星祭り その6
「テッド坊ちゃん。」
目当ての杏奈が寝てしまうのではどうしようもないが、だからといって帰るのもおかしい。居間で親戚と話していたセオドアの背後からモイラが声をかけた。そのまま「ちょっと」と居間を連れ出される。
「アンナは?」
「着替えさせてベッドに押し込みましたけど、まだふわふわしてて。」
モイラは困った子だというように笑顔を浮かべた。
「テッド坊ちゃんはどこに行ったんだってうるさいんですよ。ちょっと顔を見せてやってくださいな。」
セオドアは自分を指さしてモイラを見返した。無言で「俺が?」と問われたモイラは深く頷いた。
「ああ、でも扉は開けたままでお願いしますよ。誰かしらこの辺りにいますから、悪さしようとしたら飛んで行きますからね。」
セオドアは母程も年の離れたモイラのあけすけな言い草に笑うしかなかった。
「何もしないよ。ドアは開けておくけど。」
そう言って、先ほど降りてきたばかりの階段を上って約束通り扉を開けたまま部屋に戻った。杏奈がベッドの中で転がっている。
「どうした酔っ払い。」
声をかけると、杏奈は「セオドアさん」と言って起き上がろうとした。腕に力が入らないのかそのまま枕に顔から倒れ込んで「ぶ」とも「む」ともつかないうめき声をあげている。なんとか寝返りを打って彼の方に顔を向けると、にこりと笑顔を浮かべる。長い髪が絡まったまま顔の前にも流れ落ちていて残念ながら可愛いというより少し怖い。セオドアは見兼ねて髪を払ってやりながら最後に頬をひっぱった。
「いひゃいです。」
「顔はまだ感覚が生きてて良かったな。」
不満げな杏奈は腕をセオドアの方へ伸ばしてひらひらさせている。これは報復がしたいのだろうなと思いながらセオドアはその腕を掴んで布団の中にもどさせた。二の腕まで露わにして白い腕を伸ばされるのは目の毒だ。不平を言いたいのか、何か話したいのか、杏奈はもごもごと言っていたがその内容は全く要領を得ない。
「もういいから寝てしまえ。」
そう言って布団の上から肩を叩くと、杏奈は遠ざかっていくセオドアの指に手を伸ばして握りしめて、そのまま目を閉じた。
(寝るまでここに居ろと言うことか。)
セオドアはその甘えがひどく嬉しくて頬が緩むのを止められないまま、寝台の脇に腰を下ろした。その後、杏奈はあっという間に寝入ってしまったがセオドアは立ち去り難くしばらく寝顔を眺めていた。
杏奈が見当たらないことに気がついたアルフレドが執事から事情を聞いて彼女の部屋を訪れた時、杏奈は完全に寝入って寝息を立てており、セオドアは文机にもたれてその様子を眺めているところだった。その表情はとても穏やかで甘い。
(いつの間にか、こんな顔ができるようになったんだなあ。)
アルフレドは甥っ子の成長を感慨深く思いながらも、そのまま立ち去ることはしなかった。そのまま部屋に踏み込むとセオドアが顔を上げた。
「ああ、叔父さん。」
「お前、妻でも娘でも無い女性の寝顔を眺めているなど騎士の行いではないぞ。」
開口一番苦言を呈するアルフレドにセオドア少々罰が悪そうに「すみませんでした。」と素直に謝った。それ以上アルフレドが嫌味を言わないでおくと、セオドアもそれ以上は続けずに「ところで」と話を変えてきた。
「この手紙の山、想像するにあの村の子供たちからだと思うけど、どうしたんですか。」
「読んだのか?」
「まさか。人の手紙を勝手に読んだりしませんよ。でもこうやって上から見るだけでも分かるじゃないですか。」
そう言われてみれば、確かに分かるだろう。ましてや杏奈に手紙を書いてくる相手は非常に限られる。アルフレドは納得して「まあ、そうかもな。」と髭を一撫でした。
「私からの今日の贈り物だ。」
「でも、叔父さんはずっと王都にいましたよね。」
「ああ、実際に足を運んだのはアンドリューだよ。」
思いがけない人物の名前にセオドアは驚いた。「え?」と聞き返す彼の様子にアルフレドは昼間、杏奈が聞いたのと同じ説明をしてやる。
「噂に少しでも真実があるのなら、か。」
セオドアは友人の言葉を思い出して小さく呟く。アンドリューが杏奈に本気を出しているとは思っていなかったのだが、これは油断し過ぎたか。複雑そうなセオドアにアルフレドは飄々と声をかける。
「そう落ち込まなくても、アンドリューは恋愛には相変わらず興味は無さそうだけどな。それにこの贈り物のことを言いだしたのは私だ。アンドリューはあくまでミーナへの贈り物だ。」
セオドアは言葉に詰まって叔父を見やった。叔父は緑色の瞳を細めて笑う。
「お前もようやく自覚したんだろう。まったくウィルにも先を越されるなんて情けない。」
急にウィルの名前を出されてついていけないセオドアはもう一度「え?」と問い返した。アルフレドは杏奈を振り返って彼女が良く寝ていることをもう一度確認してからセオドアに向き直った。
「お前、好きでもない娘の寝顔を延々と眺めている趣味なんて無かっただろう。これで気づかれないとでも思ったか。あの避難所にいたときから年中目で追っていたくせに興味ないような素振りをしおって。お前の鈍感ぶりには寒気がするわ。そうやってぐずぐずしているから、他の男に先を越されるんだぞ。」
セオドアは今度こそアルフレドの意図を理解した。杏奈への思いがアルフレドに知られてしまうのは少々やりづらいが、前から疑われていた上に確かに今日の行動は決定的だ。やむを得ないと諦める。それは比較的素早く気持ちの整理がついた。他の男に先を越されるというのは今先ほど水を開けられたと思ったアンドリューではなく、ウィルのことかと思うとそちらの方が大問題に思えてくる。
(そんな素振り、あったか?)
こういうことには疎いと自分でよくわかっているセオドアは自問しながら半ばあきらめ気味だ。先を越されるとアルフレドが断言するからには何かあったのだろう。
「可愛い甥だと思うからの特別待遇だ。私から聞いたことは黙っておけよ。じゃあ、今年のお前への贈り物はこれでおしまい。」
そう言って片目をつぶるとアルフレドは今度こそセオドアを杏奈の部屋から追い出した。
ウィルと杏奈のことが気になり始めたセオドアはその日の残りの宴会をひたすら沈黙して過ごし、アルフレドはその様子を横目に楽しく酒を楽しんだ。