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どんな人が好きですか。

 アルフレドとミラードの攻防に片がついて間もなく、すぐにお暇するという言葉通りミラードと、それからアンドリューも早々に退出した。それをきっかけにパーティーの客も三々五々と家路につき始め、会はお開きになった。最後まで残ったのはほとんど家族扱いのセオドアとチェットだ。チェットが持ってきたバスケットにお土産として今日の残りの料理を詰めて持たせるから少し待てとアデリーンに言われて二人は居間に残っていた。


「ねえ、アンナ。さっき師団長から良い夢のおまじないやってもらってたでしょ。」

 チェットは長い脚を投げ出しただらしない姿勢で椅子に腰かけて声をかけた。

「はい。あれは有名なおまじないなんですか?」

 女中達の片付けを手伝いながら杏奈が返事をすると、チェットは「そりゃそうだよ」と頷いた。

「ようく考えてごらんよ。あれ、師団長自作のおまじないだったらどう思う?」

 チェットの言葉を聞いて、一緒に話を聞いていたアルフレドは嫌そうな表情を浮かべる。

「女の子のおでこに、自分のおでこをぶつけて「いい夢みれますように」って。いくらなんでも気障過ぎるでしょ。やらし過ぎでしょ。まあ、自作じゃないにしても、君くらいの年の女の子にすることじゃないと思うけど。もう、遠くから見たらさっきのキスしてるみたいに見えたもんね。もうびっくりしちゃった。手が早すぎるって。」

 チェットはおかしそうにケラケラ笑っているが、横にいるアルフレドは怒りが再燃したのか珍しく青筋を浮かべて憤懣やる方ない様子だ。杏奈はキスしているみたい、という言葉に今更ながらたじろいだ。おでこをぶつけられた瞬間は驚きが勝っていたが、思い返すとあれは際どかった。

「アンナ。もっと気をつけなさい。あんなに易々と男に頬だの額だの触らせてはいけないよ。」

 アルフレドに注意を受けて杏奈はしゅんとなる。


(でもアンドリューさんを目の前にすると緊張するっていうか、調子が狂うって言うか。それにあのときは全然そんな色っぽい雰囲気じゃなかったし。)


 心の中では言い訳をしながらも、アルフレドの言い分は最もなので素直に謝っておく。すると片付けに勤しんでいると見せかけて耳はしっかり主人達の会話を拾っていた女中達が口を挟んだ。

「そりゃあ、アンナはもっと警戒心を持った方がいいですけど、でも旦那様。アンドリュー師団長の邪魔をすることはなかったじゃないですか。」

「そうですよ、とってもいい雰囲気だったのに。アンナに寄り添ったときのあの笑顔なんてもう素敵だったわー。」

「蕩けるような笑顔っていうのはああいうのを言うのね。失神しなかっただけでもアンナは立派だったわね。」

 アルフレドは渋い表情を浮かべて如何にアンドリューが素敵だったかを語り合う女中達に反論する。

「アンドリューがどういう男かは置いておくにしても。ああいうことに慣れたらアンナが嫌な目を見るかもしれないんだぞ。」

 それは至極まっとうな意見であり、女中達も「アンドリュー師団長は別としても」と前置き付きで同意した。


「それはそれとして。」

 今度は椅子から転げ落ちそうなくらい前のめりになったチェットが言う。

「どうして良い夢のおまじないなんてする流れになったの?後学のために是非聞きたい。」

 あまりにも素直な言い分に杏奈も女中達も苦笑いを浮かべた。これほどあけっぴろげにされると可愛く思えてしまうのはなぜなのか。どうもチェットは憎めない。

「ええと。ミラードさんから良い夢を見られるという香水をいただいた話をしたら。自分も何か、とおっしゃってくださって。」

 杏奈が答えるのを聞いたマリは思わずテーブルを拭いていた布巾を放りあげて歓声を上げた。

「それって師団長がミラード司祭様に張りあってるの?あんな良い男二人がアンナを奪い合ってるの?うわあ贅沢ねー。」

「それだけじゃないわよ。アンナの夢まで奪い合ってるのよ。すごいわ。」

「独占欲剥き出しね。」

「今夜は僕の夢を見ておくれ、なんて。やっだー、気障。でもアンドリュー師団長様ならそんなセリフも似合うわ。」

 女中達は最早、主人の機嫌など見向きもせずに盛り上がっている。「そんなこと言ってませんでしたよ。」という杏奈の必死の訂正も彼女達には全然届かない。

「アンナは?どっちがいいと思う?どっちに夢に出て来てほしい?」

 マリにせっつかれて杏奈は一応考えてみた。

「お二人ともとても美しいから、普段から夢みたいですけど。別に本当に夢にまで見なくても。」

回答の途中で女中達とチェットから不満の声が上がる。

「そんな玉虫色の回答聞いてないのよ。あの二人に迫られて心揺れない女はいないわ。素直に白状しなさい。」

 杏奈は本格的に困ってしまった。心揺れない女はいないと言われても、杏奈にとってどちらも恋愛感情を抱く相手という気がしないのだ。どちらか言わないと許してくれそうにない場の空気に途方に暮れてしまった。

「もう。恥ずかしがることないのに。」

 女中達は杏奈が口を割りそうにないと諦めて、残念そうに質問を取り下げる。この時点で彼女達は、とはいえ隠し事ができない杏奈の性格からいって近いうちに答えは得られるだろうと予想していた。だからこそ、あっさり引き下がったという言い方もできる。


「じゃあ、こういう質問ならどう?どういう人が好き?」

 食い下がったのはチェットだ。無邪気な笑顔で別の角度から斬り込んだ。杏奈はアンドリューとミラードの択一から解放された安心感で、内容をよく吟味しないで答えてしまった。頭の中で思い浮かぶことをそのまま言葉にして並べる。

「優しくて、あったかくて、誠実な人がいいです。あと、あんまり器用な感じの人は苦手というか。」

「ふうん。不器用な感じの方がいいのか。」

 チェットは「なるほどねえ。」とにんまり笑顔を浮かべた。この条件に当てはまる人物を自分は良く知っている。非常に身近な人物だ。チェットの考えていることが分かったのか、アルフレドはそわそわし始めた。優しくて、誠実で、温かくて、不器用な。彼らの共通の身近な知人。二人の視線がそれとなくセオドアに注がれる。それなりの量の酒を飲んでいたセオドアは椅子に座って聞いているのかいないのか、半分寝てしまっている。


「そういう良い人に巡り合うといいね。」


 チェットがにっこり笑うと、杏奈も「そうですね。」と同意した。


「でも、もしかしたら、もう出会っているかもしれないけどね。」


 そう言ってチェットは含みありげに笑った。

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