第4話 山之辺総司
やっぱり…。
素振りの後の打ち込み稽古を終えると、山之辺が俺の前にやってきた。
「お願いします」
そう言われて俺も「お願いします」の言葉を返す。
構える。
由浅に感じたほどの緊張感はない。
というより、これが普通の中高生だと思う。
…由浅がおかしいのだ。
それにしても…やっぱりデカい。俺は177cmだから…差は5cmか。5cmの差は大きい。多分まともに試合したら、面が決まらない可能性が高い。
技が一本として成立するには、竹刀が当たる角度も大きく影響する。身長差があればあるほど、面は決まり技になりにくい。
コテを狙うか、それとも山之辺の体勢を崩して面を狙うか。
間合いを、普段より少し離した。身体が大きいということは、それだけ遠くから技が出る可能性が高いからだ。
とりあえず相手の出方を待った。わざと少し手首の力を抜いて山之辺を誘い込む。
「…コテェッ!」
誘われた山之辺がコテを狙って飛び込んできた。
それを払って、技を返す。
「面〜ッ!!!」
…やっぱり、身長差の分で決まらなかった。
間合いを切る。
構えて…。
何が何でも面を奪ってやる。
そんな気持ちが湧いてくる。
相手はこないだまで中学生だったんだぞ、と思いながらも、なんとなく漂う挑戦的な態度に乗せられる。
「コテッ!面!面ッッ!!!」
連続技で山之辺を追い込みながら、体勢を崩れさせていく。
山之辺が必死でこちらの攻めをかわしていく。
つばぜり合いから…。
……。
さあ、どうする!?山之辺!
お前が稽古をつけてくれと来たんだろ!?
お前が挑発してきたんだろ!?
さあ、俺を負かしてみろ!!!
「コテェェェェェッ!!!」
「ッッシャァッ!!!」
山之辺のコテを払い落とし、追いかけて技を出す。
「面ッッッ!!!」
くそっ!届かねぇッ!
もっと奴の体勢を崩さねば…。
今のタイミングでコテなら決まっていただろう。でも今日の俺は面に固執した。
高いところから出てくる技をかわし、払い、いなして返し技を繰り出す。
目標がある稽古は面白い。
面白いぞ、これは…。
練習後、顔を洗っていたら、声をかけられた。
「阪中先輩は、どうして胴を打たれないのですか」
山之辺だ。
「胴は、試合の時なかなか一本と認めてもらえないからキライなんだよ」
率直に答えると、山之辺は少し微笑んだように見えた。
「先輩は強い…由浅はずっと先輩に会いたがっていたんです」
…そうなのか?
ちょっと不思議に思って山之辺を見た。山之辺は真面目な顔でこちらを見ていた。
「昨年の秋の大会、阪中先輩が決勝に進んだ方が面白い試合になったのに、と言っていました」
「…見に来てたのか?」
「はい。由浅と僕とで」
…こいつら、めちゃめちゃ剣道が好きなんだな…。
「ははは、恥ずかしい試合を見られたなあ」
俺はちょっと茶化した。あの日の試合は、あまり見せられたものではなかった。
「いいえ。準決勝の清原さんの剣道は、ちょっとずるかったと僕も思います」
清原というのは、準決勝で俺を負かした相手だ。
「…いいよ、負けは負けだから。次は勝つさ」
あんまり思い出したくなくて、俺は笑って歩き出した。その俺の背中に向かって、山之辺は思わぬ一言を放った。
「それでも、阪中先輩の由浅を見る目は信用できません」
俺は振り返った。
「何ソレ。…どういう意味だ?」
ムッとして、俺は聞いた。
「どうもこうも、そのままの意味です」
山之辺もひるまず、俺を見下ろしている。稽古のときよりも気迫を感じさせた。
「…わからんな」
正直、ちょっとビビったが、俺は先輩としての面子を潰さないよう、用心しながら答えた。
「…わからなけらば、別にいいです。すみませんでした」
山之辺はそう言って俺に小さく礼をした。
「また稽古つけてください。お願いします」
そう付け足して、奴はその場を離れていった。
山之辺から、今日は面を奪うことはできなかった。
あの身長差を克服するには、もう少しかかりそうだ。でも、それがいい稽古になる。
山之辺も、やはり弱くはない。この前由浅と稽古していなかったら、油断して負けていたかもしれない。
それにしても…。
今日は確かに着替えをしている由浅を、無意識にぼんやり見ていたし、素振りの時も「いい素振りだ」と思ったから見ていた。それをあんなふうに言われるとは…。
『由浅を見る目は信用できん』ってことは、やっぱアレだよな、俺がエロい目で由浅を見てたと誤解されたってことだよな。
そんなこと、思うか?普通。
裏を返せば、山之辺がいつもそういう目で由浅を見ているって事じゃないか?
…まさか、できてるとか…。
あいつら、いっつも一緒だよな…。
そうか、できてるのかも知れないな…。
いや、こないだまで中坊だったんだぞ。それはないだろ。
まさか。
そんなこんなを、そのまま水場で考え込んでいた。
「阪中先輩!お疲れ様です!お先に失礼します!」
元気な声にハッと顔を上げると、由浅が帰るところだった。
…由紀ちゃんに似ていて、かわいい。挨拶は元気。性格も素直でよろしい。
しかし、隣にはもちろん山之辺がいて、俺を観察するような目で見ていた。
「おお、お疲れ」
俺はそう答えた。由浅がニッコリと笑い…。
山之辺と、目が合った。
俺は山之辺を睨んだ。
山之辺は、静かな表情で、何もなかったように俺に小さく礼をした。