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愛していると言えば、嘘になる  作者: 青砥緑
村の教会の小さな家族
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14歳

 老人は避難所になっている礼拝堂を通り過ぎ裏手にある崩れかかったような建物へ入って行った。小部屋が並ぶ作りはこの教会の住人たちの個室であったのだと思われた。廊下には埃がつもり、使われなくなって久しいことが感じられた。

「ここにある道具を好きに使いなさい。使い終わったら元に戻すようにね。」

 建物の奥の小さな納戸には箒やモップが詰め込まれていた。建物同様に使われている気配のない生活の道具達だ。

「ありがとうございます」

 アーニャは早速、目ぼしい道具を抱えると目的の場所へと向かった。


 この日から、アーニャが始めることにしたのは教会の掃除だ。汚れているところを、さらに汚すのは気にならなくても、綺麗なところを汚すのは心理的な抵抗があるものだ。すぐには上手くいかなくても、地道に続ければ少しずつ環境が改善できるだろうと考えたのだ。

 掃除道具を一旦廊下の隅に下ろして、次は井戸から水を汲む。アーニャの力ではバケツに一杯にした水を運ぶことはできない。かなり時間をかけてバケツに半分程水を汲むと共同の水場から順番に掃除を始めた。水で流し、たわしやモップでこすり、さらに水で流すことを繰り返す。流れていく汚れを見ているとふつふつと闘志のようなものが湧きあがり、アーニャは作業に没頭していった。

 通りかかる村人達は一様に怪訝な顔をして、しかしアーニャに声をかけることなく去っていく。水場、便所、外廊下それが終ったら礼拝堂の床と椅子。できれば騎士たちが食料を支給してくれる広い部屋も埃を払いたい。一日で終わる広さではないが数日続ければなんとかなるのではないか。アーニャは目の前の床を休まず磨きつつも今まで気になっていた場所と、その掃除方法を頭の中で思い描いた。


 ワンピースの裾や袖が汚れることなど構わず、何度となく井戸と教会を行き来して夕日が落ちそうになってもアーニャは掃除を続けた。


「アーニャ。お前何やってんだ、飯の時間になっても来ないと思ったら。」

 呆れた調子で声をかけられて振り返るとウィルだった。

「ああ、もうそんな時間なの。」

 ずっと曲げっぱなしだった腰を上げて大きく伸ばすと、バキバキと骨のきしむ音がした。ウィルにも聞こえたのか、嫌そうに顔をしかめられた。

「何やってんだって聞いてんだ。誰に言われた?」

 苛立った様子を不思議に思いながら、アーニャは答えた。

「何って掃除よ。別に誰に頼まれたわけじゃないけど、皆で暮らすなら綺麗にしておいた方がいいでしょ。不衛生なのは病気の原因にもなるわ。」

 そう言いながらも食事は食べなければと思い、アーニャは道具を片付けはじめた。

 ウィルはしばらく呆気にとられて黙っていたが、アーニャが水の入ったバケツをえっちらおっちらと運ぼうとするのを見て、はっとすると横から手を出して奪い取った。

「お前、あっちの持てよ。こぼしそうで危なっかしいな。」

 悪態をつかれてアーニャは頬をちょっと膨らましたが、それでも「ありがとう」と言ってから道具を取りに戻った。


「こんなのどこから出してきたんだ。」

 大きなモップを絞るのを手伝いながらウィルが問うので、アーニャは老人に頼んだのだと説明する。

「ああ、あのじいさんか。確かにこの教会の司祭だ。良く分かったな、司祭服も着てないのに。」

「司祭?」

 アーニャが首をかしげると、ウィルは彼女が記憶喪失であることを思い出した。こういう彼にしてみれば一般常識の範囲の情報もところどころ抜けている。

「神に仕える人のことだよ。普段はちゃんと司祭服っていう制服を着ているからすぐわかるけど、今はさすがに手に入らないんだろ。」

 ウィルは物知りだ。他の子供より年上だということもあるかもしれないが、それを差し引いても何でもよく知っていると思うし、説明も上手だと思う。アーニャが説明に礼を言うと、いちいち礼を言わなくていいんだって、と照れくさそうにそっぽを向かれてしまった。

「うふふ。かわいー。」

 アーニャは小さい声で言ったつもりが本人の耳にもしっかり聞こえたらしい。ウィルは「なんだと。」と振り返ると「生意気言いやがって。」と睨みつけた。

 アーニャはふと不思議に思う。ウィルはどうやら彼女のことを年下だと思っているようなのだが、アーニャは直感的にウィルは自分より若いと思うのだ。

「ねえ、ウィル。あなた今年でいくつになるの?」

 思い立って聞いてみる。

「15だよ、春に15になったんだ。なんだよ、急に。」

 もう先ほどの不機嫌さは無く、突然の質問に戸惑ったように返事をしてくれた。

「私は、何歳なのかなーと思って。ウィルが一番、年が近そうだから。」

 参考までに聞いたのだというと、ウィルはアーニャの顔をしばし眺めてから、遠慮なく彼女の首から足までの間に視線を一往復させた。

「俺よりは下だろう。見た目は13歳くらいに見えるけど、それにしちゃ落ち着いてるよな。」

 13歳。それは、なんとなく自己認識との間にギャップがある。

「13ってことはないと思うんだけど。」

 一応反論を試みるが、記憶が無いのだから言いきれることは何もない。

「じゃあ、14ってことにしといてやるよ。」

 あくまで自分よりは下だと思っているらしい。ここで、自分の方が彼より年上だと思うなどといったらまた機嫌を損ねるだけだと思われた。納得行かないなりに、アーニャはここが妥協点かと頷いた。少なくともウィルの前では14歳でいようと思う。

「よし、じゃあ。やっぱり俺の方が年上だからな。かわいいとか言うなよ。」

 ウィルは満足げにそういうと、気前よく重い道具を抱えて片付けを手伝ってくれた。その姿はやっぱり可愛いと思ったのだが、アーニャはにこにこするだけで口には出さないでおいた。


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