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危険なのはどちら?

 杏奈は軍医の言葉通り、二日もするとすっかり元気になって子供達の傍に戻って過ごせるようになった。子供達の足取りも急に軽くなる。これまで数日しゃべれなかった隙間を埋めるように子供達は杏奈の隣を歩きたがり、彼女に話しかけたがった。外の世界を何も知らない杏奈にとっては、見るもの全てが新しく、子供達は競って彼女の質問に答えてはその度に明るい笑い声が起こった。

 夜になれば、円を描くようにいくつもの天幕が張られ、その中心で焚火が起される。夕食後は焚火のそばで手足を温めながら、いつものようにせがまれて杏奈は歌を歌った。他の村から来た者が初めて聞く歌声につられるように杏奈達の傍に集まってくるのを子供たちはどこか誇らしげに見ている。数曲を歌い終えると拍手が起こった。

「すごいなあ、お姉ちゃん。上手だねえ。どっからきたんだい?」

「あんな歌初めて聞いた。どこの国の歌かね?」

 集まって来ていた人達から次々に質問されて杏奈は答えに詰まってしまった。人の注目の的になるのは何だか居心地が悪い。困った様子に気が付いた子供たちは両手を広げて杏奈を守ってくれた。

「ダメだよ。アーニャが困ってるよ。」

 少年が胸を張って彼女を守ろうとする様子は微笑ましく、大人たちは「分かった、分かった」と言って一歩下がった。杏奈は助かったと思いながら苦笑する。ウィルの方を振り返ると、ウィルまで難しい顔で寄ってきていた他の村の男達を睨んで威嚇している。

「みんな、ありがとう。でも喧嘩はしないでね?」

 杏奈は仕方がないなあと思いながら肩を怒らせている少年とウィルの背中を叩いて諌めたものの、二人はなお不満そうに杏奈を取り囲む男達を睨んでいた。すると、その人垣が不意に割れて金髪の人影が現れた。

「やあ、素敵な騎士をつれているね。」

 そういって微笑みかけてきた男と、その後ろから現れた大柄な人影をみて杏奈は固まった。



(嘘みたい。ものすごい美形が二人もいる。)


 現れたのはミラードとアンドリューだった。その背後にはアルフレドもいたのだが、手前の二人の存在感が尋常ではないので杏奈は彼の存在に気がつかなかった。薄暗闇でも分かるほどに杏奈の頬が赤くなる。だが、それはミラードにとっても、アンドリューにとっても最早見慣れた反応になってしまっているので二人はさりげなく気がつかないふりをした。

「回復したようだな。」

 黒髪の方の男性から声をかけられて、杏奈は目を白黒させる。


(あれ、私のこと知ってるのかしら?こんな美形みたら忘れないはずだけど、誰だろう?)


 杏奈の戸惑う様子を見て、アンドリューはどうやら彼女が自分を覚えていないらしいと察した。一度会った相手が自分を覚えていないというのは彼にしてみれば実に珍しいことだが、状況を考えれば無理もない。唯一会った時は暗がりで明かりもなかった。灯りの下にたどり着いた途端に彼女は崩れ落ちていたのだから、その後自分の顔など見ている余裕もなかっただろう。

「アンナ。アンドリュー師団長を覚えていないのかい?」

 アルフレドが声をかけてきて杏奈は初めてアルフレドがそこにいることに気が付いた。驚いて「きゃ」と小さく悲鳴を上げるとアルフレドはその悲鳴に驚いて目を見開いた。横で聞いていたアンドリューとミラードは一斉に小さくふきだす。アルフレドが二人を横眼で睨むとそれぞれに目を逸らして笑顔を収めた。

「ごめんなさい、暗くてよく見えてなくて。」

 杏奈が一生懸命フォローすると、アルフレドは少し機嫌を直したように口ひげを撫でて微笑んだ。

「仕方ないさ、やたら大きな影があって私の姿は見えづらいだろう。驚かせて悪かったね。」

 やたら大きな、のところを強調しながらアルフレドが答えると、アンドリューは澄ました顔でそっと一歩下がって焚火の灯りがアルフレドにも当たるようにしてやった。アルフレドは満足気にアンドリューの方を見やって杏奈に彼を紹介した。

「アンナ、この人は我々の師団の師団長、アンドリュー師団長だ。君とミーナを森に助けに来てくれたのも、アンドリューだったんだよ。覚えていないかい?」

 そう言われて、杏奈は「ああ」と気の抜けた声をあげた。確かに、あのときセオドアと一緒に大柄な誰かがやってきていた。

「ごめんなさい、あの、暗かったし、とにかくあのときは必死であまり周りを見ていなくて・・・。その節は、ありがとうございました。」

 杏奈がアンドリューに頭を下げて謝ると、アンドリューは「覚えていないのは無理もない。」と微笑んだ。

「ぷっふふ。この顔を一度でも見て覚えていないなんて、初めて聞いたよ。アンナ。ふふふ。あはは。」

 アルフレドは杏奈の返事が面白くて仕方ないらしく肩をゆすって笑っている。

「いや、ちゃんと見たら忘れないですよ、私だって。こんな綺麗な顔生まれて初めてです。もう忘れませんよ、忘れられないって言うか。」

 慌ててアルフレドに言い募った杏奈は、はっとしてアンドリューの方を窺う。綺麗な顔というのは男性にとっては嬉しくない褒め言葉だっただろうか。アンドリューはあまりに直截なものいいに少し驚いて眉を上げていたが率直な褒め言葉にうろたえたりはしていなかった。かえって杏奈の方は大胆すぎた発言に恥ずかしくなり赤い顔がますます赤くなる。そのまま「うーん、えーと」と意味のない言葉を続ける杏奈をアンドリューもどうしたものかと黙って見守った。杏奈が困っているのは分かるのだが、ここで何を言っても気障になるようで、とにかくアンドリューには良い言葉が思いつかなかったのだ。


 そんな膠着状態に陥った二人に救いが差し伸べられた。

「アルフレド隊長、いたいけな少女をからかうものではありませんよ。夜の森でどれほど恐ろしかったことでしょうね。騎士の顔など覚えていられないのは当たり前ですよ。」


(ありがとう、神様!)


