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愛していると言えば、嘘になる  作者: 青砥緑
村の教会の小さな家族
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小さな悩み

 ミーナの聞き間違いがそのまま名前として採用されて彼女はアーニャと名乗ることにした。右も左も分からないことには変わりなかったが、それは異常事態に巻き込まれたばかりの村人たちも同じことだったので、それほど時間をかけずに子供たちに馴染むことができた。これには、他の村の子供にするのと同じか、より以上に世話を焼いてくれたウィルのおかげであるところが大きい。生活に必要なものの場所、村人の名前や職業、料理の名前など何を聞いても馬鹿にせずにきちんと答えてくれる。

 毎日、彼と一緒になって幼い子供たちを庭で遊ばせていると、次第に彼女達に自分の子供の世話を頼む親まででてきた。それをきっかけに少しずつ村の大人たちとも交流ができるようになったのだが、そうやって知り合う誰に聞いてもやはり彼女がどこの誰なのかは分からなかった。

 それでも彼女は日々の子供たちの世話で精いっぱいで一人で思い悩む暇もなかったし、自分の身分を証明する必要にかられることもなかったので、やはり焦ってはいなかった。何よりも無邪気に自分を頼る子供たちの様子に自然と自分の居場所を感じることができて、狭い教会という世界の中で安心感を得られていた。



 最近のアーニャの悩みは自分が何者かということよりも、教会の周りがどうも臭うし、なんだか薄汚れてきていることだった。礼拝堂の一部に隔離されているが病人もいる。集団生活が長引くのであれば清潔な環境を維持しなければ風邪や、もっと性質の悪い病気が流行るかもしれない。アーニャは教会での生活ぶりを振り返り、改善できないかと思いを巡らせた。

 子供と自分の衣類は天気の良い日に、こまめに洗うようにしているし、病人たちの使う布類も清潔を保てるように洗濯を引き受けてはいる。しかし心から休まる時のない生活が続けば体力だって落ちてくる。洗濯をするくらいのことでは風邪の流行は防げないだろう。

 何かできないかと思って考えてみると、子供たちはもちろん大人たちも、まったくこの場を美しく使おう、保とうとしていないことにすぐに気が付いた。とりたてて汚して回るわけではないが、泥だらけの靴で歩き回るのも、こぼした何かを放っておくのも、彼らにとっては当たり前のようだった。清潔を保つという習慣がないのかと思うほどに、誰もが無頓着なのだ。

 他の人はあてに出来そうにないが、何か手を打たないと環境は日々悪くなるばっかりだ。



 ある晴れた日、アーニャは比較的年上の子供たちに幼い子供の遊び相手を頼むと、自分は騎士の詰所付近にいた僧侶風の老人の元へ向かった。誰もが彼にものの在り処を尋ねにいくのを知っている。おそらく、彼がこの教会の元々の管理者のはずだ。

「あの」

 若い騎士と立ち話をしている老人に声をかけると、老人は優しげな笑顔で振り返った。顔には疲れが滲んでいるが穏やかな人柄が感じられる笑顔に安心する。

「どうしたかな、お嬢さん。」

「お願いがあるんです。」

 アーニャが質問と、それに続けてお願いを説明すると老人と先ほどまで話していた若い騎士は二人で顔を見合わせた。

「貸していただけませんか。」

 困惑したような二人にアーニャは重ねてお願いする。

「いや、まあ、構わんが。お嬢さん、一人で?」

「ええ。どうも落ち着かなくて。」

 老人は、「まあ、断る理由はないな。」と一応騎士へ目をやり、彼が頷くのを確認してから「ついてきなさい。」と歩き出した。

「変わったことを思いつく娘さんだ。」

 老人は独り言とも彼女に話しかけているとも分からぬ口調でそう言ったが、親切に彼女のお願いを聞き届けてくれた。


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