表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/160

思いがけぬ再会

 杏奈がアルフレドの家にやってきてから十日もした頃、明日は家で小さなパーティーを開くと伝えられた。

「明日は私も家に居られるから、近しいものを招いて王都帰還の報告とそれぞれへの慰労を兼ねてね。」

 アルフレドは王都に戻った翌日から朝早くから夜遅くまで働き通しだったが、ようやく一日休みを取れるのだという。

「やっと私からアンナを皆に紹介できるなあ。近頃噂の娘が見たいと客が押し寄せないといいんだが。」

 夕食後の席で冗談めかしてそう言いながら、アルフレドはにこにこと笑っている。最初の買い物以外は殆ど外にでていない杏奈には噂の広まり具合は分からなかったが、アルフレドの実感としてはかなり広がっている。あちこちで声をかけられ、さりげなく、あるいはあからさまに杏奈のことを尋ねられる回数が日に日に増えてきていた。本人を確認できない分、尾ひれがつくようで、中にはずいぶん大げさなことになっているものもある。本当に杏奈とつきあっていくことになりそうな人々には噂が変な方向に捻じ曲げられないうちに本人を紹介したほうが良いだろうと思われた。

「隊長さん、ずっと忙しかったのに明日もゆっくり休まなくていいんですか。」

 杏奈が尋ねると、アルフレドは「気遣ってくれてありがとう。」と嬉しそうに笑った。

「大丈夫だよ。支度はケイヴに任せておけば間違いないし、私が無事だということも早く知らしめないと何たって一年近く留守にしていたんだ。友人達に忘れられてしまう。」

 それでも杏奈が心配そうな顔をするので、アルフレドは「では半日はきちんと休むよ。」と約束した。控えていた執事が「そうなさいませ。」と許可を出したので一家の主の半日の休暇が確定した。


 翌日、使用人たちは皆朝から慌しい。だいぶ生活に慣れてきたといってもできることの限られている杏奈はひたすら食器磨き担当だ。いくらあるのか分からないナイフやフォークを曇りなく磨きなおすだけで半日以上経っている。いい加減に腕が痺れてきたところで、モイラがやってきた。

「ああ、いたいた。ご苦労さん。これだけあれば十分だろう。さあ、アンナも支度をしておいで。今、メグが上にいるから手伝ってもらうといい。」

 普段は柔らかい色目のワンピースにエプロンをかけているモイラだが、いつの間に着替えたのか女中頭という役職に相応しく黒いきちんとしたドレスの上から白いエプロンをかけている。

「わあ、モイラさん。かっこいいですね。本物の女中さんみたい。」

「あっはっは。そりゃあ本物だよ。本物中の本物だ。まったく私のことをこれまでなんだと思ってたんだろうね。さあさあ、早くいっておいで。お客さんが着いてしまうよ。」

 モイラに追い立てられて杏奈は階段を駆け上がる。女中達の部屋の並びの角部屋が杏奈の部屋だ。アデリーンはもっと立派な部屋をあてがいたがったが、杏奈が固辞してそうなった。とはいえ、形式的に養い子であり、アルフレド夫妻の子供である杏奈と女中達が完全に並列というわけにはいかない。そこで杏奈の部屋だけ少し広くて日当たりのいい場所になっている。それだって、女中達より広い部屋は良くないのではと心配する杏奈をモイラが「私達は住み込みって言っても帰る家が別にあるんだから、何も私達に遠慮すること無いのに。」と説得してなんとか納得させたものだ。

 着るものは決まっているので悩みは少ない。こういう機会に着られるようにとアデリーンが取り急ぎ新調してくれたドレスがある。靴もお揃いで用意してくれた。薄い桃色のドレスは胸元も背中もきちんと閉じていて清楚な印象だ。裾も広がりすぎず程よく長く、奇抜でも華美でもないが、そのシンプルさが杏奈の美しさを良く引き立ててくれる。長い髪を結い上げるのはまだ一人ではできないので、モイラの言うとおりメグに手伝ってもらうことにした。

