユキが言う。

「いや、独立しろよ」

「えー、いきなり独り立ちは無理に決まってるじゃない。そこは、ティルがあたしの更正を手助けしてくれないと!」

 当然のような態度で言われても困る。

「改心させた人間には責任があるのよ!」

 なんだよそれ。

 論理がさっぱりだが、そもそも王城で雇ってもらうなんていうのはそんなに簡単なものじゃないだろ?

 ああ、そう言えば密書に兵士志願と書いてもらってあるのを思い出した。

 それが功を奏して兵士になれたとして、ユキを養う理由がない。

 俺が働いて、ユキを養う?

 まるで夫婦みたいだな。

「あ……」

 俺の心を読んでいたユキが、初めてそれに気づいたように声を出し、顔を染める。

 ま、そうなったとしても二人って事はないしな、メシュがいるし──。

 いや……。

 そうだった。

 メシュは王城に引き渡すために連れて来ていた事を思い出した。

「ええっ!? 何で引き渡すのよ?」

「いや、元々王城で保護してもらうために連れて来てるんだから仕方がないだろ?」

「だとしても! こんなに感謝とか尊敬とかされてるのに突き放すって言うの? ひどい男ね、ティルは! あたしの事も無責任に突き放すし!」

 いや、ついでに自分を含めるなよ。

 俺だってユキの言ってることは分かってるんだよ。

 メシュは可愛いと思うし、心が一応双方向になって愛着もある。

 あっさり王城に引き渡すのには抵抗がある。

「でもなあ……」

 俺から見れば、ちょっと感情表現が苦手というか出来なくて、ちょっと人殺しが得意なだけの女の子なのだが、普通に見れば王の暗殺計画を企む組織の暗殺者(アサシン)なんだよな。

 保護してもらって、王国の最高魔法で表情も声も元に戻してもらって、洗脳もきちんと解いてもらって、生きて行ったほうが幸せなんじゃないかなと思う。

「そんな正論聞きたくないわ!」

「いや、言ってないし」

 まあ、どうあれこれはもう、俺が変えるわけにもいかない事だ。

 俺は言いつけに従う事でメシュに出会ったんだからな。

「ひどい! 鬼! 悪魔!」

 俺の心を勝手に読んで、勝手に怒るユキ。

「こんな悪魔を世に放てないわ! あたしが監視する! とりあえず城下町に住むところから!」

「色々便乗するな!」

 なんかもう、考えるのも面倒になった。

 ユキはユキで人の心勝手に読みやがって。

 腹が立つから、俺の表層心理で攻撃してやるか。

 好きだ、ユキ。

「え?」

 愛してる、ユキ。

「な、なっ!」

 今すぐ抱きしめたいぞ、ユキ。

「ちょ、ちょっとちょっと! 何よいきなり!」

 お前と一緒に城下町で暮らすのが楽しみだ!

「やっ! その……あのっ!」

 案の定顔が真っ赤になって、慌て戸惑うユキ。

 お前の、お漏らしする姿は素敵で仕方がない!

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 触れられたくない事実に触れられ、大声で叫ぶユキ。

 人の心を読めるってのは、必ずしも便利ってわけじゃないな。

「か、か、からかったの!? よくも、人の純情を!」

 真っ赤な顔のまま、俺に襲いかかるユキ。

 叩かれるのを覚悟したが、襲いかかっては来ない。


 ぎゅっ


「!?」

 俺が感じたのは痛みではなく、温もりと柔らかさ。

 いきなりユキに抱きしめられていた。

「な、なんだよいきなり?」

「ふふふふ、あたしに抱きしめられて、恥ずかしい妄想をするといいわ。それを逐一大声で叫んでやる!」

「なっ!? や、やめろ!」

「ああん、暴れないで!」

「変な声出すな!」

「なになに、『こいつ、いい匂いしやがる』ふーん」

「やめろぉぉぉぉっ!」

 俺は変な妄想をしないように大声で叫んだり無になったりしたが、やっぱり妄想して全てユキに声を出して読まれた。

 俺とユキの大騒ぎを、メシュは黙って見ていた。

 違うんだよメシュ、これはな、男として仕方がないことなんだ!

