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幽霊でも会いたい

 アルフレド達は招待客の多くが揃ったところで居間と広間をつなげたパーティー会場へ移動した。内輪の集いなので挨拶なども特になく、既に集まっている客達はそれぞれに小さな輪を作って話に花を咲かせている。その一つ一つを改めて回っていくアルフレドに杏奈もついていった。長く王都を離れていた者たちは、それぞれ王都に残っていた者と旧交を温めながら王都での最近の話題などを教わっている。


 数名の騎士の輪に差し掛かると、しばし騎士達と雑談が盛り上がる。

「隊長、ハリーの嫁さんにはもう会いました?」

「ああ、お前が来ないのを心配してたぞ。会いに行ってやれよ。」

「でも、ハリーの奴に会うの止められて。」

「はあ?いつの話だよ、独占欲が強いにも程があるだろう。」

「あいつは昔からなあ、ほら、なんだっけ、あいつら結婚する前に俺が嫁さんに頼まれてあいつへの恋文を受け取りにいったのを誤解してひどいんだぜ?」

「そうそう、あれはひどかったな。」

 不在の人物をこき下ろして笑っているが、おそらく騎士の仲間なのだろう。悪く言う中にもその人物への友情を感じた。聞いたことのない名前が気になって、杏奈はおずおずと質問をする。

「あの、その方は今日はいらしていないんですか?」

 途端、それまで談笑していた騎士達に気まずい沈黙が降りた。今の質問のどこがまずかったのかと杏奈が慌てると、アルフレドが苦笑いしながら軽く首を横に振った。

「来ていないよ。彼はね、亡くなったんだ。この春に、西方で。」

「あ。」

 杏奈は口を覆い、そのまま次の言葉を失った。

 この春に西方で亡くなった。その言葉の暗に示すところを彼女は間違いなく理解した。モンスター退治の行軍。一般の村の人々にも多くの犠牲が出たと聞いている。最前線に立って戦った騎士に被害が無いわけがない。これまで、避難所でもどこでも誰も騎士の被害について語らなかったので考えもしなかった。いつも自分達を支えてくれていた騎士達も、目の前で友人を、同僚を失ったばっかりだったのだ。彼らが文字通り命を賭して守ってくれた命の中に自分も、あの教会で出会った子供達も当然含まれる。騎士達は彼らの仲間のことを思いもせずに、自分達が毎日笑っているのをどんな思いで見守ってくれたのだろう。


(少し考えたら分かることじゃない。)


 考えもしなかった自分の怠慢を責める。杏奈は自分の無神経さが情けなくて、自分を戒めるように両手を強く握った。

「ごめんなさい。」

 謝ると、騎士達は口々に君が謝るようなことじゃないと言ってくれた。そう言われても、気にならないわけがない。

「隊長さん、あの、私、騎士の方達のお墓参りをしたりはできないでしょうか。」

 そう問いかけると、アルフレドは彼女の思いを確認するようにじっと杏奈の目を見つめた。

「遺体は王都へは戻せなかった。だが、共同墓地があるから、そこに慰霊碑が立てられる。それなら連れて行ってあげられるよ。」

 杏奈が連れて行ってほしいと言う前に、アルフレドは付け加えた。

「遺族も来られるだろうから、鉢合わせるかもしれない。声をかけられたら、きちんと挨拶ができるかい?」

「ちょっと、隊長。」

 アルフレドの言葉に、若い騎士が咎めるように声を上げた。

 もちろんアルフレドにだって分かっている。杏奈が何か悪いことをしたわけではない。それでも遺族に会ったときに恨み事を言われない保証はない。それに一つ一つ傷つくようなら、共同墓地に連れて行く気は無かった。彼女がどうしても聞かなければならない恨み事など何もない。彼女が傷つけられなければならない理由などないのだ。聞き様によっては杏奈の甘い覚悟を責めるような強い言葉に聞こえたが、彼なりに杏奈を守ってやろうという意思をもっての言葉だ。それが分かった年嵩の騎士達は黙って二人を見守った。

「はい。お礼を言える機会があるのなら、そうしたいです。」

 杏奈の迷いのない答えに、アルフレドは目を細めて頷いた。

「そうか。じゃあ、今度一緒に行こうか。」

 アルフレドがそう言うと、ぎこちなくなってしまった空気を混ぜ返すように騎士達が軽口を再開した。

「隊長はお忙しいでしょうから、俺達に任せてくださいよ。アンナ、俺がお供するよ。」

「いや、俺が。」

「抜け駆けする気か?」

「止めておけよ。この子を連れていったら、あいつ、俺達をダシにして彼女を誘ったのかって恨み言を言いに出てくるぞ。」

「はは、確かに。」

 乾いた笑い声をあげて笑いあう騎士達は、明るく、悲しみなどもう乗り越えてしまったように振舞う。けれど、並んで戦い、共に過ごしてきた仲間の死を思い出して胸が痛まない日が来ることなどない。少しずつ風化しても、思いが深かった分だけ失った傷は深い。騎士達はその傷の一つ一つに立ち止まっていることを許されていないだけだ。

 笑いあう騎士達を見つめて、杏奈はこみ上げる思いをなんとか笑顔に変えて答えた。

「ありがとうございます。ぜひ皆さんと一緒に行きたいです。」

 誘いを受けてもらえると思っていなかった騎士達は驚いたように彼女を見た。杏奈は続ける。


「もし文句を言いに出て来てくださったら、私もハリーさんにお会いできますね。」


 急に親しかった人を失う悲しみはどれほどのものだろう。戦いの中で果てたのならば最期の言葉を交わすことすらできなかったに違いない。その覚悟を持って臨んだのだとしても、もう一度会いたいと誰もが願うはずだと杏奈は思った。夢でもいい。幻でもいい。とにかく会って、そして伝えたいことがあるだろう。自分のために化けて出られるくらないなら家族や、仲間の元をとっくに訪れてはいるだろうが、それでも「出てくるぞ」と笑う騎士の胸のうちには、まだ生々しい喪失感があるように感じられた。彼らの中の会いたいという気持ちにつられるように言葉は杏奈の口を滑り出ていた。

 会場はざわめいているはずなのに、その場に居た誰もがとても静かだと感じた。そのまま騎士達は束の間、笑顔を失って、それぞれに目の縁を赤くして杏奈をみつめた。そして、やがて笑顔が戻ってくる。騎士は泣き笑いしながら、けれども美しい笑顔で杏奈に向かいあった。

「そうだな。ありがとう。」

 杏奈は控え目に首を振って「感謝しているのはこちらですから。」と小さな声で続けた。騎士達がその愛らしい様子にやや前のめり気味に杏奈に近づこうとするのをアルフレドは見逃さない。

「アンナがいいのなら止めはしないが、私の目の届かぬところでの外出など企てるなよ。必ず、私の同行できる日にするように。もし禁を破ったらどうなるか、分かっているな?」

 その威嚇ともいえる宣言に「横暴だ。」などと悲鳴が上がった。


 再び喧騒の戻った輪の中で、それ程素早く感情を切り替えられない杏奈は突然に親しい人を失う悲しみを思い、何故かあの白い鳥のことを思い出した。あの白い何かと話した時に感じた悲しみと喜びに、なにかそれに近い感情があったような気がした。窓ガラスに映った自分の髪飾りが目に入りとそこに視線を止める。慌ただしく環境が変わり、落ち着いて考えることができていないが、あれは、あの夢は何だったのだろう。

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