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星祭り その1

 アルフレドの家の使用人たちは人柄中心で人選したのか、とにかく人当たりがよい。しかも気の利くものばかりだ。

「皆とても優秀だから、きっといい勉強になるよ。」

 初日にアルフレドが誇らしげにそう紹介したのも頷ける。杏奈は女中達に掃除の仕方や洗濯の仕方を教わっているのだが、一番年少のマリまで含めて確かに仕事は迅速で丁寧だ。例の夢を見て以来、掃除洗濯、炊事は格段に上達したので徐々に生活のための作業というより職業と言えるような水準の立ち居振る舞いなど難しいことも教えてもらえるようになってきた。午前中は女中達から家の仕事を教わって過ごすが、昼食後の片付けや夕食の仕込みはコックについて一緒に行う。さらにその合間にアデリーンから読み書きを教わるのがここのところの杏奈の日常だ。こちらに来てから紙を使えるようになったので始めた書き取りの練習が合っていたようで、避難所ではなかなか上達しなかった杏奈の読み書きの能力はここにきてだいぶ上がった。子供用の本であれば辞書なしでも一人で読めるようになったし、自分の名前や普段の生活で書く必要が出そうな住所や数字なども一通り覚えた。



 星祭りの当日、杏奈はいつもとは違う順序で仕事を手伝った。

 昼過ぎから次々と来客の予定があるため、朝から台所でコックを手伝う。あらゆる食材を星型に型抜きしたり、切り分けたりする分時間がかかる料理をコックと一緒になって次々と作っていく。コックが三日前から仕度を進めていたおかげもあって、なんとか昼食までに必要な準備を全て終えることができた。

 杏奈は部屋に一度戻ると、今日着るようにと女中一同から贈ってもらった星の刺繍の入ったワンピースと揃いの前掛けに着替えた。立ち働けて、しかも可愛い。鏡の前で一回転した杏奈は改めて女中達の手仕事の素晴らしさに感動した。前掛けはワンピースに御揃いになるように四人が手作りしてくれたものだというが、たっぷりとあしらわれた刺繍は売り物だと言うワンピースよりも華やかだ。そのまま食堂へ降りていくと女中達はお互いにがっちりと手を握り合って、自分達の仕事を称え合った。


「これから、来客でばたばたするだろうから先に。」

 そう言って昼食後には執事から小さなお菓子の包みを、庭師からは5枚の花弁が星型に見える冬には貴重な花束を贈られ杏奈は恐縮しながらも喜びを隠しきれずに微笑んだ。執事と庭師の見習いに当たる少年達はいいタイミングでいい贈り物を出してくる二人の年の功を目の当たりにして歯噛みしながらも、なんとか杏奈にそれぞれ精いっぱい選んだカードと星型の葉が特徴的な緑色のリースを手渡すことができた。あっという間に両手がいっぱいになってしまった杏奈を見守りながら、アルフレドとアデリーンは満足げに目を見合わせる。

 チェットと一緒に焼いたクッキーを100枚も持って帰ってきた日に、アルフレドは杏奈以外の家族全員に宣言したのだ。

「今年、アンナにはこれ以上の贈り物を贈ろう。あの子の幸せのために。」

 こんなに幸せをおすそ分けしている場合じゃないだろうと涙目でクッキーを齧っていた一同に異論はなく、今日まで皆自分が一番の贈り物をするのだと張りあって準備していたのだ。なんとか今日中に彼女に贈ってもらったのと同じだけの幸せの祈りを返すことができそうだ。




 アルフレド自身からの贈り物はまだ手渡していない。それが届けられるのを待っている状態だ。アルフレドはこの祭りに合わせて贈り合われる贈り物の原点に立ち返り、杏奈にとって一番の贈り物はなんだろうと考えた。そうしたらどうしても普通のお菓子では納得がいかなかったのだ。時折お祝いに訪れる親戚の相手などしながらも彼はまだかまだかと連絡を待ちかねていた。


「旦那様、お待ちのお客様がお見えになりましたので書斎に御通しします。」

 夕方になって事前に話を通しておいた執事がやってきて耳打ちしにやってきた。アルフレドは居間に集まっていた親戚たちとの話を中座し、アデリーンに声をかけてから書斎へ向かった。

 書斎の戸を開くと窓辺に立っていた人影が振り返る。逆光でシルエットしか見えなくてもその均整のとれた大きなシルエットは間違いない。先日の夜会であわや以後出入り禁止を言い渡されそうになったアンドリューである。親戚の中には若い娘も多く、彼が来ればちょっとした騒ぎになるのは目に見えていたので馬丁と執事に言い含めて裏口から通してもらったのだ。

「上司を使い走りにしたようで申し訳ないですね、師団長。まあ、頼んだわけではないけれど。」

 アルフレドはそう言いながらソファを勧めてアンドリューのはす向かいに自分も腰かけた。

「ええ、大事な御役目を譲っていただいて感謝してますよ。」

 アンドリューは笑いながら腰を落ち着けた。抱えていた大きな封筒を机の上に乗せる。

「結局三日で往復したわけですか。まだ若いですね。」

 自宅であるからか、途中から幾分くだけた様子でアルフレドが苦笑いする。

「三日も予定を空けてくれた優秀な副官に感謝しなければならないでしょうね。」

「今夜のうちに会いに行って礼を言っておいたらどうです。」

「今夜突然の訪問は迷惑でしょうよ、あいつにとっても。」

 アンドリューは本来4日かかる行程を、なんとか3日で往復していた。王都から片道だいたい二日かかるところに行かなければならないところに用事があったのはアルフレドも同様で、二人はお互いの予定をなんとか空けようと画策する途中で、同じことを考えているらしいと察しあったのが数日前のことである。階級は違えど重要な指揮官二人が、星祭りという国を挙げてのお祭りの直前、つまり国を挙げての特別警備が必要になる直前に同時に予定を空けようとしていたのだから調整が上手くいかないわけである。仕事など諸々の都合を考えた結果、ちょうど目的に付近に出かける用事があったアンドリューの方が都合をつけやすいという理由で不本意ながらアルフレドが折れたという次第である。


「それで?彼らはどうでした?」

 アルフレドに問われてアンドリューはにこりと笑った。

「元気にしていましたよ。貴方からの言伝と贈り物にたいそう喜んでいました。これは、貴方にと預かりました。」

 アンドリューは上着のポケットから小さな封筒を取り出してアルフレドに渡した。アルフレドは差出人の名前を見て目を細めた。

「ああ、ありがとう。」

「なるべく早いうちに、アルフレドの日程の都合もつけられるようにしますよ。彼らにもそう約束してしまいましたからね。」

「よろしく頼みますよ、師団長。」

 二人が互いに礼を取りあったところで扉が叩かれた。

「どうぞ。」

 アルフレドが応えると、アデリーンに伴われて杏奈が入ってきた。部屋の中に予想外の人物を見つけて一瞬立ち止まってから慌てた様子で頭を下げた。緊張した様子だが、この間会った時に比べて礼をとる所作が美しくなっている。アルフレドはその成長を満足そうに見たあとで、自慢げにアンドリューを振り返った。アンドリューの目にもその違いは明らかで、彼女のここでの生活に馴染もうとする努力を感じた。アンドリューは彼が持参した贈り物が彼女のこうした努力を励ますことになってくれることを半ば確信しつつも、改めてそれを願い杏奈に微笑みかけた。

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