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運命の人

 ミラードと杏奈が話すことは、これと言った目的もなく他愛の無いものが多い。元々は杏奈に自分の気持ちを話させて心の負担を軽くしようという目的で始まったものなので、ミラードにしてみれば話題は何でも良い。最初は遠慮がちだった杏奈もミラードの訪問が回を重ねるごとに段々慣れてきて、ここのところは杏奈がミラードに質問してものを教えてもらうことが多い。たいていの場合は神話の話だったり仕事があれば国中どこへでも出向くという彼に様々な街の様子を聞いたりして当たり障りなく時間は過ぎる。


「最近、その耳飾りを良くしていますね。お気に入りなのですか。」

 その日、ミラードはまとめ髪から覗く杏奈の耳に目を止めてそう言った。杏奈は思わず耳に手をやったが、指で確認しなくても何をつけたかくらいは分かっている。セオドアから貰った白い羽の耳飾りだ。星祭り以降にほぼ毎日つけている。ミラードの指摘の通り杏奈の大のお気に入りである。白い鳥のことを思い出せるし、セオドアがこれを贈ってくれた経緯を思っても嬉しいものだ。それに星祭り以降に一度だけセオドアが不意に立ち寄ったことがあったのだが、杏奈が耳飾りをつけていること気づくと何だか嬉しそうにしていた。それを見てまた嬉しくなって外す理由をすっかり失っているのである。

「ええ。」

 杏奈はそれ以上何を言ったらいいのか分からなくて、はにかんで俯いた。ミラードは耳飾りの贈り主を知っているはずはないのだが、改めて口に出してそう言われるとセオドアのことをからかわれているように感じて恥ずかしい。

「そうですか。とてもお似合いですよ。ところで、白い羽の意匠の意味を知っていますか。」

「意味、ですか?」

 意外な言葉を繰り返すと、ミラードは「ご存じないのですね。」と納得したように頷いた。

「何か特別な意味があるんですか?」

「白はアウライールの色だというのはお話しましたね。司祭が白い服を纏うのも、白い動物を殺生してはいけないというのもそのためです。星祭りもそうですね、白い星には神が宿ると言います。まあ、それは実際には言い伝えで神自身が星に宿ることはないようですが、神の力を媒介するといいますか、神力を強める効果はありますね。神は天上あるいは空におられると考えられるのはそのためでもあります。その辺は詳らかにされていませんが、神は人のように肉体を持って一つところに繋ぎとめられる存在ではないのだから、いづこにおられるかという問題の答えは永久にでないかもしれません。」

「はあ。」

 ミラードは説明を続ける。

「白い羽は元を正せば白い鳥のものでしょう?白い鳥も他の白を纏う動物と同じ神の使いです。しかも空を飛ぶ。星の見えない昼の間、神がいるかもしれないと言われている空を自由に行き来する唯一のものです。だから、白い鳥は特別な使命を持ったものだと考える風習がありました。それが白い羽の意匠にも意味を与えたのです。」

「特別な使命、ですか。」

「ええ。何だと思いますか。」

 問われても杏奈には皆目見当がつかない。

「何かを探す、とか?」

「探しものですか?」

 ミラードが目を輝かせて聞き返してきたので杏奈は自分の答えは外れらしいと思った。

「鳥はどこへも飛んで行けるから、何かを探して来てもらうのには一番便利かなと思ったんです。」

「なるほどね。そうかもしれませんね。発想の転換ですね。」

 ミラードは笑う。

「転換?」

「ええ、大抵の人は神の使いといえば神から自分たちへ向かって遣わされるものだと考えます。つまり、自分の役に立ってくれるものだと。今の君の考え方は違いますよね。神の使いは、あくまで神のためのもの。神のために働いているという考え方でしょう。ああ、学者達もこのくらい柔軟な発想ができるといいんでしょうけどねえ。」

 褒められているのか良く分からずに杏奈は曖昧に「はあ。」と相槌を打った。

「まあ、それは置いておいて。正解は神の言葉を運ぶものです。そして、その羽は言の葉、神の決めごとの断片だと考えられました。」

 話が難しくなってきて杏奈は良く分からなくなってきた。それを困惑気味の表情から察したのかミラードは結論を簡潔に教えてくれた。

「つまるところ、運命です。」

「へ?」

 簡潔すぎて、いくつも途中の説明がとばされている。杏奈は間の抜けた声を上げてしまってから、慌てて言い直した。

「運命ですか?白い羽が?」

「そうです。人の元に降ってきた神の定め。揺るがないもの。そういう意味があります。その耳飾りが贈られたものだと仮定すると、さしずめ君は運命の人だ、という意味にでもなるでしょうか。」

 ミラードの言葉の効果はてき面だった。杏奈はあっという間に真っ赤になる。瞳が揺れて部屋のあちこちを彷徨う。こんなに動揺したら男性からの贈り物だと白状しているようなものだ。


(おや、まあ。図星だったか。珍しく装飾品など着けているから何かあるのかと思ったら。あの鬼の隊長の目をかいくぐって勇気のあるのもいたものだなあ。)


 ミラードは敢えて杏奈の動揺を見ない振りをしてお茶に口をつけて時間を潰した。


「ミ、ミラードさん。」

「はい。」

 目は潤んだままだが、幾分頬の赤さのひいた杏奈は無意識に身を乗り出して問いかけた。

「今のお話、有名なことなんですか。」

「白い羽の意味ですか?」

「はい。その、運命っていうの。」

 ミラードはにっこりと微笑んだ。彼の周りにだけ花が飛び交う錯覚を起させるほどの笑顔で「いいえ。」と言う。

「え。」

「いいえ、とても古い言い伝えでして今時そんなことを知っているのは司祭や神学や伝承を学ぶ学者くらいのものでしょうね。」

 杏奈は呆然とミラードの変わらぬ美しい笑顔を見つめた。


(何だか今、ミラードさんの背後に黒い尻尾が見えた気がする。)


「今だったら、ただの幸運のお守りくらいの感覚ではないでしょうか。」

 杏奈はほっとして少し方の力を抜いた。お守りなら贈り物に添えられていた「君に幸福を」文言とも辻褄が合う。そんな杏奈に向かって、ミラードが一言付け加えた。

「贈り主が司祭や学者でないのなら、の話ですが。」

「違います。」

 何も聞かれていないのに、否定した杏奈は「おや、贈り物でしたか。」というミラードの言葉に自分が墓穴を掘ったことを悟った。ミラードの表情にはどこにも悪意やからかいの意思は見えず、恨みごとを言うこともできない。杏奈は表情だけで雄弁に恨み節を表現しながら「はい。」と答えた。

「そうですか。趣味の良い方ですね。」

ミラードはにこにこと笑顔を絶やさないので、杏奈は反論を諦めた。


(ミラード司祭様は恐ろしい方だなあ。旦那様が一番面倒くさいとこぼすだけのことはある。)


執事はこのやりとりを壁に限りなく同化して眺めながらミラードの人物評を見直したのであった。

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