第2話 前嶋兄妹
昼からの稽古には、由紀ちゃんも来ていて俺はウキウキした。
由紀ちゃん制服もかわいいけど、白い道着に黒と赤の防具を着けてまたイイ感じ。かわいらしさにキリッと引き締まった雰囲気が加わって、思わず見とれてしまった。
ふと振り返ると、鏡の前で素振りをしている由浅がいる。
ん?!
由浅は紺色の道着を着て、黒にうぐいす色の防具を着けていたが、それがかえって由紀ちゃんよりも肌の白さが引き立つ。
…なんだかなあ…。
男女で似ている双子っていうのは不思議なもんだなあ。
そしてそのそばで由浅を見ている山之辺の様子が、由浅の侍従って感じでちょっと笑えた。
準備体操、素振り、切り返しのウォーミングアップが終わり、稽古が始まった。由浅が何故か真っ直ぐ俺のところへ走ってきた。
「お願いします!」
一礼する姿は、本当に清々しいものがある。
「お願いします」
俺もそう応えて…お互いに蹲踞して…。
立ち上がり、構えた。
竹刀の切先が触れた瞬間。
ビリッときた。
由浅の目が、さっきまでの素直な中学生の目じゃなくなっている。
驚いた。
まさか…。
まさかと思った、その勘は外れていなかった。
「面!」
突如叫んで飛び込んできたその素早さは、中学生レベルを超えていた。それを竹刀でかわす。
「ッ!」
体当たり。
あの華奢な身体での体当たりとは思えない、こっちの身体がふっとびそうな当たりが俺の腕を痺れさせた。
そこからつばぜり合いが始まる。
…どちらが先に引くか、それとも技を出すか…。
由浅の目の、その奥を探る。
何を考えている?
由浅の目も、俺の心を読もうとしている。
どうする?
…さあ、次はどう来る?
その由浅の目が、視線が少し揺れて…
面か?
そう思った瞬間、
「籠手ェ〜!!!」
由浅が引き下がりながら技を繰り出した。間一髪でそれをいなして追いかける。相手の体勢が整わないうちに技を出す。
「面〜!!!」
追いかけて面を狙ったが、見事にかわされた。竹刀を払われ、逆に俺の体勢が崩れる。由浅がすかさずこちらへ踏み込んで3段技を繰り出した。かわして、払って、打ち返す。
夢中になった。
すごいぞコイツ、何者?
ホントに中学生か?
強い、これは強い。
15歳でこれは、まだまだ伸びるぞ。
去年の俺より技がしっかりしてる。
相当稽古を積んでいる。
しかも丁寧さを感じる。
適当な技が一つも無い。あれば、その体勢の崩れに俺はつけこめる。
本気の本気になってた。
体当たりをしたときに、籠手同士がうまくかみ合わず、お互いに体勢が崩れた。
その瞬間を、俺は逃さなかった。
「面〜ッ!!!」
いつの間にか、道場は静まり返っていた。その場にいる全員が、俺と由浅の稽古を見ていた。
由浅が、俺の前まで来た。
一礼をした。
「ありがとうございました!」
…いきなり負けるわけにはいかないさ。入ってきたばかりの中坊にな。
俺も一礼をした。
「ありがとうございました」
他の奴が、稽古を再開し始めた。
「今日はありがとうございました」
部室で着替えていると、道着姿の由浅が俺のところに来た。
「お前、いつから剣道やってるんだ?」
俺はそう聞いた。
「はい、3歳からです」
…やっぱり。なんか気合いの入り方が違うと思った。
強いな、とかすごいな、とか、言ってやりたいけどやめた。
「明日も来いよ」
それだけ言った。
それを聞いた由浅は、ぱああっと明るい表情になった。
「はい!ありがとうございます!」
…この素直さ。かわいらしさ。
本当にさっきの奴か?と思うほどだ。
こうして間近で見ると、由紀ちゃんよりもまだひとまわり華奢な感じがする。道着が少しはだけて、白い肌が隙間から覗いている。
ハッとなった。
俺はどこを見ているんだ。
「じゃ、じゃあまた明日」
俺はそそくさと荷物をまとめた。
「はい!また明日、よろしくお願いします」
俺の動揺には全く気付かず、由浅は俺から離れた。部室の隅で待っている山之辺の方へ走り寄る。
ふ〜ッ。
やばいやばい。
あんなのアリかよ…。
去年は同じクラスだった高橋と、帰りにマックに寄った。
話題はどうしても前嶋兄妹のことに偏る。
「あいつ、強ぇな〜」
「…ああ、そうだな」
「由紀ちゃん、かわいいな〜」
「…由紀ちゃんは、かわいいなあ」
由紀ちゃんのことを考えると、ぽわ〜んと素敵な気持ちになる。黒目が大きくて、サラサラの髪が長くて、顔がちっちゃくて、色が白くて、唇だけ…ちょっと赤くて…。
ん?
由紀ちゃんのことを考えていたら、想像の中の図が途中で由浅に変わった。…あんまり、変わらん…。というか、はだけた胸の白さを思い出す。
剣道長いことやってると、ずっと室内スポーツなもんだから日焼けせずに色が白くなってくる。でも由浅のは、それとはちょっと質が違う感じがした。
「お、いたいた!」
妄想にふけっていると、そんな声が聞こえた。佐々木先輩たちが店に入ってくる。
「今日の稽古はすごかったな、阪中」
そう言って、俺の隣に座った。
「はい、これ」
渡されたのは『剣道日本』。剣道の専門誌だ。
「なんですか、コレ」
「前嶋由浅。載ってた」
「えっ!」
慌てて『剣道日本』を奪い取り、付箋の貼ってあるページを開く。
「…関東大会で…去年優勝してるじゃないですか…」
中学生の記事で、そんなに大きく取り上げられてはいないものの『前嶋由浅』の名前と小さな写真が掲載されている。
「前嶋兄妹って、そういえば聞いたことあったわ。阪中、今日は頑張ったな〜」
佐々木先輩はそう言いながら、俺の肩をポンポンと叩いた。
「お前が負けてたら面目丸潰れだったよ」
「…佐々木先輩は?」
「時間切れドロー」
俺は大きく深呼吸をした。
面白いことになってきた。