色男は怖い
そのまま、ミラードが体調のことなどを杏奈に尋ねてきたので杏奈はしばしミラードと話こんだ。
問われることは何も難しいことはない。傷のことや、怖い思いをして悪い夢などみないか、ほぼ野宿になることが恐ろしくないかなど。確かに怖かった記憶が不意に蘇ることはまだある。しかし夜も眠れないということは無い。そう答えると、ミラードは「気丈ですね。」と優しい眼差しで彼女をみつめた。それから真摯な面持ちになってじっと杏奈と目を合わせた。
「けれど、弱音を吐くことを恐れないでください。」
杏奈は素直に頷いた。とはいえ、セオドアのいわば、おまじないのおかげで夜中に目が覚めた時にも朝日を思えば心を落ちつけてまた眠れているので無理をしているつもりはなかった。
アンドリューは自分達を遠巻きにみる人々の中に視線を彷徨わせて目当ての人物を見つけると一直線に歩み寄った。人々が何かとお互いの顔を見合わせていると彼は年端もいかぬ少女の前に膝をついた。
「さて、君は私のことを覚えてくれているだろうか。」
王都中の若い女性が卒倒しそうなセリフでアンドリューに声をかけられたミーナは、まじまじとアンドリューの顔を見つめて大きく「うん」と頷いた。アンドリューは白い歯をこぼして破顔するとひょいとミーナを抱きあげた。
「ああ、良かった。しばらくだね。元気そうで何よりだ。ミーナだったね?」
ミーナはもう一度「うん」と元気よく返事をする。
「ミーナ、夜はちゃんと寝ているかい?」
「うん!」
「怖い夢はみない?」
「うーん、たまに見るよ。」
「そうか、それはどんな夢?」
アンドリューはミーナを抱きあげたまま、しばらくミーナと話しあっていた。甘い笑顔を浮かべるアンドリューに周りの女性の視線は釘付けだ。幼いミーナに嫉妬しても虚しいばかりだが、それでも一瞬でも自分がミーナになり変わりたいと思ったものは少なくないはずだ。アンドリューは最後にくるりと一回転、ミーナを回してから地面に下ろしてやると改めて膝をついてミーナと目を合わせた。
「君は優しい、いい子だ。私はちゃんと知っている。いつ誰に聞かれてもそう答えるよ。夢で悪いものに追いかけられたら、アンドリューに聞いてみろと言ってやればいい。」
「うん、アンドルーありがとう!」
ミーナの元気いっぱいの返事にミラードとの会話が終りに差し掛かっていた杏奈は驚いて、そちらに目をやった。人見知りで、特に男性を怖がるミーナが、あれほど大柄な人にニコニコしているのは珍しい。杏奈があんまり驚いているのでミラードにどうしたのかと尋ねられ、そのように説明するとミラードは「ああ」と訳知り顔で頷いた。
「アンドリューは子供と女性には圧倒的に人気がありますからね。あれは天性のものなんだろうと思いますよ。」
(天性!生まれながらの色男なのね。)
杏奈は少し怖いものをみるようにアンドリューの後ろ姿をみやった。笑顔のアンドリューをみて戦々恐々とする杏奈の様子にミラードは驚いた。あれほどの美男の笑顔である。男の自分が見ても十二分に魅力的だ。杏奈の先ほどの自分に対する様子からみても、もっとぽーっと夢見るような目つきで見つめるかと思いきや、杏奈の様子は警戒感も露わだ。アンドリューのことを向かうところ敵なしと思っていたミラードとしては、珍しく女性に恐れられる友人の姿が愉快に思えてならず、途中からは必死に笑いをかみ殺さなければならなかった。
「さ、お二人とも。アンナの元気な顔をみて安心されたでしょう?貴方達がいるとすぐ人だかりができてしまって収拾がつかなくなりますから、引きあげましょう。」
アルフレドの言う通り、焚火の周りには大きな人の輪ができてしまっている。
「アンナ、また王都に近づいたら話しにくるから無理をせずに体に気をつけているんだよ。ウィル、アンナと子供たちをもうしばらく頼むな。」
アルフレドは慌ただしく辺りに声をかけると引きあげて行く。
「お休み、いい夢を見るんだよ。」
そう言って最後に振り返りばっちりと片目をつむってみせたアルフレドに杏奈は笑って手を振り見送った。
(しばらくお会いできていなかったけど、相変わらずだわ。隊長さん。)
杏奈の歌に引き寄せられてきていた人々も、アンドリューとミラードが直接彼女を訪れたことが強烈な牽制となり皆三々五々と散っていく。
「なんだか、すごかったねえ。」
杏奈は夜、横になるとエマに声をかけた。こういうときは、やはり女同士に限る。
「師団長さん、噂には聞いてたけど初めて間近で見ちゃった。本当にかっこいいのね。あんな人がこの世にいるなんて信じられないっておばさんが言ってた気持ち、ちょっと分かったわ。」
二人は興奮冷めやらぬ様子で囁き合う。
「司祭様も綺麗な顔で羨ましくなっちゃう。あの目なんか飴玉みたいで。」
「肌も真っ白くて。」
「そう、近くでみて恥ずかしくなっちゃった。」
「ああ、王都に行ったらアーニャはあんな素敵な人に囲まれて暮らすのね。」
エマの言葉に杏奈は思わずエマの手を握った。
「あんな人が王都にはいっぱいいるの?いやだ、そんなの心臓がもたないわよ。角を曲がるたびにあんな美形が出てきたらいつかショックで死んじゃう。」
「あはは、大げさだよ。そりゃあ、村のおじさん達よりはかっこいい人はいっぱいいるだろうけど、アンドリュー師団長なんて国中で有名な美男だもの。あんな人そうそういないよ。」
「そうなの?」
杏奈が必死さを見せて聞くとエマは「そうそう」といって杏奈を安心させてくれた。
「こんな田舎まで噂が聞こえているんだもの。すごいんじゃない?あの人を先に見ておけば、もうきっと大丈夫よ。」
「そ、そうだよね。それに、お世話になるのは隊長さんのところだし、あんなすごい人達会う機会もきっとないわよね。」
杏奈が自分に言い聞かせるようにそういうと、そうかもね、といいながらエマは少し不満そうに続けた。
「でも、会いたいって言えばなんとか会えるかもよー?折角紹介してもらったのにもう会わないなんて、もったいなーい。」
杏奈は「だって、あんな綺麗な人、緊張するじゃない・・・」と掛布にもぐりこみながら言い返したが「おーい、そろそろ寝ろよ」とウィルに二人揃って頭を小突かれて二人は目だけで「続きはまた明日」と交信し合うと話を打ち切った。