第12話 過去
数学の授業中、ぼんやり窓の外を見ていたら、でっかい山之辺の姿が目に留まった。
…おや?…
体操服姿。デカいせいか似合わね〜。
ばらばらに、1年生らしき奴らの姿が増えてきて…。
やっぱし。山之辺の近くに由浅がいる。っつーか、由浅の周りを山之辺がウロウロと護衛のようにウロついている。
体育教師小柳も最後の方に付いてきた。バスケットボールをいくつか抱えている。しばらくすると、スリーオンスリーが始まった。
さすがに山之辺&由浅もチームまでは違うようだ。山之辺はプレイしているが、由浅は日陰で他の同級生達と座って見学している。
……。
山之辺、背はでかいが運動神経は微妙だな。前から思ってたけど。
他人に劣るとまでいかないが、優れているとも言えない。
ただその身長を利用して、得点だけは重ねている。
ずっと見ていたわけではないので、山之辺のグループが勝ったかどうかは分からなかった。
由浅は、身体は小さいが、運動神経は抜群ではないかと思う。
剣道以外のスポーツでも、いい動きを見せるんじゃないか…。
ちょっと楽しみだと思って待っていたら、由浅がプレイする前にチャイムが鳴ってしまった。
…残念!
ゴールデンウイーク明けの月曜日、高橋と顔を合わせた俺は、高橋がネットで俺と同じ情報を得たことを感じた。
そしてお互い、その話はせず、山之辺と由浅のことにも触れず黙っていた。
公園で遊んでいた5歳児が、変質者に連れて行かれそうになる。
一緒に遊んでいた子どもたちのうちの1人が気付いて大声を上げた。
近くに子ども達の親がいて追いかけ、変質者は子どもを置いて逃げた。
皆に顔を見られた犯人は、数日後に捕まる。
半年以上も前から、その子どもを狙っていたことが判明する。
…由浅だ。
今でも子どもらしい可愛らしさが残っている。
5歳の時なら、なおさらだろう。
由紀ちゃんファンを自称する俺だが、正直なところ、独特の雰囲気は由紀ちゃんよりも由浅の方がはるかに上回ることも感じている。
顔がカワイイとかいう以前の、特別な何か…。全くの他人の目を惹きつける何か…。
そしてこの、異変に気付いた子ども、というのが山之辺ではないだろうか。
『阪中先輩の由浅を見る目は信用できません』
そう言い切った、山之辺の姿が目に浮かぶ。あれは、そんな過去があっての発言だったのだ。
心配で心配で仕方がないのだろう。
そして、そんな事件があって、周囲も2人に気を遣っている…。10年たっても気を遣い続けるのは、10年たっても由浅が誘拐に値するだけのオーラを放っているからなのか…。
高橋と、そんな話をしてみたくないわけではないが、あまりにデリケートな話だけに、お互いに少々ビビッてしまって、時々目を見合わせるだけだ。
確かにクリリンの言った通り「そっとしておいた方がいい」のかも知れない。
でも、俺はなんだか引っかかる。
由浅はもう、保護など必要としない。関東大会で優勝するぐらいなのだから。
見た目だけの判断は、もう不要だと思う。
山之辺のやっていることは過保護だと、由浅も思っているはずだ。
…そうだ、事件から立ち直っていないのは連れ去られそうになった由浅よりも、それを目撃してしまった山之辺の方なのだろう。由浅を護衛しなくてはならないと、強迫観念のように感じているに違いない。そして由浅もそんな山之辺を許している。
事件のことを知って、俺にとっては却って疑問が増えてしまった。