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夢の道標 その2

 白鳥の鳴き声を最後に視界は暗くなり、物音も聞こえなくなった。やがて白い光が遠くに灯り、杏奈は自分がいつか見たものと同じ薄い闇の中にいるのだと分かった。光の向こうに何があるだろうかと光へ向かって歩いてみる。

「お前はなんでこんなところに迷い込んできてんだよ。」

 闇からの出口かと思った白い光は、近づいてみれば宙に浮いている白い光の球だった。白い光は杏奈の記憶にある通り、口が悪かった。

「せっかく自分の故郷に帰ってきたんだろうが。こんなところでウロウロしてんなよ。」

「鳥さん。」

 杏奈は思わず呼びかけた。先ほどまでの夢に出ていた鳥と、この白い光が同じであるという確信があった。口の悪さだけでなく、気配のようなものが同じなのだ。呼びかけられた白い光は一旦喋るのを止めた。目は無いのに視線が自分を向いていると感じる。

「鳥さん、でしょう?」

「お前は馬鹿だなあ、相変わらず。」

 白い光はそう言って杏奈の周りをぐるりと飛んだ。

「教えてください。今の夢は何ですか。これも、夢ですか。」

 杏奈は白い光に問いかける。この夢はただの夢じゃない。そんな気がしてならないのだ。そして再び不思議な空間で出会った白い光ならば杏奈の知りたいことを知っているに違いないと思った。


 彼女が夢で見た可哀相な少女に起きた出来事は、杏奈が薄々察している通り、昔、実際に起きた出来事だ。少女は杏奈が杏奈になる前の姿。いわば、彼女の前世の姿。そして少女の友達だった白い鳥は白い光の球になった。どれほど時が流れても、お互いの姿形が変わっても、杏奈は彼にとって大事な娘であり続けている。遠い昔に守ってやることができなかった友人の魂が宿っている限り。


「夢じゃねえよ。あれはずっと昔のお前の話だ。今と同じにお人好しの馬鹿野郎だったろ。」

「あの子が、私。」

 杏奈はそう言って考え込む。あの少女が杏奈であるとして、この白い光が大きな白鳥だったとして、今のこの状況とどう繋がっていくのだろう。

「お前の足りない頭じゃいくら考えたって分からねえだろうから説明してやる。お前が俺を巻き込んで死んだりするから、お前の魂をここに留めておけなくなっちまった。いいか、お前は知らなかっただろうが俺は神の使いだった。神から力を与えられ世界の秩序を見守る番人だ。俺達の力は人には強すぎる。特定の人間と深く結びついたら、人にも影響を与えて世界をおかしくしちまう。だから俺との関わりが強くなりすぎたお前の魂を生かし続けるなら、遠く遠く誰の手も届かないところに移すしかなかった。俺の力が及ばないくらい遠く。百の海を越え、千の空を越えた遥か彼方の世界でなら新しく生まれて新しい人生を送らせてやれる。それでお前がしっかり新しい人生を全うすれば、それで良かったんだ。それで全ては解決する算段だったんだ。お前の魂はまた正しい輪廻に戻って万々歳だ。お前は昔のことなど思い出す必要もなかったし、俺もこんなところで迷子のお前に会うこともなかった。それなのに、お前ときたら。また同じ間違いをしやがる。神に向かって嘘の誓いなんか立てて、無事で済むと思ってんのか。」

 白い光は不満げに上下に弾むように震えながら続ける。

「とにかく。お前はまた間違えて、幸か不幸かお前の魂の生まれ故郷に帰ってきた。人間の力で行き来できる距離じゃないところから飛んできたついでに色々忘れたり、逆に思い出したりしたんだろ。腕がもげたり足がもげたりしたんじゃなかっただけ良かったと思っておけよ。普通なら人間が耐えられるようなことじゃないんだから。」