 杏奈は優しく微笑みながらフォローしてくれたミラードを縋る瞳でみつめた。目が合うとより一層優しく笑いかけられて、杏奈は、それはそれで心臓に悪い美貌に目を逸らすタイミングを逃してしまった。

「ミラード殿も、その笑顔の効果をもう少し自覚された方がよろしいのではないかな?うちの可愛いアンナが固まってしまったではないですか。」

 アルフレドが実際に固まってしまっている杏奈の肩を軽く叩くと、それをきっかけにして杏奈は視線をようやくミラードから引きはがすことができた。


(あの瞳、吸引力が強すぎる。危険だわ。)


 心臓に手を添えて動悸が収まるのを待っていると、アルフレドが改めてミラードを紹介してくれた。

「こちらは、王都から来ていただいているミラード高司祭殿だよ。君は覚えていないだろうが、君の解毒を行ってくれた、命の恩人だ。」

 そう言われて杏奈はもう一度ミラードを見つめる。金髪に煮詰めた砂糖のような黄金色の瞳をしている。どうしても頬が熱くなってしまうのを自覚しながら杏奈は「ありがとうございました」と素早く、深く頭を下げた。治癒という行為についてはウィルから簡単に教えてもらっていた。これで、最初に救い上げてくれたセオドアに続いて、森の中に助けにきてくれたアンドリュー、ミラードと命の恩人が3人になってしまった。あの白い鳥に「間抜け」と連呼されるのも仕方ないかもしれない。こんなに短い期間に、何度も命を落としそうになるなんて。

「いいえ、私は貴方を助けるお手伝いをしただけですから。私を早くに呼び寄せたアンドリューの判断も、間に合うようにと私を運んでくれた早馬の騎士も、貴方の命をつないでいてくれたディズレーリ先生も、それから貴方のその可愛い騎士達も、皆の力あってこそですよ。何より、神が貴方を助けたいと思われたから叶ったことです。それはすなわち、貴方のこれまでの行いが神の心に適うものだったからでしょう。貴方自身の力でもあるのです。」

 ミラードの柔らかい声は大きくはなかったが、焚火のまわりに集っていた人々のざわめきにかき消されることなく杏奈と、周りに居た子供達の耳に届いた。偉い司祭に認められて子供達は嬉しそうだ。杏奈は言葉に込められた温かい思いを感じて改めて礼を述べる。

「元気になって良かったですね。」

 ミラードが微笑むと杏奈はぎこちなく笑み返してから、更にぎこちなく視線を逸らした。見つめ合ったらまた魅入られてしまうと思ったのだ。


(おやまあ、ずいぶんと初々しい方だ。)


 ミラードはその様子を好ましく思って小さく笑いを漏らした。目を逸らしてもお下げをひっかけている耳が真っ赤なことは隠せない。恥じらう様子がなんとも可愛らしい。

「ふむ。色男の師団長を警戒していたら、思わぬ伏兵が出たな。」

 アルフレドは小さく呟きながら、ミラードから杏奈を半ば隠すように一歩踏み出した。

「今日はお二人がアンナの様子を見舞いたいというので、お連れしたんだ。君からもお礼を言う機会があった方がいいと思ってね。急にこんな仰々しい方々を連れてきて驚かせてしまったかな。」

 アルフレドはアンドリューとミラードの視線を自分の体で巧みに遮りつつ杏奈に事情を説明した。杏奈は「はい」と言うと何度か深呼吸をしてからアルフレドを見て小さく微笑んだ。「ありがとうございます。ちょっと驚きましたけど、もう、たぶん、大丈夫です。」小さい声でそう言われてアルフレドは再びアンドリューの隣へ戻る。改めて杏奈はアンドリューとミラードに向きあったが、最初ほどは動揺しないで済んだ。

「わざわざありがとうございます。おかげさまで今はもう以前と同じように元気です。」

 杏奈がしっかりとした口調でそう告げると、二人は口々に「良かった」と頷いてくれた。

「アルフレドのところに来るのだと聞きました。しばらくは同じ旅の仲間になりますし、王都でもお会いすることもあるでしょう。不安なことがあれば、いつでも助けになりますよ。」

 ミラードの隣でアンドリューも頷いている。今の言葉は二人の共通のメッセージということだろう。今度のミラードの笑顔は杏奈をほっとさせる慈愛に溢れた笑顔だった。それに安心して杏奈も自然に微笑み返すことができた。


 今度は杏奈の笑顔にミラードとアンドリューが魅入る番だ。王都で美女に粉をかけられることなど日常茶飯事の二人には、心からの笑顔か計算の末の笑顔かを判別することは難くない。なんの計算もなく自分達の申し出が単純に嬉しそうな杏奈の笑顔に、二人は癒される思いがしてしばしその笑顔を見つめた。視線が去らないことに気が付いた杏奈が少し不安げな表情になると、アンドリューはすいと視線を逸らし、ミラードはにこりと笑いかけた。

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