第9話 合宿初日
朝6時半。高校グラウンド隅の宿泊棟に、少しずつメンバーが集まりだした。
今日から3日間、合宿。
ゴールデンウイーク中なので、毎年参加は結構自由。今年も参加者は半数だ。
「おはようございま〜す!」
よく通る声で遠くから叫んでいるのは由浅だ。後ろに山之辺がデカイ図体で番犬のように歩いている。更にその後ろから…控えめな様子で由紀ちゃんが歩いてくる。…かわいい。
「由紀ちゃんマジかわいい」
思わずつぶやいたら、高橋が俺の耳元で囁いた。
「佐々木先輩も狙ってるぞ」
俺は眉をひそめて囁き返す。
「そうなんだよな〜。でも俺の方がいいと思わねぇ?」
「…俺はお前のこと知ってるから分かってるけど、お前は評判悪いからなぁ」
…そうなのだ。
なぜか俺は『遊んでる』というレッテルを貼られてしまっているのだ。
「なんでかなあ」
俺が首をひねると、高橋は俺の後ろ頭を叩いた。
「誰にでも気安く声掛けるからだろーが。今度遊ぼ〜?とか」
「あんなの、挨拶だろ?ホントに遊びに行ったりしないぜ」
「それそれ、その気にさせて、告白されたら断るだろ。断られた方は恨むぞ」
高橋の言い草に反論しようとした時、クリリンが現れた。
「おはよう!」
「おはようございます!」
みんなが口々に挨拶をする。
そうだ、今日こそクリリンと由浅の稽古が拝めるぞ。
と、その前に、俺も稽古をつけてもらわねば。ちょっとここ2〜3日本当の意味で「フットワークが良く」て身体が軽い。今日こそクリリンから完璧な面を一本奪いたい。
クリリンが宿泊棟の鍵を開け、みんながゾロゾロと中へ入っていく。
入ってすぐはホールになっている。そこにみんなが荷物を一旦置いて、クリリンの周りに輪になった。
「おはようございます。今日から合宿ですが、まだ5月で朝夕は寒くなります。風邪を引かないように気をつけて、しっかり稽古に励んでください。明日は東高校の下山先生と、貝掛高校の春日先生がいらっしゃいます。お二人を飽きさせないように、次々稽古を申し込むように!」
後半はちょっと笑いながら話している。楽しそうだ。
「部屋割りは昨日部長から配ってもらった通りです。消灯は11時とします。以上です。よろしくお願いします」
『よろしくお願いします!』
みんなの声が揃って、それから一旦解散した。7時半までに着替えて道場に集合だ。
男子の部屋割りは、大広間に雑魚寝。「部屋割り」とは言えない。
俺は適当に隅っこの方にカバンを放り投げて、とりあえず寝そべった。
「朝早いと眠いな〜」
そう言って、みんなが次々にゴロゴロと寝転がる。お約束の光景だ。
山之辺だけが入り口付近で三角座りをしている。その側に由浅がゴロゴロしているのが見えた。
山之辺…本当に由浅のことが好きなのかもな…。そういう感情ってよく分からないけど、今すごく優しい顔してる。こっちまで穏やかな気持ちになってしまうくらい…。
からかって悪かった…かな。
でも、クリリンの言ったことも気になるんだよな。
…何があったんだろう。
クリリンがそっとしておけと言ったのだからそっとしておいたほうがいいのだろう。
でも、理由を聞かされていない俺がその忠告を素直に受け入れる義務があるだろうか。
「山之辺〜ッ!」
俺は突然立ち上がって、山之辺の方へと走った。
「お前も寝ろ!」
全身でタックルして山之辺を倒した。
「わっ!阪中先輩何するんですか!」
案の定、山之辺は驚いてちょっと怒って起き上がろうとした。俺はさらに体重をかけて起き上がらせない。
山之辺の方が身体が大きいので、…つい本気になりすぎた。
「ちょ…ちょっと…苦しい…!」
スリーパーホールドが決まって山之辺が「落ち」かけた。
「あ、ごめん!」
慌てて身体を離すと、山之辺は咳き込んで、大きく肩で息をついた。ついて、それから…。
俺に四の字固めをかけてきた。まさか山之辺から技を返してくるとは思わず油断したせいで、キレイに決められてしまった。
「痛ッテぇ〜!山之辺、すまん、ギブギブギブ!!!」
「は〜、やっぱ山之辺は身体デカイから特だ」
解放され、大の字になって天井を見る。
「でも部室のドアで頭打ちますよ…」
山之辺の、その言葉に驚いた。
…ふふ、冗談言うようになったのか。
ニヤッと笑って奴を見たら、疲れた表情で目を閉じて横たわっていた。