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ルール違反  作者: 石井至
4/13

第4話 山之辺総司

 やっぱり…。

 素振りの後の打ち込み稽古を終えると、山之辺が俺の前にやってきた。

「お願いします」

 そう言われて俺も「お願いします」の言葉を返す。


 構える。

 由浅に感じたほどの緊張感はない。

 というより、これが普通の中高生だと思う。

 …由浅がおかしいのだ。

 それにしても…やっぱりデカい。俺は177cmだから…差は5cmか。5cmの差は大きい。多分まともに試合したら、面が決まらない可能性が高い。

 技が一本として成立するには、竹刀が当たる角度も大きく影響する。身長差があればあるほど、面は決まり技になりにくい。

 コテを狙うか、それとも山之辺の体勢を崩して面を狙うか。

 間合いを、普段より少し離した。身体が大きいということは、それだけ遠くから技が出る可能性が高いからだ。

 とりあえず相手の出方を待った。わざと少し手首の力を抜いて山之辺を誘い込む。

「…コテェッ!」

 誘われた山之辺がコテを狙って飛び込んできた。

 それを払って、技を返す。

「面〜ッ!!!」

 …やっぱり、身長差の分で決まらなかった。

 間合いを切る。

 構えて…。

 何が何でも面を奪ってやる。

 そんな気持ちが湧いてくる。

 相手はこないだまで中学生だったんだぞ、と思いながらも、なんとなく漂う挑戦的な態度に乗せられる。

「コテッ!面!面ッッ!!!」

 連続技で山之辺を追い込みながら、体勢を崩れさせていく。

 山之辺が必死でこちらの攻めをかわしていく。

 つばぜり合いから…。

 ……。

 さあ、どうする!?山之辺!

 お前が稽古をつけてくれと来たんだろ!?

 お前が挑発してきたんだろ!?

 さあ、俺を負かしてみろ!!!

「コテェェェェェッ!!!」

「ッッシャァッ!!!」

 山之辺のコテを払い落とし、追いかけて技を出す。

「面ッッッ!!!」

 くそっ!届かねぇッ!

 もっと奴の体勢を崩さねば…。

 今のタイミングでコテなら決まっていただろう。でも今日の俺は面に固執した。

 高いところから出てくる技をかわし、払い、いなして返し技を繰り出す。

 目標がある稽古は面白い。

 面白いぞ、これは…。



 練習後、顔を洗っていたら、声をかけられた。

「阪中先輩は、どうして胴を打たれないのですか」

 山之辺だ。

「胴は、試合の時なかなか一本と認めてもらえないからキライなんだよ」

 率直に答えると、山之辺は少し微笑んだように見えた。

「先輩は強い…由浅はずっと先輩に会いたがっていたんです」

 …そうなのか?

 ちょっと不思議に思って山之辺を見た。山之辺は真面目な顔でこちらを見ていた。

「昨年の秋の大会、阪中先輩が決勝に進んだ方が面白い試合になったのに、と言っていました」

「…見に来てたのか?」

「はい。由浅と僕とで」

 …こいつら、めちゃめちゃ剣道が好きなんだな…。

「ははは、恥ずかしい試合を見られたなあ」

 俺はちょっと茶化した。あの日の試合は、あまり見せられたものではなかった。

「いいえ。準決勝の清原さんの剣道は、ちょっとずるかったと僕も思います」

 清原というのは、準決勝で俺を負かした相手だ。

「…いいよ、負けは負けだから。次は勝つさ」

 あんまり思い出したくなくて、俺は笑って歩き出した。その俺の背中に向かって、山之辺は思わぬ一言を放った。

「それでも、阪中先輩の由浅を見る目は信用できません」

 俺は振り返った。

「何ソレ。…どういう意味だ?」

 ムッとして、俺は聞いた。

「どうもこうも、そのままの意味です」

 山之辺もひるまず、俺を見下ろしている。稽古のときよりも気迫を感じさせた。

「…わからんな」

 正直、ちょっとビビったが、俺は先輩としての面子を潰さないよう、用心しながら答えた。

「…わからなけらば、別にいいです。すみませんでした」

 山之辺はそう言って俺に小さく礼をした。

「また稽古つけてください。お願いします」

 そう付け足して、奴はその場を離れていった。


 山之辺から、今日は面を奪うことはできなかった。

 あの身長差を克服するには、もう少しかかりそうだ。でも、それがいい稽古になる。

 山之辺も、やはり弱くはない。この前由浅と稽古していなかったら、油断して負けていたかもしれない。

 それにしても…。

 今日は確かに着替えをしている由浅を、無意識にぼんやり見ていたし、素振りの時も「いい素振りだ」と思ったから見ていた。それをあんなふうに言われるとは…。

 『由浅を見る目は信用できん』ってことは、やっぱアレだよな、俺がエロい目で由浅を見てたと誤解されたってことだよな。

 そんなこと、思うか?普通。

 裏を返せば、山之辺がいつもそういう目で由浅を見ているって事じゃないか?

 …まさか、できてるとか…。

 あいつら、いっつも一緒だよな…。

 そうか、できてるのかも知れないな…。

 いや、こないだまで中坊だったんだぞ。それはないだろ。

 まさか。



 そんなこんなを、そのまま水場で考え込んでいた。

「阪中先輩!お疲れ様です!お先に失礼します!」

 元気な声にハッと顔を上げると、由浅が帰るところだった。

 …由紀ちゃんに似ていて、かわいい。挨拶は元気。性格も素直でよろしい。

 しかし、隣にはもちろん山之辺がいて、俺を観察するような目で見ていた。

「おお、お疲れ」

 俺はそう答えた。由浅がニッコリと笑い…。

 山之辺と、目が合った。

 俺は山之辺を睨んだ。

 山之辺は、静かな表情で、何もなかったように俺に小さく礼をした。

 



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