第8話 謎
4月後半になると、新入生の入部も落ち着いた。
今年は男子が8名と女子5名。ま、ぼちぼちというところだ。
由浅が言ってた「由紀ちゃんのお友達」も入部してきた。横山華江といって…可愛いかどうかはさておき、なんだか雰囲気は「みんなのお姉さん」という感じだ。姉御っていうか…。体格は普通だが、妙なオーラが出ているのだ。逆らいがたい、というわけでもないのに、その場を決定してしまうような雰囲気が。
正直苦手。
でも由紀ちゃんとはクラスも一緒らしく本当に仲良しで、最近部室に来る時なんかも必ず一緒だ。
…由紀ちゃんゲットに向けて、またまた障害が発生したような気がする…。
障害といえば、佐々木先輩もどうも由紀ちゃんを狙っているような気がするのだ。
彼女がいるくせに…全く油断ならない。
俺の春はいつ来るのだろう…。
恋愛に関してはうまくいってない俺だが、剣道に関しては好調をキープしていた。
由浅が入ってきて、張り合いが出てきたことが一番の原因だと思う。
…俺って恋よりもライバルの存在で伸びるタイプ?ははは…。
ま、俺だけじゃなくて、新入部員の存在が2、3年生のやる気を引き出していることは確かなのだ。
それに最近は仕事が落ち着いたのか、クリリンも稽古に参加するようになった。体力なさそうに見えてもやっぱりすごくて、俺も技を軽く払われただけで身体が浮きそうになることがある。
そうなると注目は由浅だ…。俺だけじゃない、誰もが由浅とクリリンの稽古を楽しみにしているのだが…。
何故か二人のタイミングが合わず、まだ一度も稽古をしていないのだ。由浅が委員会で遅れてきたり、クリリンが教員会議で早く抜けたり…。誰かの陰謀かと思ってしまうほどなのだった。
「早く栗林先生と稽古がしたいなあ」
今日もクリリンと『すれ違った』由浅が、男子部室でこぼしている。
「そのうち嫌っていうほど稽古できるよ」
高橋がそう言って由浅の肩をポンポンと叩く。
「はい〜」
肩を落として着替え始める由浅を見ていると、ちょっとかわいそうに思うが、高橋の言うとおり、『すぐに』『いくらでも』稽古できるようになるだろう。
「クリリンも楽しみにしてるぜ、きっと。由浅の名前知ってたし」
佐々木先輩も励ましている。
最近、由浅にみんなが注目しているのを感じる。実力があるから…だけじゃない。他人を惹きつける何かを、由浅は持っている。多分由紀ちゃんにも無い何か…。
誰かに媚びるでもないのに、その様子を見ていたくなるのだ。素直だから?見た目が小動物っぽいから?…なんだろうか。こういうのもカリスマっていうのかな…。
もしも、もしも山之辺が本当に由浅に惚れているとしたら…ちょっとかわいそうだなと俺は思った。あんなに目立って、皆に愛されて、俺だったら気が気じゃないだろう。どこかに閉じ込めておきたくなるだろう。
そう考えると…側で黙って見ている山之辺はちょっと偉いかも。
でもその『側で黙って』の度合いが酷いか、あいつの場合。
「山之辺と由浅って…」
5月に入ったある日、教官室で俺はポツリとつぶやいた。本当に何の気なしに、その時思っていたことが偶然口から飛び出したのだ。
高橋が部活を休んでいて、代わりに鍵を返しに来た時だった。
「どうしたんだ?」
俺に背を向けて仕事をしていたクリリンが、椅子ごと振り返った。
「…え?俺、なんか言いました?」
「言ったよ『山之辺と由浅』がどーのって。何か気になるの?」
「いや、なんであんなにベッタリなのかなと思って…」
正直に答えると、クリリンはちょっと考えるような仕草をして、それから言った。
「阪中、その件だけど…しばらく様子見てやる…っていうか…そっとしておいてあげてくれないかな」
「…え?」
俺は驚いた。稽古にもほとんど来ていないクリリンが、あの二人のことで何か意見してくるとは思ってもみなかったからだ。
「…何か知ってるんですか?」
俺は訊いてみたが、クリリンはそれには答えなかった。
「…4月に山之辺とちょっとぶつかったって聞いてるよ」
「それは…」
俺は言葉に詰まったが、クリリンは構わず続けた。
「阪中が正しいんだろうなって思うよ。俺は前島と山之辺がどれくらい『ご一緒』してるか見てないけど、ちょっと異様だと他の先生からも聞いてるし…」
「じゃあどうして」
「…まあ、とにかくもうちょっとだけ…様子をみてやって…」
珍しくはぐらかすようなクリリンの態度に、俺は正直苛立った。生徒と同じ目線でなんでも話してくれていたのに。
「…理由を聞かなきゃ納得できませんよ」
「…そう言うと思ったから今まで黙ってたんだけどな」
クリリンはそう言って大きなため息をついた。
「時期がきたら話す、それじゃ駄目かな」
「……」
全く納得できなかった。
でも、クリリンがこんなふうにお願いをしてくることも珍しい。俺は言葉を失った。
何だろう?先生や学校を巻き込むような何かがあったのか?
由浅を軸にして、俺の中で「不思議に思うこと」が積み重なっていく気がする。
なのに由浅本人は全く屈託のない様子で俺になついているのだ。