「私はここで生まれて、一度死んで、そして遠くでもう一度生まれて、そして帰ってきた。そういうことですか?」

「思いっきり端折(はしょ)りやがったな。」

「でも、そういうことなんでしょう?」

「お前は薄ら馬鹿みたいな顔して変なところで鋭いな。まあ、いい。確かに簡単に言っちまえばそれだけのことだ。お前の魂のあるべき場所に帰ってきた。」


 白い光はあっさりと杏奈の疑問に答えてくれた。しかし彼は真実の全てを語ったわけではない。少女は彼のために命を投げ打った。しかし、そこで本当に命を落としたわけではない。自分の目の前で失われていく命を抱きしめて大白鳥はそれを受け入れられなかった。彼の愛しい娘が人生の喜びもろくに知らぬまま、あんな形で命を落とすことを認められなかった。だから、許されないことは承知で神から与えられていた力を使って彼女の命を留めた。しかし、失われるはずの命を救うことは神の使いとして禁忌を冒すこと。彼女の命を、神の手の届くところに留めておくことはできなかった。知れれば折角繋ぎとめた命を失わせることになるだろう。だから彼は力を振り絞って、彼女を遠くに逃がした。遠く遠く誰の手も届かないところへ。百の海を越え、千の空を越えた遥か彼方で、今度こそ幸せになるようにと祈りを込めて。彼の勝手は神の怒りを買い、白鳥の姿を失い、自由に人と交流することも力を振うこともできない幽霊のような存在になった。それでも、娘の命を奪うこともせず、愛しい娘の行く末を見守ることができるだけの力を残してくれたのは、神の慈悲だったのだろう。元は大白鳥であった今は名もなき白い光は、ずっと娘を見守ってきた。彼女があの日と同じ間違いを犯さないように。幸せな人生を歩むように。


「そう。私の記憶が無いのは、その遠くでの出来事を思い出せないからなんですね。」

「まあ、そういうこったな。まあ、いつか思い出すこともあるかもしれない。完全には失われていないようだからな。しかし、お前はまあ器がでかいのかただの阿呆なのか。動じないもんだな。本当に今俺が言ったこと分かってんのか?いっとくがこれは夢じゃねえぞ。目を覚ませば良く分かるだろうよ。」

「目を覚ませば分かる?」

 杏奈は白い光の言うことが分からず、思わず光をまじまじと見つめた。

「ああ、世界はそれぞれに自分の時を刻んでいるもんだ。こことさっきまでお前がいた世界でも時の流れが違う。早く目を覚まさないと過保護な父親が心配するぞ。」

「もしかして、それってここの方がすごく時の流れが遅いってことですか。」

 杏奈は急に不安になった。読み書きの勉強で読ませてもらった昔話にあった。不思議な世界で楽しく遊んでいたら元の世界では何十年も経ってしまっていて、友達が誰もいなくなっていたという話しを思い出す。

「どうした、今日は随分頭が良く回るじゃねえか。そういうこった。だから早く帰った方がいいぞ。ああ、そうだ一つ、大事なことを教えておいてやる。お前、もう二度と好きでもない男と結婚しようとするな。また遠くへ飛ばされるぞ。」

「え?なんですかそれ。」

「だから言ったろ。同じ間違いを犯すなって。自分を犠牲にして周りが丸くおさまりゃいいっていう事なかれ主義で嘘付いたらまた吹っ飛ばされるからな。お前が一番やらかしそうなのは、愛してもいない男に愛を誓うこと。そんなことしてみろ。次はどこにどう吹っ飛ばされるかわかんねえぞ。」

 杏奈は白い光の言葉を咀嚼するためしばし黙った。

「さあ、話しは終りだ。のんびり考えてないで早く帰ってやれ。」

 白い光がそう言うのを待っていたように遠くの闇が薄まって出口のようなものが現れた。杏奈は戻らなければならないと理解しながらも今一度白い光に向き直った。旅の途中に目を覚まして以来、この白い光にもう一度会えたら言おう、言おうと思っていたことがある。

「鳥さん、ありがとう。昔に遊んでくれたことも。今お話してくれたことも。昔の私は鳥さんが大好きでした。だからきっとずっと会いたかったと思う。覚えていてくれてありがとう。」

「ふん、殊勝なこった。」

 白い光はそれだけ言うと杏奈の周りを一層早く飛び回りさっさと行けと催促する。白い光の言う通り時の流れが違うのだとしたら何日も寝たままになってしまっているのかもしれない。名残惜しい思いを断ちきって出口へ駆けだした。


 杏奈が消えた空間で白い光はぽつんと呟いた。

「俺もずっとお前に会いたかったよ。お帰り。バカ娘。」


 白い光は杏奈に告げなかったことがもう少しある。杏奈が偽りの愛を誓えば、どこかへ飛ばされてしまうという事態を引き起こした原因は彼自身にある。彼女がこちら側に帰ってきたのは大白鳥だった頃の彼が彼女を最初に遠くへ送り届けた時にかけた魔法のせいなのだ。もしも、彼女が新たな世界でも幸せに生きられないのだとしたら、あの日したように偽りの愛を誓うのならば、彼女の魂を自分の元へ戻すというまるで呪いのような魔法。そんな大がかりな魔法は白い光になってしまった今の彼にはもう使えないし、解くこともできない。けれど、彼女が幸せに過ごしている限り悪さをしない魔法だ。彼にしてみれば彼女が軽々しく自分の人生を投げ打たない役に立つなら解く必要など全くない。ただ自分が彼女を案じて、それこそ自分の命をかけてしまったことを彼女に知られたくないから教えなかっただけだ。


 


 白い光に追われて出口と思しき方に向かった杏奈は、そのまますんなりと目を覚ました。そして自分が丸一日眠りっぱなしでヴァルター家の人々にひどく心配をかけたことを知った。

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