思わぬ余波
掃除道具を片付けて二人が食堂にたどり着いたころには、もう殆どの村人はいなくなっていて、子供たちだけが二人を待っていた。
アーニャがやってきたのを発見した途端に、ミーナが涙目で駆けよってきた。そのままアーニャのスカートに飛びついてしがみつく。
「アーニャ、あの、ごめんなさい。」
震える声で謝られて、アーニャは不思議そうにミーナの顔を覗きこんだ。
「どうしたの?」
「だって。」
ミーナは目を赤くして首を横に振る。アーニャはミーナの謝罪の意味が分からずに首をかしげるばかりだ。
「なんで謝るの?」
肩でも抱き寄せてやりたいが先ほど念入りに洗った手は冷たいだろうと思われた。他の子に事情を聞こうと見回すと、皆気まずそうに目を逸らしたり、うつむいたりする。
「何?みんなどうしたの?」
アーニャはミーナだけでなく子供たちの一様に元気がない様子に驚き、隣に立っているウィルを見上げた。ウィルは困ったように子供達を見渡しているが、あまり驚いた様子ではない。
「ごめんねえ。」
ウィルに質問する前に、また一人幼い少年に謝られてアーニャははてと首をかしげる。今日一日傍にいてあげられなかったから、怒っているとでも思われているのだろうか。
「なんで謝るの?何も怒ってないよ?」
アーニャが子供達を見回してそう声をかけると、子供たちは恐る恐るといった様子で顔をあげた。ミーナが意を決したように寄ってくる。
「だって、アーニャ、今日ずっと大変。ミーナのせい?ミーナが良い子にしてなかったからおじさん達に怒られた?」
なるほど、自発的に始めた掃除を何かの罰だと勘違いしたようだ。そういえば、ウィルも声をかけてきたときに誰に言われたのかと聞いていたが、そういう意味だったのか。以前に子供たちの遊ぶ声がうるさいと代表してアーニャが怒られたことがあった。
「誰にも怒られてないよ。大丈夫。心配しなくていいんだよ。」
「でも手が真っ赤だよ」
ミーナは自分の目の前にある赤く冷え切ったアーニャの手にまた泣きだしそうな顔をする。
「平気よ。」
掃除を始めてからは、つい熱中してしまったが、いつもそばにいた自分が急にいなくなって心配してくれたのだろう。もう少し子供たちに声をかけてやらなければいけなかったかと反省する。
「今日は一緒に遊べなくてごめんね。みんなのおうちをね、もっと綺麗にして楽しいところにしたいなーと思ってね。」
そういってにこりと微笑むと、横からウィルも口を挟んできた。
「こいつは自分から掃除を始めたくなるほど、掃除が好きなんだと。心配しなくていいぞ。」
ふざけたような口調で彼がそう言って、アーニャの頭を掻きまわすと子供たちは一様に驚いた顔をした。それから互いの顔を見合わせたり、何度も笑顔を浮かべているウィルとアーニャの顔を確認してじわじわと緊張が溶けていった。
「掃除が好きだなんて。変なの!」
「アーニャ、お嬢様なんじゃなかったの?」
アーニャはやっといつも通りに口を開きだした子供たちの様子に安心して、テーブルについて食事を始めることにした。
「掃除が好きなのって、おかしいの?」
食事の途中でアーニャがそう聞くと、子供たちは一斉に頷いた。
「そうなの?」
念のためウィルに確認すると、彼もスプーンをくわえたまま深く頷いた。
「どうして?」
彼女がそう聞くと、みな口々に返事をしてくれた。
「どうしてって、普通嫌いだよ。」
「楽しくないし。」
「好きな人なんて聞いたことない。」
しかし、その回答はどれもアーニャを納得させるものではなかった。ただ、この村では掃除は歓迎されない作業だということは良く分かった。今日誰も手伝いを申し出てくれなかったのも、そういう背景があってのことで意地悪ということではなかったのだろう。
「ふうん。身の周りが汚れているより綺麗な方がいいじゃない?だったら掃除するしかないと思うんだけど・・・。」
アーニャは首を傾げたが、子供たちもまた、彼女の言い分に納得いかないようだった。互いに腑に落ちないまま食事を終えて礼拝堂へ戻った。
どうも掃除という彼女にとっては当たり前の行動が、こちらでは受け入れられないようだ。