 そんなやり取りをしていながらも、歩みは止めなかったおかげで、日が暮れる前に町へとたどり着くことが出来た。

 ここら辺の町は街道沿いにあるため、必ず宿の一軒や二軒はある。

 俺の住んでいた町は、街道から山一つ越えたところにあるが、それでも宿屋は一軒あった。

 まあ、あそこは農家が合間にやってるだけで、寝床を貸すだけのところだったがな。

 だが、この町は街道と街道が交差している場所に位置している関係上、町も大きく、宿屋も専業のが複数あるようだ。

「なるべく安いところを探すぞ。値段が一番安いところを探して、更に値段交渉だ」

 町に到着し、宿を探そうという事になって、まず最初に俺はそう言った。

「? 何よ、そんなにお金持ってないの? しょうがないわね──」

「いや、お前が増えたせいでな!」

 俺は多少嫌味を交えて言ってみる。

「な、なによ、宿代くらいあたしも出すわよ……」

 さすがにそこまでは図々しくなかったのか、ユキが気まずそうに言う。

「だとしてもだ、二部屋借りるとなると結構かかるからな、なるべく安いほうがいいだろう?」

「へ? なんで二部屋も取るのよ?」

 ユキが心底不思議そうに聞く。

「何でって、お前とメシュの部屋と俺の部屋の二つだ。いくらお前が自分の分担払うと言っても俺は二部屋分──」

「一部屋じゃなんで駄目なのよ? あんた変な病気持ってんの?」

 俺の言葉をさえぎるように、ユキが更に聞く。

「いや、持ってないけどさ……」

「じゃ、二部屋も取る意味なんてないわよね?」

 ユキが「何言ってんのこいつ」みたいな目で見ているが、俺としては同じように「何言ってんだこいつ」みたいな目で見返したいところだ。

「いや、お前って一応年頃の女の子だろ? 男と一緒に寝るのに抵抗くらいあるんじゃないのか? メシュもそうだろうし」

「あのね、一緒に寝るって、ベッドは別々よ?」

「知ってるさ。でも同じ部屋だろ?」

 何か話がかみ合わないな。

「それって昨日の野宿と何が違うのよ?」

 俺の男女観念がおかしいのか?

 確かに俺は田舎者だが、大体こういう意識は共通だと思ったんだがな。

「いや、野宿と宿は違うだろ」

「同じじゃない、ベッドがあって、壁があるだけで。他に何が違うの?」

 あれ? 俺が変なのか?

「メシュだって別々の部屋は寂しいって思ってるわよ?」

「……そうなのか?」

 こくこく

 メシュが頷くので見事に二対一となった。

 男女逆じゃないかこういうのは。

「まあ、お前らがいいのなら、俺は一向に構わないけどな」

 まあ、女の二人がいいと言うなら、男の俺が強固に反対する理由はない。

 二人が嫌がらないのなら俺の方は全く構わな……いや、ちょっと待て!

 確かに俺が構う理由はない。

 女の子である二人と同室で寝られるならそれは悪くない。

 が、それは同時に俺の心は何を思うか、ということだ。

 そう、ユキは心が読める。

 もし俺が変なことを考えようものなら、あいつに一生頭が上がらなくなってしまう!

 それはまずい。

 とてもまずい。

 もし俺が城下町に住み着くとして、あいつに寄生される生活が現実化してしまう!

