第11話 窓の外
2日目の稽古は夕食後も続き、午後8時に終了した。
俺と高橋はシャワーを浴びた後、宿泊棟の周りをウロウロしていた。男子大部屋はプライバシーが無く内緒話もできないし、ちょっと息抜きのつもりだった。
「それで阪中は由紀ちゃんとなんか進展あったわけ?」
なんて、痛いところを突いてくる高橋に
「……無い…今日は稽古した…」
と返事をしたら、笑いやがった。
「稽古ぐらい俺もやってるぞ」
「うーん…なんか由紀ちゃん、はぐらかし上手なんだよな〜」
「かわいいからな〜、『はぐらかし慣れ』してるんじゃないの?」
俺が力無くハハハと笑うと、高橋が
「お前ってさ、由紀ちゃんより由浅と仲良くなってねえ?」
などと言う。
「そうなんだよな〜。それで山之辺にすっごい睨まれてさ〜」
「ははは、山之辺、由浅好きだよなあ…」
丁度そんなふうに、話題が「由浅&山之辺」に移った時だった。
「栗林先生ところ、今年もいいのが入ってきましたねぇ」
そんな声が聞こえてきた。ハッとなって辺りを見回すと、俺たちは先生が控え室に使っている部屋の窓の下にいた。
「前嶋兄妹が揃って来るなんて羨ましいなあ」
由浅と由紀ちゃんの話…。
俺は高橋に目配せをした。高橋も興味深々といった表情で頷き、それから2人で黙って窓の外に張り付いた。
「それにしても栗林先生、あの子でしょう?10年前の事件の子…」
「あの時は騒ぎでしたねぇ」
「うちの子は年が近くてね、もう震え上がりましたよ」
俺と高橋は目を見合わせた。
…事件?10年前?…
「そうですね…でもその件はみんなもう忘れかけているし、本人たちも触れて欲しくないでしょうから僕もあまり意識しないでいるんですけどね」
落ち着いたクリリンの声。
それでその話題は途切れた。
あとは部員に対する評価とか…俺のことも褒めてくれていたが、普段なら嬉しい話も、そのときはそれどころじゃなかった。
しばらく聞いていても、全く元の話に戻りそうになかったので、俺と高橋はまた合図し合って、そっとその場を離れた。
「なんだろう、10年前の事件って」
部屋に戻りながら、高橋が聞いてきた。
俺は、その10年前の事件こそが、由浅と山之辺の「何か」だと思った。それは、クリリンの「話を終わらせる」口調が、この前俺に「そっとしておけ」と頼んだ時の様子と似ていたからだ。
「なあ、高橋…」
俺は宿泊棟の入り口で足を止めると、周りを見回し、誰もいないのを確かめた。
そして、合宿前のクリリンとの会話を話した。
「なんかさ、さっきの先生達への態度から見ても…」
「…そうだな…」
高橋も機転の利くヤツだ。ウンウンと小さく頷いて言った。
「今日聞いた話は、他の奴らには内緒だな」
今度は俺が頷いた。
部屋に戻る途中、由紀ちゃんと横山が歩いてくるのとすれ違った。
シャワーを浴びた後だったらしく、2人ともタオルを拡げて肩にかけ、濡れた髪を風に晒していた。由紀ちゃんは、いつもは髪をひとまとめにしているので、その様子はとても新鮮だった。
白い頬が上気している。俺と高橋に会釈した時、フワリと笑うような表情になった。
一緒に去っていく女の横山が異様に羨ましい。俺も並んで歩きたい…。
…ジャージ姿で、なんであんなにかわいいんだ…!!!
『事件』のこともしばし忘れて廊下で悶絶している俺を、高橋がヤレヤレとため息交じりで引きずっていく。
「お前、マジなんだな」
「そうともさ…お前も信じてなかったのか?」
「いつもの冷やかしだと思ってた」
失礼な。
「…だいたい…あんなにかわいいのに、お前はなんとも思わないのか!」
「いや〜、かわいいとは思うけどさ、お前が思った以上にメロメロ過ぎて正直引くわ…」
ゴールデンウイークの合宿が終わり自宅に帰った俺は、早速ネットで事件のことを調べてみた。
西暦、この辺りの地名、それから「事件」の文字を入力し、検索にかけてみた。
……。
5歳児相手の、誘拐未遂事件がヒットした。