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おつかい その3

 アデリーンの言葉は、ある意味オズワルドの救いとなった。誰もが等しく二の句を継げなくなったという点において。どうしようもない空気が流れる中、アルフレドは軽く眉間を押さえて息を着いた。


「とりあえず、もういいだろう。それぞれ片付けて引きあげなさい。他にも仕事があるだろう。」

 彼がそう声をかけると騎士達は呪縛が解けた様に散っていく。オズワルドも今一度杏奈に謝ってから去っていった。セオドアはもはやオズワルドに興味は無いようで、長距離を走った後に、難しいコースを走りきってくれた愛馬に声をかけている。


(おいおい、ここはいいところ見せたんだからアンナちゃんに声をかけるとこだろう。)

(馬より前に女だろうが。)

(お前、馬好き過ぎるだろう。)


 同僚の騎士達の心の声が聞こえたのか否か、セオドアは愛馬を厩舎に引きあげる前にアデリーンと杏奈を振り返った。何か言いたそうにして口ごもる。

「テッド?明日なのだけど、チェットは今年も忙しいのでしょう?」

 目があったアデリーンに先に声をかけられてほっとした様子で「そのようですね、今年もドンチャン騒ぎの取り締まりだと言ってましたよ。」と頷き返した。多くの人が夜通し酒盛りに興じる星祭りは王都警邏にとって一年で最も忙しい日のうちの一つだろう。当然チェットも仕事から抜けられないようだ。

「じゃあ、今日の帰りか明日に寄ってもらえないかしら。チェットの分もお菓子を持っていってほしいのよ。」

 例年アデリーンはローズ兄弟と男爵に星祭りの贈り物をしているが、当日は家に客人の予定があるので自ら持っていくことができない。セオドアにことづけたいという話だと言うことは隣で聞いてる杏奈や聞き耳を立てていた騎士達にも伝わった。

 そういえば、アルフレドの家では毎年家族で星祭りを祝っていたことを騎士達は思い出す。養い子を溺愛している彼らの隊長がこの機会を逃すわけがない。セオドアの逆鱗に触れた先ほどのオズワルドの提案はどう転んだとしても実現しえなかったに違いない。そこまで思い至って騎士達は敢えて勝負を止めなかったアルフレドとアデリーンもひっそりと怒っていたのだな、と察する。勝ってもアルフレドに断られ、負ければ当然杏奈を誘い出す権利はない。オズワルドは良い道化だったわけだ。


(くっ。明日はあいつに酒を奢ってやろう、いけすかないけど可哀相過ぎる。)


 騎士達が目に浮かぶ涙を「同情じゃないぞ、これは汗だ」などと強弁している間に、セオドアはアデリーン、杏奈への挨拶を済ませてさっさと引きあげていってしまった。


「これが勝者の余裕か。」


 その後ろ姿を眺めつつ、騎士達は明日の晩の自分達の予定などを振り返る。星祭りは一番に幸せを願う相手に会いたい日だ。家族のあるものは家族。恋に夢中な恋人達は当然恋人と。あぶれてしまった者達は酒場に集まって互いの来年の幸福を願いあう。帰りしな、騎士達は今年の酒場の主人公はオズワルドに決まりだな、と囁き交わした。



 厩舎に戻って愛馬の世話をするセオドアに何食わぬ顔で歩み寄って来る人物がいた。コンラッドだ。彼も先ほどの一部始終を見ていた。静かだったが明らかに怒っていたセオドアの様子に今までにないものを感じて、様子をうかがいに来たのである。

「よう。」

「何か用か?」

 振り返ったセオドアは、まるでいつも通りに戻っている。

「いや、用という程のことはないけどな。一応友人としては祝いの言葉でもかけてやろうと思って。」

「それはどうも。」

「何だよ。相変わらず淡泊だなあ。もっと喜べよ。あんな気持ちの悪い喧嘩の吹っ掛けられ方をして、文句なしの返り討ちにしたんだぞ?気分いいだろうが。」

 セオドアは友人の言葉に珍しく皮肉っぽい笑みを浮かべて頷いた。

「負けるよりはいいが、そもそもあれは乗るべきではなかったな。こいつにいらぬ無理をさせた。」

 そういってセオドアは愛馬の腹を軽く撫でる。

「行きがかり上仕方ないだろう。惚れた女の前で尻尾を巻いて逃げる訳にも行くまい。」

「とはいえなあ。」

 ため息をつきながらのセオドアの相槌にコンラッドはぐっと友人の肩を掴んだ。

「痛いな。」

「お前、今さらっと流したけど、あの子に惚れてるって認めるのか。」

 先日の夜会ではただ避難所で知り合った娘だと言っていたではないか、とコンラッドは見開いた目で訴えかける。

「そうだったみたいだな。」

 顔色一つ変えずに認めたセオドアにコンラッドの方が頬を染めた。

「お、お、お前なあ。少しくらいは照れろよ、可愛げのない奴だな!」

 応援すべきかどうか、あの日悩んだ時間を返せと言いたい。コンラッドの興奮を余所に、セオドアは照れるようなことだろうかと首をかしげる。別に杏奈は好きだと言うのに恥ずかしく思うような相手ではない。多少若いが、別に後ろ指を指される程でもあるまい。

「この鉄面皮!お前は本当に可愛くないよ。」

 コンラッドは子供のように歯を剥いて顔をしかめて見せた後で、「自覚したんなら話は早いや。お前、せっかく勝ったんだし堂々と会いに行けばいいじゃないか。」と発破をかけた。

「勝ったからこそ、行きにくいだろう。まるで本当にあいつをかけて勝負していたようじゃないか。それではオズワルドの奴と変わらん。」

 コンラッドは不服気なセオドアの表情をまじまじと見つめて「うーん」と唸った。

「確かに可愛くないと文句を言ったのは俺だけども。ここで、明日彼女をデートに誘えないことに悩む姿を見せつけられてもな。お前、そういう可愛いところを俺に見せてどうするんだっていう気持ちになるもんだな。うん、俺が悪かったよ。」

 苦笑いしながらあっさりと謝る友人にセオドアは居心地悪げに鼻をならした。途中に図星を指されているので咄嗟に切り返せないせめてもの腹いせだ。

「気にせず行けばいいと思うぞ。噂が真実を何割かでも含んでいるなら、お前にはのんびり悩んでいる余裕は全くない。スタートダッシュで差をつけないでどうやってあの師団長と春風の司祭殿を出し抜く気だ。弟に流行りの店でも教えてもらって気のきいた贈り物の一つも用意していけよ。」

 コンラッドは痛いところを遠慮なく突くだけ突いて、「じゃ、頑張れよ。首尾は明後日にでも教えてくれ。」と去っていった。


(あいつ、思い切り他人事だと思って楽しんでいるな。)


 残されたセオドアはコンラッドの背中をため息と共に見送って、再び愛馬に向き直ってまずは心を鎮めることに努めた。

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