「なあ、ちょっと待──」

「よし、今日はあたしのおごりよ! いい宿取ってのんびりしましょ!」

 俺の言葉をさえぎって、ユキがメシュに言う。

 メシュは勢いよくこくこくとうなずいていた。

「あ、おい……」

「じゃ、探しに行くわよ、一番大きな宿をね!」

 ユキとメシュは俺を半ば無視して歩き出した。

 一部屋に泊まる事は確定してしまったようだ。

 もう、諦めるしかないのか。

 そう思った瞬間、ユキがメシュに見えないように俺を振り返り、にやり、と笑った。

 くっ、あいつはわざと無視したってことか。

 俺の思考を読んだ上で、わざと強引に事を運んだのかよ。

 しかもメシュまで仲間に引き入れやがった。

 これは痛い。

 心を読めないメシュは俺の心の思考を理解していない。

 だから、奴はメシュを引き込んで大きなことを言ってメシュを期待させる。

 いい部屋に泊まる、三人で泊まる、そんな期待を抱いてしまったメシュ。

 俺がメシュの期待を裏切れないと踏んだ上でだ。

 その思惑通り、俺はメシュの期待は裏切れない。

 まずいな、俺はこのまま奴の策に乗って、部屋で変な妄想をしてこいつに弱みを握られるしかないのか……。

 そんな事を考えている間にも、ユキは町の中心にある大きな宿を見つけ、躊躇なく中に入って行った。

「何してんの? さっさと入るわよ?」

 入り口で躊躇していた俺は渋々中に入る。

「三人部屋で一泊お願いね。高い部屋と安い部屋があったら高い部屋で」

 料金の確認もなく、ユキは馬鹿でかい事を言い放つ。

 どこの富豪が来たのかと思うだろう、その言い方は。

「かしこまりました。それではご案内いたします」

 ライバル宿が多いためかやたら低姿勢の使用人に案内される。

 客商売だから当たり前だろう、と思う者は田舎の店と言うものを知らな過ぎる。

 特に宿屋なんかは「泊めてやるんだから金払えよ」という態度のところも多い。

 いや、俺の町の宿屋がそんな感じなのだが。

 だから、こんな態度が新鮮ではあった。

 が、この使用人の俺を見た一瞬の表情に「このハーレム野郎が!」という感情が見えたのは気のせいだろうか。

「似たような事は考えてたわよ」

「言わなくていい」

 ユキの報告に俺は落ち込んでしまった。

 俺の方が食われる側なのだと説明したいが、いきなりそんな事を言い出すのもただの変な奴だ。

 ……まあ使用人くらいは仕方がない。

「こちらでございます」

 案内された部屋は、やたら広く、三人どころか十人くらいは寝泊りできそうな部屋だった。

 入り口に近い方にベッドが二つ並んでおり、奥の部屋にもう一つ豪華なベッドがある。

 おそらく金持ちと従者が泊まるための部屋なのだろう。

 まあ、こんな部屋に泊まる奴は確かにハーレム野郎と思われても何の弁解もしようがない。

「お食事は別料金でこちらにお運び出来ますがいかがいたしますか?」

「んー、それはいいわ」

 ユキはそれを断り、使用人にチップを手渡す。

 使用人は頭を下げて出て行った。

「ふう……」

 俺は荷物を置き、マントを脱ぐ。

 ユキも同じようにマントを脱いで、壁にかける。

 元々軽装と言うか薄着のユキは、マントを脱ぐと目のやり場に困るくらいの露出だ。

 袖のほとんどない服の裾はへそが見えるほど短い。

 スカートも短い。

 そんな事を考えてしまうから、この読心悪魔が調子に乗って俺を玩具にしようとするんだが、別に見えるものを見ているだけだ。

 お前の未発達な肉体になんて何の興味もないんだよ。

「何て事言うのよ!」

「言ってないから」

「あれだけ欲情しておいて、よくもそんな事が言えるわよね! いちいち言うのも面倒だったけど、今日ここに来るまで匂いがどうとか首筋がどうとか、太ももがどうとかどれだけ──」

「ごめんなさい、許してください」

 俺は素直に頭を下げた。

 もう俺はこうやって生きていくしかないのか……。

 いや、欲情とか別にして、目の前に女の子がいたら、男なら誰だってそんな事考えるだろ?

 俺がユキやメシュといることで、どれだけそんな事を考えたのか分からない。

 けど、俺はそれを全く外に出してないし、実際メシュは何も知らない。

 それでいいじゃないか。

 男がそんな事を考えなくなったら人類は消滅するんだぞ?

