第5話 核心
あれは、なんなんだろうなあ…。
山之辺の妙な発言と態度が気になって、なんとなく落ち着かない。
由浅が道着に着替えていたりすると、なんだか自分がそれを変な目で見ているんじゃないかと思ってしまう。
それに加えて由浅と会話しているだけでも、どこかで山之辺がチェックしている気がして、早くその場を立ち去りたい気持ちになる。
…あ〜あ、なんかブルーだ。
由浅といえば、話してみたら結構な剣道オタクだった。5年前の全国大会の、決勝のあの技がどうだったなんて話をよく聞く。
俺もそういうのが嫌いじゃないんで、ついつい話に乗ってしまうのだが…。
楽しく話していると、無口な山之辺の視線が鋭く痛い。
…あのねえ、俺はお前とは違うぞ。かわいくても男の由浅には全く興味がないからな!
今度、それを言う機会があったら、そう言い返そうと思う。
そして、由紀ちゃんとも、特に何にもなくて寂しい。
由紀ちゃんは、いつも俺のお茶の誘いを笑ってかわす。
「由紀ちゃん、次の日曜日、暇?」
と、聞いても彼女はニコニコしているだけ。
「由紀ちゃん、今日は帰りにどっか寄らない?」
と、言ってみても、やっぱり笑っているだけなのだ。
…やりがいなし…。
由紀ちゃん、好きな奴いるのかもな〜。…もしかしたら、彼氏がいるかも…。
どうしたもんかなあ…。コレって今は剣道に打ち込めってことか?ま、それはそれで楽しいんだけどさ。
「98年の石原5段が準決勝でツバゼリ(注:つばぜり合いの意)から面払いゴテ決めたでしょ!あれはシビレましたよ〜」
「ああ、あれはカッコよかったよなぁ…。でも俺はあの大会だったら3回戦の松前4段の…」
「あッ!コテ面面をかわした後の払い面でしょ〜!」
稽古後の由浅との会話はだいたいこんな感じで、山之辺が心配するよなことはないし、色気もクソもあったもんじゃない。
「僕ねえ、あの試合のビデオだけ、テープが弱っちゃって、もう見られないんですよ…」
由浅がしょんぼりと言う。
「俺持ってるけど」
そう言うと「えっ!」と叫んで顔を上げた。
「か、貸してもらえませんか!」
「いいよ。また持ってくるよ」
由浅が感激している。
「僕ねえ、僕くらい剣道の資料集めてる奴いないと思ってたんですよ、阪中先輩に会うまで。…敵わないなあ…」
「なんか自然と集まったんだよ。由浅みたいにコレクターってわけじゃないし。俺だってお前みたいなのがいるなんてビックリだよ」
そしたら、由浅が思い切ったことを言ってきた。
「先輩、僕一度先輩の家に行ってみたいなあ…」
山之辺の一件で、意識してなくもなかったから、ちょっとこの一言には色気を感じて焦ってしまった。
案の定、部室の隅で山之辺が頭の上に「!」マークを100個くらい出して怒っているのが見える。それが面白くて、ついついOKしてしまった。
「次の日曜、来る?」
「えっ!いいんですか!」
目の端で、怒り狂っている山之辺の姿を見ながら、すごく意地の悪い気持ちになって楽しい。
「由浅だったらいつでもOK」
山之辺を見ながら、わざと由浅の耳元で言ってやった。
奴がダッシュでこっちへ来た。
わはははは。
殴られそうになったのを、由浅の一喝が止めた。
「総司!」
その一言で、山之辺の動きが止まる。
「…すまん」
山之辺は、そうつぶやくと部室から出て行った。俺と由浅以外の部員は、何が起きたか全く分からずあっけにとられている。
「すいません」
なぜだか由浅が俺に謝った。
「なんでお前が謝るんだ」
俺はちょっと笑って言った。
「俺が山之辺をわざとからかったんだよ」
その言葉に、由浅は驚いたようだった。
「先輩…?」
「山之辺がコッチ見てたから。わざと怒らせたんだ…面白がって」
「先輩…」
由浅が何か言おうとして止めた。
「早くお前ら、お互いに自立しろよ」
そう言ってやったら、由浅は下を向いた。
「阪中、俺ら先に出るから、鍵頼むわ」
なんとなく状況を理解したのか、高橋が気をきかせてそう言った。俺の肩をポンと叩いて出て行こうとする。もちろん他の部員も引き連れて。
「いいよ、俺らももう帰るから。なあ、由浅」
こんな状況で二人残されても困るので、俺も出て行くことにした。
何の気なしに言ってしまったが、二人の核心を突いたのかもしれない。
…過去に何かあったんだろうか。
いや、それは俺の知ったこっちゃない。自立をするべきなのは確かで、俺は間違ったことは言っていない。それは恐らく高橋も感じたからこそ、茶々を入れずに引き上げようとしたのだろう。