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おつかい その1

 その日、杏奈はアデリーンに伴われてアルフレドの仕事場に向かっていた。騎士団の事務所や訓練所が集中している部分は王都の中でもアルフレドの家よりも一段警備の厳重な地域にあり、杏奈にとっては珍しい遠出になる。馬車の窓から家々や街路樹が飾り付けられている様子を見て目を輝かせていた。

「もう明日は星祭りですものね。もうどこも綺麗に飾り付けが終っている頃よ。」

 王都生まれ王都育ちのアデリーンにとっては見慣れた冬の景色だ。

「アンナ、身を乗り出し過ぎると窓枠に鼻をぶつけるわよ。」

 そう声をかけて、かじりつきで外を眺めている杏奈に少しだけ身を引かせた。

 杏奈はうきうきと浮かれた気持ちで美しく飾られた町を見ていたが、段々と目的の場所に近づいていくにつれて最初の緊張を思い出してきた。騎士団の訓練所とはどんなところなのだろうか。


 そもそも、杏奈とアデリーンが騎士団の訓練所へ向かうことになったのはアルフレドが忘れ物をしたからである。今日持っていくはずだったであろう書類をアデリーンが発見し、仕方ないので届けてあげようということになった。どうせいくのならば、これまで一度も行ったことが無い杏奈を連れていこうと言い出したのもアデリーンだ。

「一度行ってみて慣れておいてもらったら、今度から忘れ物を届けたり急に泊まり込みになったときに荷物を持っていったりしてもらえるから助かるわ。」

 そう言われてしまえば杏奈に行くことを断る理由は無い。二つ返事で出掛けることになった。



 道は段々と家屋が減って、長い塀が続くようになっていく。その一角に大きな二本の柱に挟まれた簡素な長い鉄の門が姿を現した。馬車は一旦止められて執事が門兵とやり取りをしている。窓を軽く叩かれて戸を開くと、門兵は不審なところがないか馬車の中を改めた。その馬車の中に美女が揃っていることに目を奪われたものの、きちんと改めるべきは改めて彼は馬車の戸を閉めた。門が開かれ馬車は広い訓練所を進んで行く。


(うわー。広い。)


 杏奈は窓から外を覗いて驚いた。門の中が独立した町のように更に長い道が続いておりその両脇には様々な建物が並んでいる。

 やがて馬車は一つの建物の前で止まった。これといって特徴のない武骨なつくりの建物だ。

「ここが指揮官達が仕事をする建物よ。この裏側から実際の訓練に使う馬場や闘技場につながっているの。」

 アデリーンは馬車を下りると慣れた様子で進んで行く。杏奈も遅れないようにその後ろについて行く。建物の入り口にいた騎士はアデリーンを見ると敬礼して迎えた。一々名乗らずとも、多くの騎士が彼女のことを知っている。

「御苦労さま。うちの人に会えるかしら。忘れ物を届けに来たの。」

 アデリーンが声をかけると騎士は先導を買って出てくれた。嫣然と「ありがとう」というアデリーンを見て、これは次回に自分が来たときの参考にならないと杏奈は他の来客が無いかと辺りを見回したが、自分達を見ている一般の騎士達と目が合うばかりであった。


「アンナ、こっちよ。」

 いつのまにか離れてしまっていたアデリーンを追っていくと彼らは建物を突き抜けてそのまま広い中庭のようなところに出た。回廊を抜けてさらに進むと、広い広い馬場があった。多くの騎士達が馬に乗って障害物を飛び越えたり、別の隅では騎馬での打ち合いの練習などが行われている。

「ヴァルター隊長。」

 先導してくれた騎士が、声をかけるとアルフレドが駆けてきた。

「急にどうしたんだ?」

 家で何かあったかと心配そうなアルフレドの目の前にアデリーンは書類をずいと差し出した。しばし目で書きこまれている文章を追っていたアルフレドは、そのときになってようやく自分の忘れものに気が付いたらしい。アデリーンに感謝すると、部下に何事か声をかけて書類をもって建物の方へ駆け戻って行った。

「忘れていること自体、忘れていたのね。」

 アデリーンは夫を見送ると、「せっかく来たから少し見学させてもらいましょうか。」と隅にあるベンチに杏奈を誘った。

 馬の蹄の音に嘶き声、槍や剣のぶつかり合う高い金属音、そして騎士達が掛け合う大きな声で広い馬場は緊張感のある活気に満ちていた。

「奥様、あの人達は兜だけ、こちらの人は鎖帷子だけつけているのはどうしてですか?」

 杏奈の質問はもっともなものだ。訓練に参加する騎士達は誰も武装しているが、防具を一部ずつしか着けていないものがたくさんいる。

「ああ、それは練習だからよ。甲冑を全てつけるととても重たいわ。それに動きにくい。だからまずは身軽な状態で動きを覚えるのよ。そこから段々身につける物を増やして行くの。兜は被ると視界が狭くなるの。その状態で馬に乗って、相手の動きを見極める練習ね。」

「ああ、やっぱりああいうものは重たいんですね。」


 二人は大人しく見学しているつもりだったのだが、普段はみかけない来客の姿は否応なしに目立つ。急いで戻ってきたアルフレドは騎士達の注意力散漫な様子にため息をついた。不注意で怪我人を出す前に訓練を一度止めた方がいいだろう。

