第10話 初稽古
そんなこんなで始まった合宿の、初日のメインイベントはクリリンと由浅の直接対決だった。
それは、稽古の最後の最後にやってきて、全員の稽古の手を止めさせた。
…みんなが固唾を飲んで見守った。
「お願いします!」
と、由浅が頭を下げ、クリリンが小さく頷いた。俺は、自分の本番の試合のように緊張してくるのを感じた。
構える2人…。
ビリビリとした空気に、道場が静まり返る。
「さあ来い!」
クリリンの太い声が響き渡った瞬間、由浅の身体が跳んだ!
「面ッ…!!!」
その時の、クリリンの動きは…初めて俺が由浅の面をかわした時と似ていたんじゃないかと思う。
離れた場所から間合いを詰めずにいきなり技が飛び込んで来た驚き。
そして、稽古を積んだ結果として、身体が勝手にそれをかわしたようなギリギリの防御。
でもやっぱりクリリンはクリリンだ。
「面ッッ!!!」
防御だけで終わった俺とは違い、かわしたその踏み込みで由浅に一撃を喰らわせた。
そしてそれは由浅から綺麗に一本を奪った。
数秒の空白。
「ファイトォッ!」
佐々木先輩の激が飛んだ。
それをきっかけに、部員全員が由浅を応援し始めた。
もちろん俺も。
由浅の剣道は、こうして見ると本当に素直だ。
駆け引きが無い。
稽古をつけてもらう相手に対して、持てる技の全てをぶつけていく。
小賢しい間合いを取って、息を整えることもしない。
だからといって、無茶苦茶に竹刀を振り回しているわけでもない。
一つ一つが丁寧であることに変わりは無い。
いずれか一本取ってやりたいという深い深い欲も垣間見える。
そこが素直さとのギャップで…正直なところ、俺も由浅という人間をもっと知りたくなるのだ。
ちらりと山之辺を見る。
面の奥の表情は、全く見えなかった。
大広間に布団をぎゅう詰めに並べて、適当に寝転がる。
「あ〜、疲れた〜」
高橋が、なんとなくな感じで俺の横の布団に寝転がった。
「明日下山先生と春日先生が来るなあ〜、阪中、早めに稽古行く?」
「そうだな、ちょっと身体あったまってからにする。ラストは避けたいな」
なんて、軽く相談事。
稽古をつけてもらうとき、一番最初に行くのは度胸はいるが意外とラクだ。先生も身体が乗ってきていないので、結構あっさり終わるのだ。ラストは、体力のあらん限り…って感じになるので、正直しんどい。
…もちろん思った通りの順に稽古をつけてもらえるとは限らないのだが、ついついシュミレーションなどしてしまう。
1年生が風呂に行くと、みんな口々に話し始めた。
「今日の由浅の稽古は面白かったな〜」
「けどさ、さすがクリリンって感じだったよな」
みんな似たようなことを思ったようだ。
しかし…俺の感じているような、あの不思議な感覚を、他の者は感じているのだろうか。
それとも、俺の「由浅のことを知りたい」という感情は、単に由紀ちゃんと似ているから?
…いや、多分…山之辺に言われた言葉が、俺に由浅を過剰に意識させているだけなのだろう。
それにしても2人の過去に何があった?
そんな俺の疑問のヒントは意外なところに転がっていた。
というか…盗み聞き?
2日目の稽古の後、下山、春日、クリリンの3人が話しているのを偶然聞いてしまったのだった。