 心で思ってるだけなら誰にも迷惑かけないし。

 一度迷惑かけてやろうかこいつ。

「出来るの? あんたに」

 馬鹿にしたように、ユキが笑う。

 俺がこいつに心を読ませていたのがどうもばれた。

 そして、心が読めるからこそ俺がそんな事出来ないことまでばれている。

 くそっ、そうなると手がない。

 いや……果たしてそうか?

 思い出せ、昼の攻勢を!

 そうだ、こいつは表層心理しか読めない。

「?」

 俺は、ユキの肩を掴むと、一気にベッドに押し倒す。

 ユキは驚いた顔をするが、それでも余裕を持っている。

 俺が何もしないと心を読んで分かってるからだ。

 よし、ここで妄想だ。

 こいつは俺が常にいやらしい事を考えてると思ってる。

 だが、それはただの平常時の思考に過ぎない。

 しかも今、弱みを握られないために最小限しか考えてない。

 だが、男を舐めるなよ?

 男が本気で妄想すれば、お前なんて恥ずかしさで殺せるんだ!

 最大限の妄想をユキにぶつけてやる!

 想像しろ。

 妄想しろ!

 俺はこれからユキを抱く!

 これは今日、こいつと結ばれるんだ!

 いや普通のやり方じゃない。

 熟練した奴らでも頬を染めるほどのいやらしい事を目一杯してやるぞ!

 そんないい匂いしてるのが悪いんだ。

 こんな柔らかい身体が悪いんだ!

 もう抑えきれない!

 さあ、抱いてやる、激しくな!

 明日動けなくて、もう一泊するくらいな!

「わっ! ちょ、ちょっと待って! 分かったわよ! やめて!」

 ユキが慌てる。

「覚えとけ、男は一度走り出すと止まらないんだ!」

 俺は押し倒したユキに覆いかぶさって抱きしめる。

 ああ、小さいな、柔らかいな、いい匂いだな!

「やめて! ごめんなさい! 許して!」

 やがて俺の心理に本気を感じ、泣いて懇願するユキ。

 ふふふ、勝ったな。

 俺はユキを離してやる。

 ユキは涙目で少し上気して、力なく横たわっている。

「これに懲りたら舐めた口を叩かない事だな」

 俺は格好よく立ち上が……ろうとして、前かがみでそばの椅子に座る。

 うん、俺も表層心理では本気だったからな。

 ま、表層心理しか読めない事がユキの敗北だ。

 俺も心理戦を巧みに利用して戦えるようになって来たということか。

 師匠、俺、また強くなったよ。

「あの……それもみんな読めてるんだけど。あと、これ、心理戦じゃないと思うわよ……?」

 敗北者のツッコミが痛い。

 まあ……いい。

 俺は勝った。

 見ろ、この敗北者の惨めな……すが、た……。

「……何でまだ、いやらしい事考えてるのよ?」

 ユキが慌てて起き上がり、スカートの裾を押さえる。

 そんな恥じらいの姿がまた、妄想をかき立てる。

「いや、だから、さっき言っただろう、男は走り出すとそう簡単に止まれないんだよ……」

 一度トップレベルの妄想をしたら、それが収まるには時間がかかる。

 しかも、目の前にはまだユキはいるし、その仕草一つ一つが気になって仕方がない。

「ちょっと、さすがにそれは妄想し過ぎじゃない?」

 わかってるさ!

 でも止まらないんだよ!

 止めよう止めようと思うと更に深みにはまっていくんだよ妄想って!

「ちょ……あんた……あたしのそんなの……飲……」

「言うなぁぁぁぁぁぁ!」

 俺は叫ぶ事で妄想を追い払おうとしたが、決して妄想は消えていかなかった。

 結局、俺の妄想は、あまりにもひど過ぎて、ユキの弱みのネタにすらならなかったのは幸いと言ってもいいものだろうか。

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