「集合。」

 散らばっていた数十人の騎士達が一斉に集まってくる。その熱気で冬場は彼らの周りに湯気が立つ程だ。

「お前達、訓練中に気を散らしたら大怪我につながることはもう良く分かっているはずだな?自分だけなら自業自得で済むが、誰かを巻き込むこともある。私の妻と養い子が美しいのは否定しないが、そんなことで集中を途切れさせていたら戦場から生きて戻れんぞ。」

 アルフレドは厳しい表情で騎士達を叱責する。途中にいささかおかしなことを言っているのだが、それを指摘させない厳格さを滲ませて一人ひとりに分かったかと視線で問うていく。

 その声が響いてきた杏奈は自分達が彼らの仕事の邪魔をしてしまったかとひどく反省した。部外者がいては気が散るだろう。物見遊山気分でやってきて良い場所ではないのだ。

「今日はここで一旦打ち切り。それぞれ残っている仕事に戻りなさい。」

 どうせ、もう少ししたら訓練は終えてしまうつもりだったアルフレドは軽く手を叩いて解散を宣言した。


「あのう、隊長。」

 騎士の一人がちらちらと視線を杏奈の方にやりながら問いかける。

「なんだ。」

「隊長の養い子って、アウライールの聖女のことですよね。俺、西方から帰ってきた奴らから噂で聞いて一目会ってみたかったんです。ご挨拶してもいいですか。」

 一人が勇気を出すと、俺も俺もと便乗する者が続出する。

「だ、め、だ。」

 アルフレドはつれない。

「何でですか。」

 なおも食い下がる騎士に、「こんな汗臭い男どもが一斉にやってきて怯えたら可哀相だろう。」と冷たい言葉を返した。


 どこにでも要領のいい人間はいるもので、そうやって騎士達が言い合っている間にさっさと杏奈に声をかけに行く者がいた。

「はじめまして。お会いできて光栄です。私はオズワルド。以後お見知りおきを。」

「あ、はじめまして。杏奈です。今日はお邪魔してしまってすみません。」

「いえ、邪魔なんてことはありませんよ。美しい方に応援してもらえると士気が上がるというものです。」

 恭しい態度だが、言っている内容に若干の問題がある。誰に応援されても士気が上がった方がいいし、誰にも応援されなくても士気が上がればもっといい。

「美しいなんて。」

 杏奈が否定するように首を振ると、オズワルドと名乗った騎士は白い歯を見せて笑った。

「貴方が美しくないと言ったら、世の中に美しい人なんていなくなってしまいますよ。」

 これは、よく考えると杏奈の真横に立っているアデリーンに対する大した挑戦なのだが、はらはらする杏奈をよそに本人は気付いた風もない。

「私、とにかく今日はもうお暇しますので、お邪魔いたしました。」

 杏奈がその場を逃れようと一歩退くと、なおもオズワルドは追いすがろうとした。そこに杏奈争奪戦に興味のない騎士達が先に引きあげるべく通りかかった。はっとした杏奈は振り返り「今日はお邪魔してしまってすみませんでした。」と頭を下げる。面喰った騎士達はおろおろと顔を上げてほしいと声をかけた。

「アンナ、このくらいのことで気を散らす方が悪いんだから、顔を上げて。これまでだって見学に来る人は時々いたし、大人しく見ていてくれる分には構わないんだよ。」

 アルフレドもやってきて、恐縮しきりの杏奈に声をかけた。そうしてざわついた雰囲気が続いているところにかなりの速度で二頭の馬が駆けてきた。馬場の途中で馬の脚をゆるめさせて、騎手の二人は何事か話している。その後ろからも次々と騎士が駆けてくる。


「あ、いかん。あいつら忘れてた。」


 アルフレドは訓練所の周回コースを走る速度を競っていた一隊の存在をすっかり忘れていた。普段より早く訓練が切りあげられているのに気が付いたのか、彼らはアルフレドの方へ向かってきた。

「隊長、今日はもう終わりですか。」

「おお、すまん。終りにしてくれ。」

 戻ってきた一団の中にはセオドアもいた。彼は人混みの中に杏奈を発見し、そして本日の経緯を知らない気軽さで彼女に声をかけた。

「アンナ。珍しいな。今日はどうした、こんなところで。」

 声をかけた瞬間に他の騎士達が一気に自分を振り仰いだことで、何か不味かったらしいと察したがもう遅い。セオドアと彼女の仲が良いというのも噂の一部に含まれている。これは噂は本当か、と騎士達は色めきたった。ちなみに最新の噂では難攻不落の色男アンドリューが彼女に狙いを定めたという説が有力で、仲間内ではセオドアの短い春だったなと既に憐みを向け始められてさえいる。


 アルフレドの部下にセオドアがいることを忘れていたのはアルフレドだけではなかった。杏奈は思いがけぬ遭遇にぱっと顔を輝かせて笑顔を浮かべた。

「お仕事お疲れ様です。今日は、おつかいに来たんです。」

 この場にちょっとした好奇心に駆られただけの騎士しかいなかったのなら、やっぱり仲がいいんだな、といって済む話だったが間の悪いことに何かとセオドアを目の敵にする人物が混じっていた。

「隊長。」

 声をかけられたときに、アルフレドは面倒事の予感しかしないと思って一度聞こえないふりをした。

「ヴァルター隊長。」

 もう一度、声をかけられてアルフレドは観念した。

「なんだ、オズワルド。」

 ややげんなりとしながら振り返ったアルフレドは闘志に燃えるオズワルドの瞳をみて、ため息をついた。 

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