「今日は晴れの舞台だから少し高めに結いましょう。髪飾りはこれを使うのでいいかしら。」

 手早く結い上げられた髪に鳥の羽をあしらった髪飾りをつける。白い羽のあしらわれた髪飾り。あの鳥のことが心にあったせいか、アデリーンとの買い物途中に見つめてしまったものをアデリーンが気を利かせて買ってくれたのだ。ついでだからと化粧も施してもらう。階下へ降りていくと家の者が口々に褒めてくれた。

「ああ、見事だね。これは皆の驚く顔が見ものだな。」

 アルフレドは心底嬉しそうにそういうと、やってくる面々を思い浮かべてむふっと口ひげを震わせた。

「似合うわ。今が盛りの花のようね。」

 自分こそ艶やかに咲き誇る花のごとく美しいアデリーンも自分の見立てたドレスに間違いはなかったようだと満足そうだ。

「まさに両手に花だ。私は果報者だな。」

 そうこう言っているうちに招待客が到着したことを知らせる執事の声が届き、アルフレドは意気揚々とアデリーンと杏奈を伴って迎えに出た。


 最初の客を見て杏奈は驚いた。今日、知っている人が来るとは思っていなかったのだ。今回のパーティーは杏奈のお披露目の意味もあったのでアルフレドは彼女に縁のある人をきちんと招いていた。来客表を見せたので伝えた気になっていたが、杏奈はその一覧が来客の名前を記したものであることさえ理解できていなかった。彼女の驚く様子に「しまった」と気が付いたがもう遅い。とはいえ、誰が来るか分からないのも面白いかもしれないとアルフレドはさっさと良い方に考えを切り替えた。

「どこのお姫様かと思ったら、お嬢さんかい?すっかり元気そうで何よりだ。」

 杏奈を見るなりぴゅうと口笛を吹いた軍医は、医師用の制服ではなく黒っぽい上着とそろいのズボン、ピカピカの靴を履いてまるで別人のようだ。無精ひげだった髭も綺麗に整えられている。

「お世話になりました。おかげさまで元気にしています。あのときは本当にありがとうございました。」

 杏奈は思わず軍医の手をとって握りしめながら微笑んでお礼を言うと、軍医はにこにこと「どういたしまして。これは役得だな。」と温かい手で彼女の手を握り返した。

 それからアルフレドに向き直る。

「口ひげの。今日はよく気をつけておけよ。こんな可愛い娘ほっておく馬鹿はそうそういないぞ。」

「言われなくても気をつけていますよ。貴方はもうさすがに分別のある年だから、無茶はなさらないと思っていますけど。ねえ、先生。」

 アルフレドがそう言って釘をさすと、軍医は「嫌なガキだよ、お前は本当に。」と言って涼しい顔をしているアルフレドの髭をつついた。「どっちがガキですか、全く。」アルフレドは非常に不満げに口ひげを整えなおして、ついでのように軍医の髭を整えてやる振りをして逆に乱した。そのまま、どちらがいかに子供じみているかという罵り合いがしばらく続いていたが、アデリーンの「あなた」という一言で二人は次の客を迎えるべく向き直った。

「なにをちゃっかりと並んでいるんです?」

「私が最初の客なんだろう?一人で待っていたってつまらないじゃないか。」

 杏奈の横に並んで立った軍医はしれっとしてアルフレドに言い返すと、次の来客をよそ行きの笑顔で迎えた。

 次々と訪れる客の中にはアルフレドの部下の騎士も多く、半分ほどは杏奈の知り合いだった。誰もが彼女の変わりように一瞬目を疑うようで、まじまじと杏奈を見つめて本人かと確認する者が続出した。それから彼女の無事を祝い、ときに涙ぐんで再会を喜んだ。そのまま本日の美しさの褒め言葉に続けて彼女の手とって連れ去ろうとした猛者は一人残らずアデリーンとアルフレドに阻止され、パーティー会場となっている広間から彼女が出迎えを終えてやってくるのを期待を込めて待つことになった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=660018302&size=200
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